概要
現代社会はITなしでは語れません。日本においてはソフトウェア開発分野でのIT人材不足が早くから膾炙されていました。問題を解決するために他国の人材に期待を寄せており、現在ではベトナムが注目されています。ベトナムにおけるIT事情は日本のそれをはるかに超えている面もあります。現地での生活環境、オフショア開発需要、文化・国民性の違いや商習慣の違いからくるITへの取り組みの違いをコラムにしていきます。
第1回 十分に発達したローテクはITと区別がつかない
日本におけるITは世界に比べて進んでいるのでしょうか遅れているのでしょうか。すごくあいまいな問いになりますが一般的には日本は世界的にみるとITがあまり発達していない国とみられているのではないでしょうか。日本人もそのように感じている人が多いと思われます。でも本当にそうでしょうか。
国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界デジタル競争力ランキング 2022年度版」では日本は63カ国中29位となっています。ランキングは、「知識」「技術」「将来への備え」の三つのカテゴリに分かれていて、それぞれのカテゴリはさらにサブカテゴリに分けられてサブカテゴリ毎に順位がつけられています。その中からトップ5に入っているもの、最下位に近いものを挙げてみます。
まずは「知識」カテゴリから、
PISA-数学:5位、高等教育における教師の比率:1位、ロボット関連教育・研究開発:4位。国際経験:63位、デジタルスキル:62位。
次に「技術」カテゴリから、
ワイヤレスブロードバンド環境:2位。移民法:61位。
最後は「将来への備え」から、
世界へのロボット供給:2位、ソフトウェア権利保護:4位、ネットワークを利用した国民参加型行政:4位。機会と脅威:63位、企業の機敏性:63位、ビッグデータの活用・分析:63位。
いかがでしょうか。意外なのは「将来への備え」としての電子政府の順位が4位と高いことです。皆さんは役所や行政手続きにIT化の恩恵を感じたことはあるでしょうか。日本の政府は全然デジタル化されていないと感じる方がほとんどではないかと想像します。これはどういうことなのでしょうか。
少し話は変わりますが、私の住んでいるここベトナムでは、銀行に行くとQRコードがプリントアウトされたものが壁に貼られていたり、ロビーに置かれたりしています。このQRコードをスマホで読み取ると番号が発行されるようになっています。自分の番が来ると受付で番号を呼ばれます。一方日本では入り口近くでプリンタのボタンを押すと番号が発券され、その番号が窓口で呼ばれるわけです。それではこれまでの日本方式をベトナム方式に変えるとどうなるでしょうか。おそらく使えない人が続出してクレームの嵐となることが容易に想像できます。この時点でデジタルスキルという点ですでにベトナムに負けていますね。これは国の状況に起因していると考えられます。ベトナムではこれまで受け付け業務システムが確立されていなかった、または厳格に運用できていなかった状態だと考えられます。システム導入に当たりほぼすべての人が持っているスマホを使ってITの力でシステムを構築するのはまさにスマートな取り組みだと思います。
日本はそれなりに歴史の古い国であり、ITという言葉も存在していなかったころから様々なシステムが整備・運用されています。システムを保守するためのマニュアルも同時に整備されてきました。そのせいで情報整理や情報更新が個人の能力を超えてしまうことも当たり前のように存在し、それが原因で様々な問題が発生してきたことと思われます。その問題を解決してくれたのがITというわけです。生産革新、業務効率化というのがDXのお題目のようになっているのもそれに由来するのだと思います。つまり日本においてIT化とは日々の定型業務を楽にすること。直接ユーザーの目に触れない、企業や政府内で日々実施されている内部ワークフローのデジタル化。これに尽きると思います。IT人材の分布をみても、60%強がSES、派遣人材、または請負開発要員であるというデータもあります。このデータからも日本のITは2000年台初頭のペーパレースオフィスに始まった従来型のIT化を邁進している途中であるといえると思います。
