幸福度を向上させるサービスマネジメント ~ISO/IEC 20000-1:2018 の国際規格について~

第九回 サービスマネジメントの方針、組織・個人の役割と責任、権限を打ち出す重要な箇条5について

概要

これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。

今回はISO/IEC20000-1:2018のなかでも、サービスマネジメントの方針、組織・個人の役割と責任、権限を打ち出す重要な箇条5を中心に皆さんと確認してまいりましょう。

目次
1.箇条5 リーダーシップとは
2.トップマネジメントによる方針・サービスマネジメントの戦略・方針の策定

1.箇条5 リーダーシップとは

 ISO/IEC 20000-1:2018における「箇条5リーダーシップ」の目的は、ITサービスマネジメントシステムのトップマネジメントが戦略的に方向性を設定し、組織全体を正しく導くための指針・方針を示す重要な箇条です。トップマネジメントは“最高位で組織を指揮し、管理する個人または人々の集まり”と定義されています。ここでいう「リーダーシップ」は、組織全体で適切な方針、役割、責任、権限を定義し、それを全員に周知して活動につなげることで、サービスマネジメントシステムの円滑な運営が可能となります。そして、ステークホルダーのメンバーが自身の役割や責任を理解し、自律したSMSの活動を推進できる環境を整えることができるのです。これは幸福度を向上させるための手段であり、極めて重要なポイントなのです。ISO/IEC20000-1:2018の利点との接点も、図1にあるように、ITサービスの見える化やステークホルダーの関係性の可視化、さらには顧客のビジネスに貢献しているという説明責任の履行にも及ぶことになります。


図1. ISO/IEC20000-1の利点に観る方針と説明責任の関係

この箇条には以下の3つの条項から成り立っています。
5.1 リーダーシップ及びコミットメント
5.2 方針
5.3 組織の役割、責任及び権限
それぞれの箇条について、その主な要求事項と内容について確認していきましょう。

(1)箇条5.1リーダーシップ及びコミットメントとは
 箇条5.1では、トップマネジメントが、リーダーシップを発揮し、コミットメント=組織の内外に対してトップマネジメントが決意表明などの形で具体的に宣言します。
この箇条は、方針や目標の設定、サービスマネジメント方針の策定と理解、顧客を含む事業との結合、関係者の参画、そして継続的改善などが要求され、それらを網羅していることが必要です。

・箇条5.1.1の意図はなにか?
 箇条5.1.1では、サービスマネジメントシステムにおける最高責任者であるトップマネジメントがサービスマネジメントシステムに関与することが強く求められています。つまり限られた部下や特定の組織に任せる、あるいは丸投げするのではなく、組織全体として機能させなくてはなりません。また、役員クラスの方が何でもかんでもサービスマネジメントの施策に関与・実行するということにも限界が生じます。トップマネジメントの責任の下で、確実にサービスマネジメントが実行できる体制を整え、組織やメンバーに対する役割と責任の付与、適切な権限委譲により、真にサービスマネジメント活動としての有効性の発揮について注力しなければならないのです。
 さらにトップマネジメントの役割として重要なのが「説明責任」です。規格の要求事項に「説明責任を負う」という表現がありますが、サービスマネジメントシステムの有効性に関する説明責任には2つの側面があります。

①サービスマネジメントシステムの有効性に対して、トップマネジメントが最終的な責任を負っていることを説明できる

➁サービスマネジメントシステムの意図したとおりの結果・成果が、この規格の導入と施策の実行により得られていることを説明できる

これらを実証するために、トップマネジメントはサービスマネジメントシステムの運営により意図した成果が得られていることを常に確認しながら、必要に応じて、その成果について常に説明することが求められています。しかしながら、常に社長・役員クラスがいつでも説明できる状態を維持することは現実的ではないですし困難です。このため、組織的にサービスマネジメントシステムの事務局を組成して設置しておくなど、SMS推進のための組織を用意しておくとマネジメントシステム全体の円滑な運営が期待できます。これも役割の付与と権限移譲の世界です。但し、サービスマネジメント自体の活動は仕組みを構築することが目的ではなく、認証を受けることも目的ではありません。目的は顧客のビジネスを支え、ステークホルダーの皆さんの幸福度を向上させる“やりがい”のあり、常に社会に貢献できる取り組みとなる必要があります。この事務局については、専任体制で創る必要はなく、現場の活動と兼務させることで、サービスマネジメントシステムの活動をより身近に感じながら意図した成果につなげていく利点を有しています。

