概要
この連載企画は、日本のグリーンITが世界最先端を走っている事実を紹介するものだ。グリーンITと言っても二種類ある。“グリーンofIT”と“グリーンbyIT”である。前者がIT機器自体の二酸化炭素排出の削減を目指すもの。後者はIT機器利用による二酸化炭素排出の削減である。この連載では後者の“グリーン by IT”を取り上げる。
「グリーン資本主義」とは、「緑の経済成長」という概念である。OECD(経済協力開発機構)が提唱しているものだ。「グリーン・イノベーションン」によって、新市場や新産業を創出する狙いが込められている。「グリーンbyIT」が目指すところもこれと同じである。今回、取り上げる「スマート・コミュニティ」は、「環境配慮型都市」と訳されている。日本は世界的にトップ水準である制御システム、蓄電池、太陽電池、エコ家電、電気自動車、建設業などを擁している。いずれも「スマート・コミュニティ」を構成する産業分野だ。これらの分野をどのように統合してシステム化するか。これが今後の課題である。
グリーンITの決定版「スマート・コミュニティ」構想
政府は昨年6月、新成長戦略の柱の一つに「環境未来都市」(「環境配慮型都市」)を決定した。これを受けて2011年度から4つの大型実証事業が、相次いで本格稼働の予定である。実証事業の対象地域は、横浜市、愛知県豊田市、京都府けいはんな学研都市、北九州市である。政府や自治体、主要企業が参加する大規模な実証事業であり、これを足がかりに世界へ「スマート・コミュニティ」を売り込む構想である。日本産業が総力を挙げての大事業である。
この事業の旗振り役でもある経済産業省では、2020年に3兆2000億円の経済効果と、6万2000人の新規雇用を見込んでいる。前述のとおり、制御システム、蓄電池、太陽電池、エコ家電、電気自動車、建設業など関係産業の裾野が広く、波及効果はかなり大きいと見られる。金額的に捉えて矮小化するのでなく、将来の主要分野である「グリーン・イノベーション」という視点から取り上げる必要があろう。
「スマート・コミュニティ」について、最初に概略を説明しておきたい。
①原子力等の「集中電源」と太陽光発電等の再生エネルギーの「分散電源」を統合して、供給側だけでなく需要側のコントロールを含めて最適化する。これが、「エネルギー・マネジメント・システム」である。従来、電源開発は「集中電源」によるコスト・ダウンを第一目標としてきた。今後は、環境配慮型都市として再生エネルギーによる「分散電源」が脚光を浴びるので、「エネルギー・マネジメント・システム」の必要性が高まる。
②インターネットが「ヒトとヒト」を繋ぐネットワークであったが、「モノとモノ」、「モノとヒト」を繋ぐ「第2のインターネット」の登場になる。具体的には、エネルギー機器と情報ネットワークが癒合化したシステムが実現する。
③電力の供給側と需要側の最適化を図る「エネルギー・マネジメント・システム」とITS(高度交通システム)が融合して環境に優しい、新しい交通システムが登場する。最適なエネルギー・マネジメントと交通管理を同時に行なうので、自動車1台1台がセンサーとしても活用される「動き・つながる家電」となるシステムである。すでに、日本の蓄電池技術、センサー技術、制御技術の進化によって、電池交換式の電気バス、駅ごとに充電して走行する架線レスLRT(路面電車)などの試作が完成している。架線レスLRTは新しい都市内交通の切り札として期待されている。東京都内でも復活が検討中である。
④快適と省エネが両立した新しい街づくりを実現する。自然風、太陽熱、自然光等を有効利用できるように設計された街づくりや建築物により、快適性向上と省エネを両立した生活空間が実現する。EU(欧州連合)では、2021年以降に新築する住宅やオフィスビルなどについて、原則的にCO2(二酸化炭素)を実質的に排出しない「エコ建築物」を義務づける規制を導入する。この流れは、当然に世界の潮流になるはず。日本でも各住宅メーカーが一斉に「エネルギー自給型」住宅の開発に取りかかっている。メーカーによっては太陽光発電などで作った電力を、貯めておく大容量の蓄電システムを投入しており、文字通り日本の「お家芸」となっている。
