概要
今回の連載では、日本がすでに突入している「超高齢社会」を、ITを用いてどのように克服するかを追う。人間誰でも高齢者入りする65歳を過ぎると、しだいに健康面での不安を抱えてくる。特に、70歳を過ぎてくると足腰に「故障」がでるもの。ここで初めて、「ああ自分も歳を取ったな!」という実感がわくのである。この連載では、いかにITを活用しながら、「超高齢社会」を克服するか。その知恵を探すことにする。
日本の活性化原点は地方にある。こうした認識がしだいに高まってきた。大阪に始まった「地方復権」政治は、まさにそれを象徴しているのかも知れない。これまでの日本では、すべて中央に目を向けてきた。その流れは、いま大きく変わろうとしている。地方が元気にならなければ、日本復活への狼煙(のろし)にならない。そういう危機意識がもたらしたものであろう。地方復活の糸口は、超高齢社会を逆手にとるビジネスの発掘である。萎縮するのでなく、現状をしかと認める。そこにビジネスチャンスを探し出す。こういうしたたかさが必要なのだ。その先には、高齢者ビジネス・モデルの輸出も可能になる。
高齢者ビジネス・モデルを輸出する
現在、日本の高齢者による消費額は100兆円に達しており、個人消費全体の4割を占めているという。個人総貯蓄の6割は高齢者保有とされているから、日本経済全体に占める高齢者は大きなウエイトを持っている計算だ。この高齢者のうち、65~69歳では男性が46.8%、女性も26.9%が職を持っている。高齢者といえばすべてが「年金生活」ではなく、雇用形態は別としても立派な「職業人」といえる。要するに、高齢者を一括りにして「社会的弱者」と位置づけるのでなく、この層をいかに活性化させるかが日本にとって重要なテーマになる。次の表は、これまでの高齢者に対する認識を大きく変える、「パラダイム転換」になるきっかけとして示しておきたい。
20世紀と21世紀は「異なる社会」へ
(資料)三菱総合研究所編『プラチナ社会がやってくる』
(丸善プラネット 2010年)
上の表を見ると、20世紀と21世紀の置かれている条件がほとんど正反対になっていることに気づくであろう。例えば、「制度設計」において従来は、生産者≠支援対象であり、この両者は画然と区別されてきた。だが、21世紀以降では生産者=支援対象となって、互いに働きながら扶養しあうという関係に変わるのである。この両者を繋ぐものはITの活用であることは言うまでもない。ともかく、社会制度の仕組みを根本的に変えて行く。こういう柔軟性が求められている。これによって、これまでの日本においては市民権を得ていなかった「共生」「暮らしやすさ」を実現するのである。件の大阪での「地方復権」運動への盛り上がりは、こうした社会変化を反映したものとも言える。
日本は、世界における超高齢社会のトップランナーである。これは一見、他の先進諸国に比べて不利な状況に映る。マイナスのイメージを持たれがちである。だが、他の先進国も発展途上国も時間差はあるものの、必ず彼らも日本の経験した道を歩まなければならない。人口動態統計はそれを示している。となれば、一足早くそれを経験した国がノウハウを積んで、「ビジネス・モデル」を作り出す。それだけ、有利な地歩に立つのである。
ここで中国に目を向けたい。最近、中国の経済学者、郭夏(グオ・シア)氏は「日本見聞:高齢化社会、おそるに足らず」と題した記事をブログで発表(1月26日)した。中国は高齢化社会を迎えるにあたり日本を参考にすべきだ、と次のように説いているのである。
「高齢化社会に関して言えば、日本の今日の状況はわれわれの明日の姿である。日本に行って、高齢化社会は人々が想像するほど悲観的で恐ろしいものでないことが分かった。高齢化社会の到来は、高齢者を対象とする新たなビジネスチャンスをもたらしてくれる。日本の医療、養老院や高齢者用商品、健康・保健用品など、介護やケアサービスに関連する産業は非常に発達している。日本の高齢化社会の成功経験をわれわれが学び、参考にする価値は十分にある」。
上記のように、日本で作り出す「高齢者ビジネス・モデル」は、中国へ輸出可能なのである。現実の中国の「高齢者ビジネス」は、いたって不備である。『中国新聞社』(2011年10月27日付け)では、その実態を次のように伝えている。
「中国を襲う急速な高齢化の波。高齢者向け需要も急速に拡大しているのだが、肝心の関連産業が立ち遅れ、シルバー市場は冷え込んだままだ。『年配者好みの色やデザインがほとんどない』と嘆くほど、確かに街で見掛けるのは若者向けのものばかりだ。高齢者向けの商品を探すのは難しい。アパレルだけでなく、旅行や保険、介護施設など、中国のシルバー産業は、いまだにそのほとんどが八方塞がりといった状況にある。『参加旅行者の60%以上が高齢者』という山西省の旅行社でも『収入や価値観の影響もあって高齢者が利用するのは低価格帯のものばかり。高齢者向けツアーの利益は他のツアーに比べて70%以下だ』という」。
中国国内で60歳以上の人口は、2010年10月現在、1億6700万人。2011~15年の「12次五カ年計画」期間中に、60歳以上の高齢者が毎年800万人増える見通しになっている。そして、2030年までに高齢者がなんと4億人に膨れ上がって、全人口の30%を占めると予測されている。今後の20年間で高齢者が、ざっと2.4倍にも増える有望なマーケットを、日本企業がどのように取り込んでいくかが問われている。こう見てくると、日本の内需産業が、意外にもサービスの「輸出産業」に転換するわけで、大きなフロンティアが見出されるのだ。
ただ、こうしたサービス輸出では、国情の全く異なる中国へ「単身」乗り込むのはリスクを背負いすぎる。そこで、台湾の業者と組むことをお奨めしたい。台湾は戦前、日本の植民地にされたが、現在、戦前の日本式教育が評価されており、「親日ムード」がきわめて高くなっている。こうして日本人の考え方を十分理解している台湾業者と一緒になって、中国で事業化に取り組めば、リスクはかなり軽減されるはずだ。台湾も中国大陸も「漢族」であり、彼らには民族としての共通認識が出来上がっているので、日本人が台湾人と組むことによって「中国の市場開拓」に好都合であろう。
2011年、北京市での1人当たりGDPは8万384元となった。年間の平均為替レート換算で1万2447米ドルとなり、先進国レベルの下限に接近してきた。一人っ子政策の関係で、老後の扶養問題は日本よりも深刻なはずである。一方、都会の年金は農村部より優遇されている。大都市の購買力が、中国平均の想定値よりもはるかに上なのだ。中国大都市で地歩を固められれば、20年後に4億人もの高齢者が出現するだけに、ビジネスとしての可能性は大であろう。日本の先行経験が結実するのである。
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筆者紹介
1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。
著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)
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