ITで儲ける企業 ITで儲からない企業

第1回 ITを利用した企業の長期持続成長策

概要

日本企業の売上高営業利益率は、一貫して低下し続けている。その原因はどこにあるのか。本連載ではそれをITとの関連で追跡する。「品質の良さは世界一ながら、肝心の利益が出ない」という悩みの根本は、バランスを欠いた経営手法にある。視野を広げ見る角度をかえれば、今まで見えなかったものが見えてくる。その点を強調したいと思う。

デジタル経営時代の現在、IT活用はもはや常識である。現実は、ITで「儲ける企業」と「儲からない企業」にはっきりと分かれている。その理由を探ると、意外にも手近にあることが明らかになる。つまり、ITを活用する企業組織とそれを支える「心構え」ができているか否かによって、明暗が二分されるのだ。せっかくIT投資にかなりの資金をかけながら、失敗したのでは救われない。これこそ「IT不信」をもたらすだけである。
 
「儲からない」のには理由がある
 
「儲ける」とか「儲けない」という言葉には、はっきりと当事者の意識が込められている。
前者の「儲ける」には、当初から経営戦略によって「利益を上げる」目標を明示している。一方、後者の「儲けない」は非営利組織に見られる現象であって、NGOやNPOのように最初から直接的な利益追求を度外視している。両者にはこういう違いがある。
 
「儲からない」とは、「儲ける」目標があるにも関わらず、結果が意図通りにならず利益が目標に達しなかっただけである。当然、その原因が究明されるが、「景気が悪かった」、「同業との競争が激しかった」、「消費者マインドが弱かった」といった類を理由にして、お茶を濁してしまう。そして、「来年度は頑張ろう」という程度の話で終わるのが、一般的なケースでないかと予想される。
 
こうした経営手法はアナログ経営時代に通用しても、現在のように変化の激しいデジタル経営時代には認められない。理由は、ITを活用すればすぐに経営不振の原因が判明し、かつ是正策があるからである。これから取り上げようとするケースは、T自動車メーカーがいかに長期持続成長政策を基本にしているかという生きた教科書である。
 
T社については、その経営のしぶりは伝説化しており、私がこれから取り上げても、「その話は知っている」という反応が目に見える感がしないでもない。しかし、それは表面的なことであり、T社の本当の強さと凄みを理解していないうわべだけの知識だと思う。つまり、T社の真の強みと凄みは独特の生産方式だけにあるのではないことだ。その底を流れている全社員の「心構え」という企業文化に存在する点を指摘したい。
 
T社は今回の世界的金融危機の発生で、①急激な円高に伴う為替差損を被ったこと。②アメリカで利益率の高い中・大型車の販売が落ち込んで大量在庫を抱えたこと。それに③アメリカ新工場が操業開始間もない結果、減価償却負担が大きいこと、などの原因により多額の営業損失を出す羽目になった。さすがのT社の神話も最近は色あせており、マスコミ論調には厳しいものがある。「経営は結果」であるから、そうした批判は致し方ない。だが、企業経営で最も大事なことは「同じ誤りを二度引き起こさない」という、「事後的対応能力」の保持である。この点でT社は見事な対応をしている。「事後的対応能力」は企業進化の推進力である。これが健在な企業の場合、将来性に関して懸念が少ないのも事実だ。
 
T社の具体的対応は以下のような内容である。①経営陣の交代。②世界地域別のマネジメント体制を確立して、いち早く市場変化に対応する。③技術面での圧倒的優位性の確立である。すでにハイブリッド車(HV)で世界の先陣を切っているが、現在、新発売したHVでは「第三世代車」まで技術的完成度を高めて、独走態勢を固めつつある。電気自動車(EV)も2012年に大衆価格で投入する。CO2など有害ガスを排出しない夢の自動車「燃料電池車」は、2015年までに商用生産するというように、技術開発では追随を許さない。
 
T社独特の生産方式であるJIT(ジャスト・イン・タイム)については、次のような感想が一般的とされている。T社への初級的認識では、「在庫コストの削減効果」。中級的認識では、「製造過程での問題発生を顕在化させる効果」。上級的認識になってはじめて、「コスト削減意識を全社内に徹底化させる効果」という答えが返ってくる。正解は、「コスト削減意識の全社内への徹底化」にある。これこそ、先に挙げたT社の強みと凄みの源泉である「心構え」そのものである。IT利用によるデジタル経営の神髄は、意外にも、全社員共通の「心構え」をつくり、末端までの浸透を実現することにある。ITのこういう使われ方をする生きた実例がここに見られるのだ。
 