以上の点を頭に入れていただき、「スマート・コミュニティ」構想がどのような社会をつくるのか。CO2の削減では、再生可能エネルギーを普及させることが最も有効な手段である。そこでは、再生可能エネルギーのコストをいかに抑えるかがポイントになる。この実現は、IT技術を活用して電力の需給バランスを良くすることに尽きる。要は、電力の「地産地消」であって、その役割をIT技術が担うのだ。
これまでは、「我慢の省エネ」であった。冬のクーラーの設定温度はできるだけ低く(夏は高く)してきた。これが「我慢の省エネ」の典型例である。「スマート・コミュニティ」構想では、「気づきの省エネ」「ITで自動的な省エネ」が可能になる。「我慢の省エネ」の必要がなくなって自動化されるのだ。これに伴い、新しいマーケットが創造される。日本にはこれに応えられる個別の最新技術が存在する。後は、これらをいかに統合化するかが残されている。
自動車は従来の「走る」機能主体から、大きく転換する。自動車の蓄電池を電力系統の末端につなげることにより、再生可能エネルギーの平準化を図り、バッファーとして活用する余地が開けてくる。その主役になるEV(電気自動車)、PHV(プラグ・イン・ハイブリッド車)の電池を、「スマート・コミュニティ」として活用するのである。例年、5月の「ゴールデン・ウイーク」中は、太陽光発電で発電した電力が余ってしまう恐れがあった。その場合、既存の電力系統を保護するために、太陽光発電が電力系統から遮断される事態が発生する。こうした余剰電力をいかに活用するか。その実証実験が豊田市で行なわれる。
エネルギー(熱と電気)の効率的使用には、大都市圏でも地方都市でも街づくりにおいて、コンパクト化が要求される。地域ごとに熱と電気はスマート・グリッド(次世代送電網)でネットワーク化してエネルギーを平準化する。これによって最適エネルギー供給が可能になる。大幅な低炭素化が実現するはずだ。
この「コンパクトな街づくり」の第1号が、神奈川県藤沢市の旧パナソニック工場跡で展開される。地元の藤沢市とパナソニックが協議して決定した「HUJISAWA サスティナブル・スマート・タウン」がそれだ。「省エネ、創エネ、蓄エネの技術を活かした地産地消型スマート・タウンの実現」というふれこみである。1990年を基準として、2022年までにCO2排出量を40%削減する、としている。この実績をひっさげて、世界中に向けた「スマート・タウン」情報を発信する意欲的な構想である。用地面積は19haであり、ここに戸建てと中高層マンションを含めて1000戸の住宅を建設する。住宅、福祉・医療・教育、生活サービス機能からなる、街ぐるみの「サスティナブル・スマート・タウン」が、2013年度から「入居開始」の予定である。
上記のように、「スマート・コミュニティ」が現実に動き出している。単なる「構想」の域を超えていることに、ぜひ、注目していただきたい。ただ、EV(電気自動車)、PHV(プラグ・イン・ハイブリッド車)の電池を、「スマート・コミュニティ」の一役として担わせるのは、やや先になるであろう。EVやPHVが、現在のガソリン車と同様に普及するには、電池の性能向上と価格低下が前提になる。その時期は、10年程度先になるものと予想されている。だが、方向はEVとPHVに向かっていることは確かである。「スマート・コミュニティ」への流れは、日に日にその流れが大きくなっているのだ。
次回は、「スマート・コミュニティ構想に500社が参加」の予定である。
連載内容(予定)
第4回 スマート・コミュニティ構想に500社が参加
第5回 グリーンITで世界標準を目指す
第6回 グリーンITが21世紀産業の主流になる
連載一覧
筆者紹介
1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。
著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)
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