ここしばらく、DXとはどういうことですか?と言う質問を受けていない。
DXと言う言葉が浸透し、広く理解されるようになってきた証拠であり、喜ばしいことである。反面イメージや、最初の思い込みに引きずられるのか、様々な誤解、珍解釈を生んでいるようでもある。
代表的な思い込みの例を今回は3つ挙げてみる。
それぞれについて見ていくと間違いであることは歴然である
1)うちのような小さい企業には無理。
小規模な企業では効果が上がらないとの誤解。事業活動での最小モデルは、いわゆる一人親方的な業態だろう。実はバックオフィス業務だけを対象にデジタルトランスフォーメーションに取り組むと他の業態より効果は出やすいくらいだ。
社長の働きのうちで、例えば会計業務で何割もの手数、時間を取られている事業者は少なくないと思われる。
飲食店を例に挙げると、売り上げと伝票が合わない、資金繰りが。
クラウド会計を導入して自動仕訳にすれば、新規メニューの開発や仕入れ先の開拓、SNSでの宣伝など、様々なことに労力を振り向けることができるし、商店などでは、営業マンが動き回る時間が2割でも増えればどうだろう?何より美味しい食事を提供する、調理などに傾注することができ、お店の魅力がアップすれば、競争力強化につながるのである。少し大きな会社では、元々経理担当者がおり、ここまでパワーアップに繋がる影響はむしろ考えにくいとさえ言えないだろうか?
2)手作業での少量生産。DXの効果はない。
デジタル化の効果は、量産品を扱う企業でないと上がらない。との誤解。多品種少量生産では効果が上がりにくい。これもありがちな誤解である。
確かに量産を行う製造ラインでは、もともとスケールメリットを活かしたビジネスモデルなので、効果が体感しやすいのは間違いないだろうが、仕掛品や製品のひとつひとつについて発番し、個体を管理するのは、デジタルが大いに得意とする分野である。
大阪の中小企業で100万アイテムを超える製造物を扱う企業は少なくない。人間ワザでは、100アイテムくらいは覚えることはできるかもしれないが、それ以上は管理しきれないであろう。納期や発注企業、担当者、どの部品が必要かなどを区分して正確に管理し、最終納品することは難しい。ましてや変更が生じたら?これが日常茶飯事なのである。紙の帳票やエクセルシートを併用してもそれほど限界が広がるわけでもない。
製品に個体差がある場合にこそ、販売管理、価格設定、原材料の設定、選定などで、人間の記憶に頼らず、正確な管理を実現する。これこそ、デジタルの威力の発揮しどころ、面目躍如である。そして、アナログでかつ、フィジカルな制約から逃れることのできない人間に余裕を与えてくれる。時間・気持ちに余裕が生まれた分、より快適にクリエイティブな業務に傾注できるのではなかろうか?
3)基幹システムを入れ替えDXは完了した。
3つ目に取り上げるのは、大企業に多いパターン。企業規模が大きいとぶら下がる社員も多数に上るため、こちらの方がより罪深い思い込みである。
基幹システムを入れ替えて2025年の崖をクリアできた、と。これは立派なことであるが、それで終わりと思ってしまうと大きな間違いである。
DXは今の大きな課題を解決するために、一度の変革を乗り越えることを指すのではない。デジタル化を契機に、どんな社会・市場環境の変化にも、さらなる変革で対応できると言う、企業の強靭性・柔軟性を獲得しないとDX 企業に変貌した、とは言えない。
つまり、基幹システムを入れ替える、ことは今現在のDXの一つの行き方ではあっても、2025年があれば2050年もあるだろう、システムの陳腐化の速度は速まっていると考えるべきで、早速2030年にシステム更新が必要になるかもしれないし、1年そこそこで革命的テクノロジーが登場するかもしれない。その時にまたぞろ、DX 推進室を設けるのか?取締役会で侃侃諤諤の議論を1年間、またまた継ぎ接ぎが生じてしまったサブシステムへの影響範囲を調査して、発注して開発して稼働に2年かかるとか。
それでは今のDXはなんだったのか?迅速な意思決定プロセス構築、業務標準化、全体最適を念頭においた機動的システム運用ルールなど、実現できていないではないの? 変革をパッとできる仕組みをビルトインできてないDXは大きな変更でしかない。カイゼンではあるかもしれないけど、変更プロセスのカイゼンは十分でなかった、との評価を受けるだろう。
厳しく言うと、DX には達成もないし、明確な完全形での成功もない。DXの要点はデジタル化ではなく、トランスフォーメーション=変革を起こすことになる。VUCAの時代と言われるような、地球規模、世界規模での環境変化が次々と押し寄せる現代社会の中で変革を繰り返していかないと変わり続ける環境変化に対応できませんよ。だから変革に次ぐ変革を続けていきましょう、と言うことである。
製造設備を入れ替えるより、ソフトウエア(大きなシステムであっても)入れ替えの方がはるかに簡単。電灯線と信号ケーブルで設備を制御するより、LANや無線で制御した方が簡単だし、変更が融通無碍でしょう。デジタル化は、変更を容易くするための手段であり目的ではないと見るべし。
変革への取り組みをマインドにし、二度と「変われない会社」に戻らないことが不可欠である。
※本稿では主に企業規模に関係の深い誤解を取り上げた。下の図からも企業規模と生産性向上の効果の関係は、絶対的なものでないことを見てとってほしい。
図1 企業別に見た、従業員一人当たり付加価値額(労働生産性)の推移
2022年版中小企業白書 第6節労働生産性と分配 中
第1−1−72図 企業別に見た、従業員一人当たり付加価値額(労働生産性)の推移
注)大企業:資本金10億円以上 中小企業:同1億円未満の企業 詳細は、同白書参照
図2 DXpower(当社)の執務環境 社長ひとりの業態でデジタルフル活用
撮影:辻野一郎(筆者)
デジタルマーケティングによる販路拡大、バックオフィス業務や営業の効率化に、いわゆる一人親方事業者でDXの効果を享受しているところが急増しているようである。
連載一覧
筆者紹介
ITコンサルティング DXpower 代表
(おもな進行中のプロジェクト)
◆一般社団法人エコビジネス推進協会事務局長
◆近畿産業技術クラスター協同組合 顧問
◆独立行政法人情報処理推進機構(IPA)社会基盤センター 製造分野向けDX推進方策検討WG委員
◆BAC AIoT BWG
◆みせるばやお
コメント
投稿にはログインしてください