概要
企業のシステム管理・システム企画部門のビジネスパーソンを読者対象に想定。特に、いわゆる「一人情シス」「兼任情シス」「立場が弱い情シス」にウエイトを置いた内容にします。日々の業務とDX戦略を結びつける「手がかり」の視点や、手が回らないITの経営戦略業務への関わり方など、いわゆる「情シス」と「経営」のインターフェース領域の話を中心にして記事に汎用性を持たせます。
IT資産管理とは、「保有するIT資産を把握し適切に管理すること。」と、文字にすると何てことない定義に見えます。
ところが企業の歴史が積み重なったり規模が大きくなったりするにつれ、IT資産管理の業務負荷が等比級数的に大きくなりがちなのが、昔から良くある課題でしょう。それに今日的な課題として、IT資産管理がシステム部門・経理部門・内部統制部門それぞれのニーズによって部門横断的な事柄になり、複雑さが混乱の一因になってきました。
これらは単純にIT資産管理ツールを導入すれば業務負荷が解決する問題でもないので、まずは全体感を整理しましょう。
登場するプレーヤーは目的が異なる3セクション
システム管理部門
OSやアプリの「ライセンス管理」や「バージョン管理」、メールアドレスや、ID、パスワードの管理、機器やアプリの保守契約など、システム運用する為に必要な情報を管理する視点です。ただ管理する対象がソフトウェアに寄っている傾向ゆえにハードの廃棄情報が経理部門に伝わらず、システム管理部門が持つIT資産台帳と経理部門が持つ減価償却資産台帳がアンマッチになることが珍しくありません。両者の情報を同一DBで管理するのが現実的に困難なこともあり、面倒なズレの修正には物凄く体力を消耗します。
そもそものIT資産管理の目的として、一昔前までは「コスト削減」や「生産性向上」がメインでした。今日でも左記の目的が昔より小さくなった訳ではありませんが、昨今では「セキュリティ」や「個人情報保護」のニーズでIT資産管理をせねばならぬと考えるシステム管理部門が急増しているように感じています。最近では、OSなどの脆弱性を突いたマルウェア攻撃により、日本の大手企業が被害を受けたというニュースが珍しくなくなりました。会社レベルでのOSやアプリのバージョン管理には、保有IT資産の把握が大前提です!
経理部門
減価償却資産の一つとしてIT資産を見ています。パソコンは4年償却、ソフトウェア資産は5年償却、ネットワーク機器等のハードウェアは6年償却、ワンセット20万円以上が対象で、10万円以上20万円未満の少額資産は3年償却です。基本はそう難しくありませんが、中小企業者の特例など税制は結構変わるので知識の定期的なアップデートが必要です。またキッティングやセットアップ費用の資産性の解釈などで、システム部門と経理部門で認識する金額に差が出ることもよくあります。
内部統制や社内監査
個人情報保護、PマークやISMSの取得更新、BCP対策、行政等への対応等々、内部統制関連の仕事は年々増えており、今日ではその大部分にシステムが関係してきます。
そもそも論として現業部門(営業や生産などの実務部門)が内部統制をやっては意味がありませんから、内部統制の専門部署を作るのがセオリーです。しかし内部統制の世界で正しいとされる論理がシステムの世界から見ると「???」なことが珍しくなく、また貴重なIT人材が内部統制部門に行くことも稀です。そんな背景もあって、内部統制部門がセキュリティアップデート等の話とベンダーの保守契約を混同しているなどの話を聞くこともあります。気持ちが分からなくもありませんが、情報や考え方のズレが生じたまま動いてしまい、後から軌道修正するのは非常に大きなエネルギーが必要になります。
リース契約の項目
IT資産管理台帳を昔からエクセル等で管理している会社だと、「買取」or「リース」or「再リース」の入力項目があるかもしれません。これは機器入替の稟議書を通すとき、リース期間や減価償却期間が終わっていないタイミングだと決裁難易度が跳ね上がる会社も珍しくないですから、先人の知恵を感じさせられるエクセル表です。
余談ですが、以前はリースにて電算機器を調達すると「オフバランス処理」と言われる会計上のメリットが存在したので、金利相当分が多少高くても盛んにリースが利用されました。ところが2008年以降は、「オペレーティングリース(一般的には残価設定されるリースだと思っても的外れではない)」以外のリース取引の会計処理は実質的に買取と同じ扱いになり、リースにて電算機器を調達する会計的メリットは消滅しています。
電話と複合機を管理する総務
FAX番号の記載がない名刺も近頃では普通になってきました。また以前からのペーパーレス化に加えてコロナ時代にリモートワーク環境が進んだこともあり、日本中で複合機やプリンターのマーケットは縮小し続けています。最近は「ワンフロアに複合機1台」とか、「社内LANに繋がっている複合機は1台だけ」という事務所も多く見るようになりました。
企業の固定電話は、社内にPBXを置いてビジネスフォンにする運用がアナログ回線の頃から多数派でした。今日ではインターネット回線を使って音声を圧縮変換したパケットでやり取りするIP-PBXや、そもそも物理的なPBXを使わないクラウドPBXへの移行が進んでいます。また「音声情報のテキスト化」技術が急激に進歩したことも、音声情報も業務システムに組み込む流行の背景でしょう。
旧来の複合機や電話が、今日的には社内LANの上で運用されるIT機器の一つになってくると、IT資産台帳の対象外にするのも不自然です。ただ多くの会社でシステム管理部門は慢性的に人手不足ですから、総務部の所轄のまま変えたく無いのも分からなくはありません。結果として、所轄部署は総務のまま、実務的運用はベンダーや代理店に丸投げしていたり、職務分掌の対象外でシス管がやっていたりするケースが出てきます。この手の話は、業務量調査をくぐり抜けてしまい業務の可視化に逆行する所も厄介です。
まとめ
IT資産管理は面倒です。特に「複数の目的」と「広く浅く存在する関係部署」が業務効率化での天敵ですから、IT資産管理は構造的に会社ごとの事情で差が出やすいタスクです。「IT資産管理の外注」や「IT資産管理システムの導入」の資料を見て「??」と感じる感覚も、背景としては上記のマネジメント部分に由来するのでしょう。
ただ上記の話の多くは、経営ガバナンスやバックオフィス部門が割としっかりしているゆえに出てくる課題とも言えます。本当に深刻なのは大多数の中小企業です。「自社は中小企業なのでIT資産管理なんて関係ない」というスタンスの会社は非常に多く感じます。メリット・デメリットが経営者にとっては分かり難いのも、テーマとして無視される一因かもしれません。
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筆者紹介
1967年生まれ
大学卒業後、1995年に株式会社ジャックスに入社。バブル崩壊~金融再編の激動期を、上場ノンバンクの経理財務本部にて勤務する。投資家、経営コンサル、債権管理回収会社(サービサー)の運営を経て、2022年8月に経営コンサルティング会社「松濤bizパートナーズ合同会社」を設立、代表に就任。
数多くの企業の破綻再生事例を背景に、経営のヒントと実務ノウハウを伝授する。システムなどバックオフィス部門の経営や、営業などのプロフィット部門からの孤立化(サイロ化)を修正することを含め、財務諸表や事業計画を再構築し、生産性の向上を図る。
趣味は砥石を使って包丁を研ぐこと。過熱水蒸気調理は面倒なので使わない派。
著書に「小さな会社の経営企画」
https://amzn.asia/d/aT558Vf
松濤bizパートナーズ合同会社
https://partners.shoutou.me/
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