「2025年の崖」とは何だったのか
今年は2024年です。来年は2025年、そう「2025年の崖」の年です。今回は、2025年の崖とは何かを再度検討したいと思います。
そもそも「2025年の崖」とは、2018年に経済産業省が「DXレポート」内で提示したキーワードです。レガシーシステムのままでDXを推進できない企業は2025年以降に国際競争力をなくす。結果、2025年から2030年の間に日本国内で発生する損失が最大12兆円/年という予測です。ここで注意すべき点は、いくつかあります。
・DXを推進
・2025年
・国際競争力
・日本国内での損失
・最大12兆円
などです。
このコラムでも、2020年年末に中間取りまとめが公開された時に「第五夜 DXレポートで悩む管理者の夜」という形でコラムに書かせていただきました。内容は読んでいただければ良いのですが、「レガシーシステムの運用が弊害となっている」というDXレポートの主張に対するアンサーコラムだと思ってください。
DX3部作
まずは、経済産業省のDX三部作のURLを再度掲示します。この3つが現物であり、重要です。
DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital
_transformation/20180907_report.html
2020年12月に公開された「DXレポート2(中間取りまとめ)」
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004.html
DXレポート2.1(DXレポート2追補版)
https://www.meti.go.jp/press/2021/08/20210831005/20210831005.html
但し、DXレポート2のリンクは、2023年04月時点でリンク切れです。いろいろなところや経産省(Meti)のHPでもリンクを張っているのに、「リンク切れ」です。どうしようもないですね。
まずは、DXの定義
DXっていろいろな定義がされています。でも、ここでは本家の「DXレポート」本文のP4にて以下のように定義されています。
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること
ある意味、極論ですがクラウド上に構築すればDXは達成としても良いのでしょう、良いのかな? でも第3のプラットフォームと書かれているクラウドを利用していますよね。
それにしても、この引用文の言い回しは三流コンサルの売りトークそのまま。エクスペリエンスとかネットとリアルとかアナリティクスとかエコシステムとか。もっとITに弱い人でも理解できる言葉で説明すべきでしょう。
そして、12兆円の根拠
前述の「DXレポート」本文のP26から記載されているのが、「2.6.2 既存ITシステムの崖(2025 年の崖)」です。
複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合、2025 年までに予想されるIT人材の引退やサポート終了等によるリスクの高まり等に伴う経済損失は、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)にのぼる可能性がある
この12兆円の算出根拠ですが、以下のように書かれています。
EMCジャパン株式会社の調査をもとにした独立行政法人情報処理推進機構のまとめ(2016年2月公開、2018年3月更新)によると、データ損失やシステムダウン等のシステム障害により生じた 2014年1年間の損失額は国内全体で約 4.96兆円。また、日経BP社「日経コンピュータ 2017.8.3」によると、2010年代のシステムダウンの原因別割合として、①セキュリティ 29.1%、②ソフトの不具合 23.1%、③性能・容量不足 7.7%、④人的ミス 18.8%、⑤ハードの故障・不慮の事故 19.7%。レガシーシステムに起因して起こる可能性があるのは、仮に、このうち①・②・③・⑤とすると、合計 79.6%。これらを踏まえ、レガシーシステムに起因したシステム障害による経済損失は、現段階で、最大で 4.96 兆円×79.6%=約4兆円/年にのぼると推定。
また、日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書 2016」によると、企業が保有する「最も大きなシステム」(≒基幹系システム)が、21年以上前から稼働している企業の割合は20%、11年~20年稼働している企業の割合は40%。仮に、この状態のまま10年後の2025年を迎えると、21年以上稼働している企業の割合は 60%になる。これらを踏まえ、レガシーシステムに起因するトラブルリスクも3倍になると推定。すると、レガシーシステムによる経済損失は最大で約12兆円/年にのぼると推定。
うん。なんとなくわかるけど、まず基礎データが2014年(*1)の損失額で、その損失額のうちレガシーシステム起因の割合を想定(その割合の数値は2010年代の数値:by日経コンピュータ)。その数値(レガシー起因っぽいものの割合)を掛けて、年間の経済損失(≒4兆円)としています。さらに日本情報システム・ユーザー協会の「企業IT動向調査報告書 2016」から、基幹系システムで20年以上使っている割合を想定し、2025年時点での該当するシステムの企業割合を算出。それらをあれこれ勘案して、レガシーシステムトラブルは、前述も4兆円の約3倍になると想定しています。
かなり酷い見積りのような気もします。こんな算出根拠の見積りを提示してきたら、思わず「書き直し」を指示しちゃいそうです。そもそも、いろいろな資料を参照するのは良いのですが、なんで全部掛け算するの? そもそも最後の3倍がわからん。DXでの経済損失を語る人、語っている人はこの根拠を真面目に信じているのでしょうか?というかこのDXレポートが作成されたタイミングで、ちゃんと根拠を精査したのでしょうか?