翻って世界で有名なIT企業というとGAFAに代表される企業が頭に思い浮かびます。GAFAは生産革新・業務効率化のための請負開発をやっているでしょうか。あまり想像できませんね。彼らは新しいビジネスを作り出すためのパッケージを創出する会社、または、これまでシステム化されていなかった分野にパッケージを導入し成功を収めているという会社として認知されているのではないでしょうか。反対に日本の大手IT企業といえば、NEC、FUJITSU、HITACHI、NTTDATAが上げられると思います。これらの企業は業界外の方々にどう見えているかというと、とてもGAFAと同じカテゴリの会社だとは認識されていないのが現状だと思われます。
こういった点で、日本におけるITというのは実は世界的な潮流から少しずれているのではないかと感じ、「世界デジタル競争力ランキング」における日本の順位は当然の結果のようにも思えます。例えば、デジタルスキルが低い理由は、すでにローテクによってかっちりとシステム化されているからわざわざIT化するメリットが感じられない、現状IT化されていなくても、運用が滞りなく進んでいるように見えていることの裏返しだといえます。そもそも、国際化、移民法に至っては、それらのIT化が不要でも問題なく社会が回っていることの証明だとも言えます。
クラークの三法則というものがあります。SF作家のアーサー・C・クラークが提案したもので、特に第三法則についてはいろいろな場面で引用されることも多いのでご存じの方もいらっしゃると思います。それは「十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかない」というものです。現在の日本のIT化状況についてこの法則を当てはめると、「十分に発達したローテクはIT化と区別がつかない」ということです。つまり外側から観測するだけでは、IT化されたシステムで運用されているのか、旧態依然で運用されているのかは判断できない状態であるといえます。
もう一例をあげます。お店でXX社の牛乳を買ったとします。あまり知名度がないためか1列分の陳列スペースしかありません。気に入ったので後日また同じお店に行って同じものを買いました。やっぱり商品は1列分の陳列でした。当たり前ですよね。ところがそれは実はすごいことなのです。こちらベトナムでの日常はこうです。スーパーに行って卵を買いました。1コーナー全部卵です。次の週も卵を買いに行きました。卵は1コーナーの半分になっていて、半分は違う商品が置かれています。次の週も行きました。卵は売り切れです。2,3日後にもう一度行ってみると1コーナーすべてが卵でした。つまり、大量に入荷して、売り切れたら再入荷なので、鮮度もだんだん落ちてくるし、品切れ前には買っておかないといけないし、お客さんの方が在庫予測をしながらスーパーで買い物をしなければなりません。いまこそビッグデータ解析を使って在庫管理をIT化するときです。しかしながら日本ではすでに在庫管理もきちんとシステム化されていて、ある商品がどれだけ出たからどれだけ仕入れればいいか、データと勘と経験と前世代のIT技術で何とかなっています。
ということで、「世界デジタル競争力ランキング」における日本の順位は残念な結果となっていますが、現在の評価基準ではまぁ納得の結果だと改めて思いました。なぜなら日本は「十分に発達したローテクによってあらゆるシステムが魔法のように運営されている国」なのだから。
ただ、IT化をどんどん進めないと現状のやり方ではいずれ限界が来てしまうのは避けられない事実だと思います。やっぱり十分に発達したローテクより、IT化の方がいろいろと便利ですから。
連載一覧
筆者紹介
1966年生まれ。ティンヴァンソフトウェア所属。1990年松下電器(現パナソニック)の研究所に入社。通信関係の組込み開発者として業務に従事。3G/4G通信システムの研究開発を行う。2010年にパナソニックR&Dセンターベトナムの責任者として4年間ベトナムに駐在。帰国後FPTのマネージャーを経て現在に至る。入社当時は開発の傍ら、ルーティングテーブルを手動で設定しUUCPやsendmail.cfをゴリゴリ書いて外界と接続するというネットワーク管理の仕事を経験。また有志によってテープカートリッジで郵送回覧されるフリーソフトのインストールやアップデート等システム管理的な業務も経験。当時とは比較にならないほど複雑化したシステムのメンテナンスを行っているシステム管理者には頭が下がります。
所属会社はハノイに本社を置くソフトウェア開発会社。日本関係のソフトウェア開発を実施する事業部を設立し、リソース提供、ソリューション提供を実施中。
現在はベトナムのハノイに駐在中。特に趣味もないため週末は自宅でYoutubeやNetflixを鑑賞しています。
【会社URL】
https://tso.vn/ja
コメント
投稿にはログインしてください