はじめに
ニューノーマルといえば、まずはテレワークをイメージする方が多いと思います。テレワークの実施率については、いろいろな調査がありますが、図表1-1の東京商工会議所の「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」2020年6月17日版によりますと、実に67.3%の企業(n=1111)で何らかのテレワークが実施されているらしいです(*1)。
まさに、どこでも仕事を可能にするニューノーマルな状況といえますが、テレワークをする人たちを支える管理者としては、ちょっと「たいへん」な状況になっています。
図表1-1 東京商工会議所「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」の2.テレワーク実施率から
テレワークを整えるのは地味にたいへん
「無料チャットでテレワーク実施」とか「クラウドで働き方改革」とはよく聞く宣伝文句です。しかし、そんなことで業務を回せたらシステム管理者は苦労しません(*2)。
業務はチャットのみで行うものではなく、エクセルとワードとパワポのホワイトカラー三種の神器(*3)が必要なのです。クラウドはインフラにすぎません。まずそこに行きつくまでの作業、つまり導入し、使う準備を整え、問題なく使わせることが重要なのです。異論がある方は、そこらに転がっているスタンドアロンPCにチャットツールを適当にインストールして社内の会計業務をしてみてください。インターネットに接続できるPCでWEB会議だけで、業務を回してみてください。
使用者A「チャットツールをインストールしたけどどうやって使うの?」
管理者X「これをこうやって、こうすれば繋がります」
使用者A「チャットしかできないんだけど」
管理者X「チャットツールですから。あ、複数人でチャット会議もできますよ」
使用者A「おしゃべりしたいんじゃない。仕事をしたいんだよ、俺は」
管理者X「文字で会話することはしっかりできます(断言)」
そう、文字で会話することはできるのです。「文字で会話」=テレワークであれば、万事解決なのですが、それ以上の期待は禁物です。そもそも、「仕事をしたい」の「仕事」って、具体的に何をしたいのかも不明なので困るのですが。
テレワーク準備はたいへん
さて、テレワークについてのたいへんさを語る上で、(時間軸上)最初から説明していきます。まず、外部から会社のシステムに接続できる仕組みを設定しなくてはなりません。さらに、接続する機器をどうするか、会社から貸与するか、社員所持のPCも可にする(*4)か、スマホ接続はどうする、などなど。考えなくてはいけないことは山ほどあります。
そして、やや上級編、最近では必須のポイントとして、セキュリティ。そう、セキュリティを考えないと、情報漏えいからの謝罪会見のルートが開通してしまいます。社内システムのどこまで接続可能にすれば良いのか、本人認証はどうすればいいのか(*5)、印刷はみとめるのか、接続PCや端末を他人に見られないための方法(*6)、接続機器の紛失/盗難の対応や連絡体制、まだまだありそうです。
やらなくてはいけないことが多すぎて、終わる気がしません。システム管理者がすべき仕事ではないこともありますが、各種のマニュアルを作成し、使用者に周知しないといけません。事前に動作確認もすべきです。ベンダー丸投げも良いですが、ちゃんと作業確認をしないと、後々痛い目にあいます。
実施中もやはりたいへん
テレワーク実施中でもたいへんなことは多々あります。使用者からの「繋がらないよ~、手順がわからないよ~、エラーが出るよ~」などの問い合わせ攻撃(*7)などは確実に発生しますが、置いておきます。うまく善処しましょう。
そして、意外に気づかないのがインフラの過負荷。100%テレワーク実施の場合(出社日がない場合)ですと、だいたい週の初めの月曜日、中日の水曜日、週末金曜日のアクセスが多いと想定されます。そのため繋がりにくかったり、NWが重くなったりします。さらに、部分テレワークの場合(特定の出社日がある場合)ですと、テレワーク実施日のNW負荷が重くなります。さらに、勤務作業時間の提出日とか〆日、経費提出期限などの月末にも重くなります(*8)。重いだけなら良いのですが、処理が落ちたりするとやや最悪です。最悪はシステム自体全面ダウンです。そもそも、外部からの接続を考えて、社内システムを構築しているわけではないので、「想定外」のトラブル(*9)が発生するのは当たり前、「想定外」発生は「想定内」といえます。
図表1-2 東京商工会議所「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」の7.テレワークを実施した際に生じた課題から(n=732)
図表1-2のアンケートでは、NW環境の整備、PC・スマホ機器の確保が1位、2位を占めましたが、NW環境はセキュリティや過負荷対応を考えて、しっかりと整備したいものです。当然、ダウンした後のBCP(*10)も考えておくべきでしょう。最悪、落ちたら仕事なし、という経営判断をしても良いですが、難しいと思います。テレワークやリモートワークに適した/適していないPC・スマホ機器については、別のコラムで深堀して書きたいと考えております。
終わった後もたいへん
テレワークの事後、といいますか、「社員のテレワーク業務」が終了した後も、眠れない夜が続きます。まず、テレワークで繋ぐことができる時間は文字通り24H365D(*11)です。たまに、特定の時間は接続できないようにしたり、法定点検日(*12)には接続できないようにしたりすることもありますが、その場合は、「その時間には繋がりません」連絡をしなくてはいけません。夜中にこっそり接続する仕事熱心な社員たん、接続したままPCの電源を落とした高齢者(*13)、いろいろな方々の後処理の対応もあります。さらに、システムのバックアップもあります。何もしないと増え続けるゴミファイルの削除、日次処理・月次処理の監視や管理、明け方に掛かってくる「バッチが終わりません」の電話。なんかニューノーマルとは関係ないものも含めてしまいましたが、テレワークというのは物理的にドアで閉めて、何時から何時まで入館禁止とすることができないため、システム的な措置が必要です(*14)。システム管理者の仕事も多くなるのです。