IT活用が企業の長期持続成長政策に資するのは、事業部門ごとの「部分最適」を乗り越えて、全社ベースでの「全体最適」実現を可能にさせるからである。実は、T社が全社員の「心構え」という共通認識を育て上げる上で有益な手段になったのが、創業以来の「標準化」と「文書化」の慣行であった。「標準化」とは、「テイラー・システム」に則って作業時間の設定をすることである。ただ、フォード社との違いは、上から下へと一方的に命令することでなく、T社では職場の納得を得た上での実施であった。現在もこの仕来りは受け継がれている。「文書化」とは、マックス・ヴェーバーが唱えた「官僚制」の骨格を採用したものである。社内で確認したことは必ず「文書化」して、全社内に周知徹底化させる狙いからである。
 
「標準化」も「文書化」もT社の伝統的な社内組織の有力手段になっているが、これこそITが担うべき役割である。いずれもシンプルな形式であり、ITにぴったりな手法なのである。T社では今回の世界的金融危機で被った損害は、すでに業務の「標準化」や「文書化」によって活かされている。前述の三つの対応策はいずれもそれを反映している。「同じ誤りを二度と引き起こさない事後的対応能力」として活かされているといえよう。
 
ここで、アメリカの長期投資家として著名なW・バフェット氏が、どのような投資スタンスで臨んでいるのかを見ておきたい。バフェット流投資が「優良企業」の尺度を示唆しているからである。彼は、企業が「永続的競争優位性」を持っているかどうかを、企業選別の重要な尺度としている。一度投資したら超長期にわたって、その銘柄を保持し続けるという彼のスタンスからも肯けるところだ。その尺度とは次のようなものである。
 
第1は、売上高に占める粗利益(売上高-売上原価)比率が、10年単位ぐらいで見て40%以上ならば、「永続的競争優位性」があると判断する。粗利益比率が40~20%でも「まあまあ良い」と見る。20%以下は「見込みなし」という烙印を捺している。日本企業では粗利益率の20%以下が圧倒的であり、バフェット氏が日本株になかなか投資しないが分かる気がする。
 
第2は、粗利益に占める「販売及び一般管理費」が30%以下なら「ベスト」、30~80%でも「まあまあ」との判断である。「販管費」が粗利益に占める比率が30%以下という日本企業は、消費者直結の耐久・非耐久の消費財関連にはきわめて少ないのが実態だ。部品メーカーでは「販管費」が少なくて済むので、この分野では著名な部品メーカーの多くがこの30%以下に該当する。従来は、「部品メーカーは儲からない」というのが常識であった。グローバル経済の下では、この「常識」が崩れている。むしろ最終製品メーカーの方が利幅は薄くなっている。日本からの部品輸出が他国の最終製品に組み込まれ、「メイド・イン・ジャパン」最終製品と競合しているという構図である。
 
バフェット氏の投資尺度から見ると、日本企業には「落第」ケースが少なからずある。これを改善するには、アメリカ企業と同様にITを企業戦略に用いて行く以外ないことは明らかである。アメリカ企業の利益率は景気後退が始まった2007年第4・四半期に10.5%だったが、2009年第1・四半期でも10%を維持した。こうした高水準の利益率を維持できた主な原因には、企業の生産性向上への取り組みがある。通常、景気後退期には生産性は低下するので、今回のような深刻な経済状況で生産性が向上しているのは驚異的とされている。 もちろん、企業の利益率確保のしわ寄せとして、これまでに650万人もの雇用が失われている点は見落とせない。
アメリカ企業の利益率が深刻な景気後退期にもかかわらず落ち込まない事実は、改めてIT活用の効果がいかほどであるかを示している。本連載では、IT活用による日本企業の利益回復への処方箋を描き出したい。連載は次の項目を予定している。
 
 
第1回  ITを用いた企業の持続成長策
第2回  ITでコントロールする「技術偏重経営」
第3回  ITを用いた2つの「利益源管理」
第4回  ITで伸びる企業の「現場力」
第5回  ITを使いこなせない企業の「現場力」
第6回  理想は「CIO出身」社長の実現
第7回  「設計思想」から見た高収益分野(1)
第8回  「設計思想」から見た高収益分野(2)

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回 にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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