なぜ2025年なのか
次は期限の問題です。なぜ2025年に問題が発生するのでしょうか? なぜ1999年でもなく、2020年でもなく、2025年なんでしょうか?前段の引用には以下のように書かれています。
仮に、この状態のまま10年後の2025年を迎えると、21年以上稼働している企業の割合は60%
ということは、2016年の調査+10年後時点での予測で2025年時点でのレガシーシステム保存率を出しているような気がします。別に、2026年でも2030年でも構わないわけです。算出根拠の1つが2016年だから、です。
また私のコラム「第五夜 DXレポートで悩む管理者の夜」にも書きましたが、2025年は「SAPの2025年問題」が重なります。「SAP ERP6.0」の保守サポート期限が2025年であり、「SAP S/4HANA」に移行するなどの対応が必要となる問題です。「DXレポート」P28の図にも、黄枠で囲んだように以下の技術/サポートが終了することが書いてあります。
2020年 Win7サポート終了
2024年 固定電話網PSTN終了
2025年 SAP ERPサポート終了
「2025年」はSAP ERPのサポートだけの問題です。しかしその問題も既に一部解決されています。欧州SAP社はドイツ時間2020年2月4日、SAP ERPの保守期限を「2025年末から2027年末へ変更する」と発表したからです(*2)。2025年問題は2027年問題になったわけです。さらに、SAP製品のユーザー会であるジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)の調査によるとERPからS/4 HANAへの移行について「済み」「実施中」「検討中」のいずれかと回答した企業の割合は80%以上らしいです。
国際競争力と日本国内での損失って
ここまで、以下のキーワードについて語ってきました。
・DXを推進
・2025年
・最大12兆円
残りの「国際競争力」は発表後に、ウクライナ侵攻やら、コロナ禍による渡航の減少、ロックダウンやら(*3)で日々変わってきています。外部の競争相手が日々変化し、そもそも海外にそのまま工場を建てたり、労働力を確保したりするのは如何?という考え方もあります。
そして、「日本国内での損失」ですが、損失額の算定根拠がシステムダウンなので、国内での損失なのでしょう。でも、算出根拠の杜撰さは前述の通りです。
DXレポートの実態を直視できるか
「DXレポート」とか「2025年の崖」の実態について語ってきました。結局、2025年や損失額の根拠はアレでした。調べてみるものですね。やはりキーワードに踊らされずに、しっかり現物を確認することが大事です。そもそも、コロナ禍、そしてテレワークやリモートワークの普及とそれに反抗するオールドタイプによる揺れ戻し、AIやChatGPTなどの新技術などの影響を考慮していませんしね。
では良き眠りを(合掌)。
「私の夢は私の夢で終わらなければならないって誰が言ったの?」by Disney映画「リトル・マーメイド」のアリエル
-
- 商標について
本コラムに記載されている商品やサービスの名称は、関係各社の商標または商標登録です。文中では、(TM)や(R)を省略しているものもあります。
引用・参照について
本コラムで引用・参照した図表や文章については、明示して引用元・参照元を記載しております。
著作権・免責について
本コラムの著作権は、著作者に帰属します。本コラムは著者の主観に基づく情報の提供のみを目的としており、本コラムに記載された内容を用いた運用などは、読者の責任と判断においておこなってください。また、記載内容は、執筆時のものを使用しております。
- 商標について
*1 2014年って約10年前。あの「STAP細胞はあります」の理系女子(*4)の年です。さらにPS4が日本で発売されたり、「笑っていいとも」が終了したりしました。海外では、ウクライナ危機やらがありました。
*2 欧州SAPの発表では「S/4 HANA」のサポート期限を2040年まで、「SAP ERP(ECC6.0)」の標準的なサポートサービス「メインストリームメンテナンス」の提供期間を2025年末から2027年末へと変更する、としています。
*3 コロナ禍で渡航などは減少して、関連企業に打撃を与えましたが、2024年4月のJALグループの入社式には約2600人参加。ドジャース大谷翔平のサプライズメッセージなどで話題を集めました。ANAグループでは総勢2848名(含む客室乗務員416名)の新入社員が入社したらしいです。
連載一覧
筆者紹介
大手IT会社に所属するPM兼SE兼何でも屋。趣味で執筆も行う。
代表作は「空想プロジェクトマネジメント読本」(技術評論社、2005年)、「ニッポンエンジニア転職図鑑』(幻冬舎メディアコンサルティング、2009年)など。2019年発売した「IT業界の病理学」(技術評論社)は2019年11月にAmazonでカテゴリー別ランキング3部門1位、総合150位まで獲得した迷書。
コメント
投稿にはログインしてください