・箇条5.1.2の意図は顧客重視!
 箇条5.1.2では、トップマネジメントの顧客重視に関する役割を要求しています。顧客の要求や取り巻く法令規制の遵守など、トップとして常に気をつけていること、そしてリスク(活動に阻害として作用するもの)と機会(活動を肯定にとらえるもの)については、トップマネジメントが自らの言葉で宣誓することが望まれます。これによりモチベーションやエンゲージメントの向上が大いに期待できるからです。

(2)5.2 方針とは
 箇条5.2では、サービスマネジメント方針を確立し、伝達することが求められています。サービスマネジメント方針は組織が掲げる目標に向かって邁進するための指針となります。このサービスマネジメント方針は、文書化した情報として常に利用可能な状態として維持されるものでなければなりません。

・箇条5.2.1の意図はなにか?
 箇条5.2.1では、トップマネジメントが確立するサービスマネジメント方針について、組織として進むべき方向を示すことにあります。経営方針や経営戦略も該当しますので、これらを意識したサービスマネジメント方針を策定することが望まれます。

・箇条5.2.2の意図はなにか?
 箇条5.2.2では、策定したサービスマネジメント方針を組織の内外に伝達することです。この箇条に記されている「組織内に伝達され、理解され、適用される」とは、サービスマネジメント活動における顧客ビジネスへの貢献・価値の共創の指針となるサービスマネジメント方針を組織内の全員が理解し、各々の権限と責任範囲において確実に意識され、活動そのもののベクトルを統一する意図があります。そして「密接に関連するステークホルダーが入手可能」の意図とは、ステークホルダー全体、つまり組織外においても、サービスマネジメント方針を周知しておくことを意図しています。通常は企業のホームページへの掲載が一般的です。

(3)5.3 組織の役割、責任及び権限とは
 箇条5.3では、サービスマネジメント活動において、「誰が何をしなければならないか」、「何をして良いのか」を明確にするものです。この項目の要求事項はトップマネジメントに 対して、「組織の役割、責任、権限を明確にしなければならない」と求めています。
 サービスマネジメントシステムを適切に運営するためには、組織内の各自がその役割に応じて適切に行動することが不可欠です。そのためトップマネジメントは、各自がその役割において、「何をしなければならない」、「何をすることが許容されている」かを明確にして、それを周知・伝達して各自が確実に理解・実行できるようにすることが求められています。
 そして、この「責任」とは「義務」、「権限」とは「力や権利」であり、わかりやすく言い換えると、「責任」とは「やらなければならないこと」、「権限」とは「与えられた力や権利に基づいて、やってもいいこと」ということです。サービスマネジメントシステムを実施していく上で必要な役割、責任と権限を明確に割り当て、それを十分に理解させ、サービスマネジメント活動を実践することこそ、成功への近道なのです。

 

2.トップマネジメントによる方針・サービスマネジメントの戦略・方針の策定

 幸福度を向上させるサービスマネジメントの方針には、取り巻く環境や組織の強みと弱み、現状の立ち位置を正しく知ることが重要です。また、立ち位置の確認だけでなく、サービスマネジメントによる幸福度向上のためのアイデア抽出、重要なインプットになる手段として、お勧めしたいのがSWOT(スウォット)分析です。
 このフレームワークは同業者や業界動向、組織や個人の力量を分析して、自組織の強み・弱みを把握することで、自組織の強みである「コアコンピタンス」が可視化できるというものです。コアコンピタンスは、他には真似のできない自組織の強みのことですが、これにより組織や個人のパーパスとのつながりを意識することができます。