管理者のニューノーマルってたいへん
「テレワークでニューノーマル」というのは簡単です。文字数13文字の世界です。しかし、使用者ではなく、経営者でもなく、管理者の立場から見ると、新しい仕事が増え、かつ「想定外」なトラブルやインシデントが発生します。とここまで書いて、ふと気づいたのですが、「テレワークのための本当に新しい管理仕事」ってあまりないような。今までのリモートアクセスなどの延長と使用者数が膨大になっただけのような気もします。当然アクセスが増えることによるNWの過負荷が発生したり、問い合わせ対応が増えたりしましたが。
そのような勤務形態が全くなかった会社や職場では、一からいろいろなルールや仕組みを作成しなくてはならないので、たいへんかもしれません。そもそも、そのような会社では、「出勤して仕事する形式」から「出勤しないで仕事をする形式」への社内文化の変換が一番たいへんな作業となっているはずです。そのため「島机にアクリル板設置して、三密回避を考慮して仕事すればいいじゃない」とつぶやいてしまう方も多々いることでしょう。でもそれは、管理者の仕事ではありません、経営者の方が眠れない夜を過ごせばよいことです。
図表1-3 テレワーク施策の役割
おわりに
今回は、かなりオーソドックスなテーマで書いてみました。テレワークの準備や実施、注意点などをつらつら書きましたが、やはり物理的に離れると、考慮しないといけないことが多いです。近くにいる「近距離安全措置」=何かあったときにすぐに助ける、が使えないので。さて、次回以降は、少しひねったテーマ、ニッチなテーマ(*15)で書いてみたいと思います。
では良き眠りを(合掌)。
「神は現世における色々な心配事のつぐないとして、われわれに希望と睡眠とを与え給えた」by ヴォルテール
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*1 システム管理者の会 一問一答アンケート 出社状況 (n=23) 半数以上がなんらかのリモートワークを実施
*2 決して、チャットツールやクラウドを否定するものではありません。
*3 エクセル・ワード・パワポの他に、PDFも必要ですね。あと、ブラウザも。
*4 BYOD(Bring your own device)。個人所有の携帯用機器を職場に持ち込み、それを業務に使用すること(Wikiより)。職場に持ち込まずに、自宅から接続して使用した場合は、BYODなのだろうか。
*5 本人認証や本人確認を甘く見ると、2020年09月に発生した「ドコモ口座」不正引き出し事件を引き起こします。
*6 ネットワークに侵入せずに人間の心理的な隙や行動ミスをついて、情報を入手する技術を、ソーシャル・エンジニアリング(social engineering)といいます。肩越しののぞき見とかですね。
*7 「暗いよ~狭いよ~怖いよ~」は面堂 終太郎。面倒な質問には「うるさいっちゃ」と電撃付きで返したいです。
*8 この状況(ある特定の時期に定期的に負荷発生)は、20年くらい前のクレジット決済のトランザクションに似ています。給料日前のATM使用不可時間帯の負荷が重かったらしいです。今だと銀行ATM自体が24H365Dで使用できることが多いため負荷は平準化されていますが。
*9 「想定外」については、「システム管理者の眠れない夜」著者の柳原さんが、2011年11月16日システム管理者の会のコラム「第7回 分散化の行動原則が日本を覆う」で語っています。併せて読んでいただきたい。
*10 BCP(Business continuity planning)。事業継続計画。災害などの緊急事態が発生したときに、企業が損害を最小限に抑え、事業の継続や復旧を図るための計画(Wikiから) 「緊急事態が起きたら、業務を行わず、社員の命と健康を一番に考える」ということを計画にすることは可能です。経営層の承認を得られれば、ですが。
*11 24時間365日。システム管理をこれでやると、普通は3交代制になります。さらに引き継ぎ時間も含めると残業付きですね。コストも当然増加します。
*12 電気事業法42条による電気設備の年次点検のこと。ビル自体停電します。監視カメラとかも止まるので、セキュリティ的には穴になるのか? 自社オフィスがビルの一部を借りている場合には、ほぼそれを避けられないですね。ただし、このニューノーマルの時代、テレワークメインでオフィスのPCやプリンターが使われないことを考えると、楽になったはず。いやサーバに繋げるNW機器があるのか。どこまで考えればいいんだ。また、システムをデータセンターとかに置いている場合は、システム本体は法定停電自体を避けることが可能なことが多いです。これ(法定停電対応)も別コラムで深く掘り下げたいテーマです。
*13 なんでサインアウト/ログアウトせず、シャットダウンもせず、電源を落とすのかな。そういうヒトたちには、サーバ機器みたいに電源ボタンを隠したいですね。あ、そうすると、PCの立ち上げもできないのか。(・ω<) てへぺろ。
*14 セキュリティや個人情報保護などでよく言われる「4つの安全管理措置」のこと。「組織的」「人的」「物理的」「技術的」の4つです。施錠で入館禁止などは「物理的」、システム的な防御は「技術的」と考えてよいでしょう。
*15 次回以降に書くテーマとして、確定ではありませんが「試験」「セミナー」「香水(ドルチェ&ガッパーナ)」「三密」などを考えています。
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筆者紹介
大手IT会社に所属するPM兼SE兼何でも屋。趣味で執筆も行う。
代表作は「空想プロジェクトマネジメント読本」(技術評論社、2005年)、「ニッポンエンジニア転職図鑑』(幻冬舎メディアコンサルティング、2009年)など。2019年発売した「IT業界の病理学」(技術評論社)は2019年11月にAmazonでカテゴリー別ランキング3部門1位、総合150位まで獲得した迷書。
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