図2.SWOT分析を活用しよう

 さて、図2のとおりSWOT分析のSWOTは、それぞれ、「強み(Strength)」、「弱み(Weakness)」、「機会(Opportunity)」、「脅威(Threat)」の頭文字を表しています。
・強み(Strength):戦略の遂行にプラスとなるもの
・弱み(Weakness):戦略の遂行に阻害となるもの
・機会(Opportunity):業容拡大・新たなビジネスチャンスなど
・脅威(Threat):競争優位性の低下・規模縮小など
このSWOTの強み、弱み、機会、脅威の4つを組み合わせて分析することで、企業や組織にとっての戦略の策定や事業課題が可視化できます。この戦略はとても大切で、サービスマネジメントの基本方針や目的と直結するものとなります。
 さて、SWOT分析は、マトリクスを用いた分析手法であり、意味の異なる2つの軸をクロスさせて、2×2のマスの表を作成し、関連する情報を各マスの属性に合わせて並べていくというシンプルな分析手法です。
その軸は、「内部要因と外部要因」「強みと弱み」の観点でマトリクス化します。内部と外部の区別は、「自社がコントロール可能なものを内部」とし、「コントロールできないものを外部」とするのが一般的です。また、もう一つの軸である「強みと弱み」として、「プラスの要因(ポジティブ要因)」「マイナスの要因(ネガティブ要因)」と区分します。
 具体的には、図2にあるマトリクス図のとおり、外部要因は業界動向や技術革新、法令やルール、ステークホルダーといった企業や組織を取り巻く環境となります。内部要因は、自組織の経営力・財務体質、制度や体制、技術者、ロイヤリティといったところになります。そして、この内部要因と外部要因をプラス要素とマイナス要素で区別します。これらのインプットがとても大切で、より精緻な情報を積み上げるほどに自組織の強み・弱み・機会・脅威を包み隠さず可視化できるのです。4つの要素が絡む分析のため、複雑かつ難しそうなイメージを受けるかもしれませんが、インプットとなる情報がしっかりと揃えば、意外に強みや弱み、環境の整理が容易にできるのでお勧めです。
 さて、分析の第二段階です。サービスマネジメントの幸福度を考えるうえで重要なエンゲージにつながるアウトプットを得るための段階に入ります。


図3.クロスSWOT分析&ITIL®4つの側面

 図3のとおり、クロスSWOT分析とITIL®の4つの側面とのコラボです。自組織の強みと弱み、外部の機会と脅威を可視化しながら、より確実なサービス戦略に結び付くものとして探っていきましょう。ポイントは、SWOT分析で抽出した「内部環境と外部環境」の結果と4つの要素(S/W/O/T)をクロスに組み合わせ、ITIL®の4つの側面ごとに戦略目標としてマッピングしていく点です。
①強み × 機会
 『強み×機会』は、企業や組織の強みを最大に活かしながら、ビジネスチャンスにつながる機会を創るための施策や戦略を定義します。
②強み × 脅威
 企業や組織の強みを活かして、脅威による影響を回避する、あるいは機会としてチャンスにつなげていくための施策や戦略を定義します。
③弱み × 機会
 企業や組織の弱みを強みに変える施策を展開して、その先に機会としてチャンスに活かす方法を考えます。
④弱み × 脅威
 企業や組織の弱みを理解し、脅威による影響を回避するとともに撤退することも視野に考えます。

 これらの分析結果とITIL®の4つの側面ごとに展開されたサービスマネジメントの戦略目標は、顧客やメンバーを含むステークホルダーの幸福度の向上のための施策となるよう意識して進めることが成功のポイントです。この意識する際のポイントは、ステークホルダーごとにパーパスやミッションが異なる中で、最終的なサービスマネジメントから得られる意図した成果の価値は一致させておくことです。つまり社会への貢献そのものの内容は一致させておきたいということです。
 SWOT分析のまとめとして、私が考えるメリットとデメリットを示しておきます。まずメリットですが、現在の企業や組織の状況や立ち位置など、幅広に整理できることと分析内容の重複を防止することができます。特に内部環境を強みと弱み、外部環境を機会と脅威でカテゴライズできるので、企業や組織の状況を俯瞰的に把握できます。そして何より、提供しているビジネスサービスへの理解とその結果による社会的存在価値について関係者全員が深められることは、サービスマネジメントを運営する者としては大きなメリットとなります。一方、デメリットですが、弱みや脅威ばかりが目立ちすぎ、実際のビジネスを意識したサービス戦略目標にならない施策があふれてしまう恐れがあります。出来ていないことや悪いことのデータが集まりやすいのは組織の常です。やはりできていること、成功したことへの分析を常に行っている組織は問題ありませんが、不足点や改善点のみを追っている組織はネガティブ情報が目立ってしまいます。ただ、弱みや脅威は、そのことを知ることこそが有益な機会と捉えて、真摯に施策化につなげていけば、メリットに転じることになります。いずれにしても幸福度を高めるための目標を具体化する手段として活用が期待できるフレームワークです。

 これらを駆使しながら、ISO/IEC20000-1:2018の方針や活動に参加するステークホルダーの役割と責任、権限により、強みを伸ばしながら、弱みを強みに変えていく幸福度を向上させるためのサービスマネジメントシステムの指針が完成します。そして社内外に向けたコミットメントにより、その強い姿勢を示すことができるのです。

 次回は、箇条6の計画に入ります。リスクと機会にも触れながら説明を進めてまいります。

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筆者紹介

岸 正之(きし まさゆき)
SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。

【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/

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