概要
これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。
今回は幸福度を向上させるサービスマネジメントシステム=ISO/IEC20000-1:2018の「箇条6 計画」について、その内容を確認していきましょう。まずは図1.ITサービスマネジメントシステム規格の全体イメージをご覧ください。箇条6は、表上の番号3.計画のフェーズにあたります。阻害するリスクの特定と対策、そして目的達成のためのマネジメントシステムの計画を立案していく重要な部分となります。
幸福度を向上させるサービスマネジメントシステム=ISO/IEC20000では、顧客に安定かつ適正なコストでご利用していただくサービスの提供には必ずそれを阻害するリスクが存在すると定めています。このためサービスマネジメントシステム自体、あるいは顧客や利用者へのサービスが破綻せぬよう、リスクと機会に対する取り組みが重要視されており、これらの取り組みによりサービスの安定性、信頼性、および継続的な改善が促進されるとしています。
箇条6の主な章立て構成は、以下のとおりです。
この箇条6の計画は、ISO/IEC 20000規格で、サービスマネジメントシステムの計画など、重要な局面で出現するだけに慎重かつ大胆に進めなければなりません。サービスマネジメントシステムの規格では「組織の状況」と「利害関係者」に対して、十分な考慮を求めており、顧客に対するリスクと機会(サービスマネジメントシステムに関する肯定的な活動など)を特定し、どのように計画で取り扱うかについて要求されています。適用に関する一例として、サービスマネジメントの計画は、箇条6の要求事項に従い「ITサービスマネジメント年度計画書」として作成し、箇条8.運用の要求事項に従ってサービスマネジメントシステムの運用が活動として推進されます。そして箇条9のパフォーマンス評価の要求事項に従い、サービスマネジメントシステムのパフォーマンスやマネジメントシステム自体の有効性を評価して、箇条10.改善の要求事項に従って、マネジメントシステム全体、あるいは個別のプロセスの改善を図ります。また、関係者の必要な能力にはスキルチェックとスキルに対するスキルアップの取り組み、能力開発施策と連動した力量の継続的にレベルアップ改善を繰り返していきます。それらのプロセスはサービスマネジメントシステムの運営要領的なもので文書化しておきましょう。そうすると全メンバーへの周知も容易になり活動が円滑に進みます。これらのことから幸福度を向上させるためのサービスマネジメントシステムにおいて、重要な位置づけの箇条と言うことができます。そして、この箇条6.1リスク及び機会には、「意図した成果」という表現が出てきます。この「意図した成果」については、⽤語及び定義にはありませんが、サービスマネジメント活動の中ではよく使う表現です。この意図した成果を紐解く部分として、サービスマネジメント規格の中の「⼒量」の定義に、「意図した成果を達成するために、知識及び技能を適⽤する能⼒」とあります。このことから「意図した成果」とは「具体的かつ明確な⽬標あるいは⽬的」と捉えることができます。目標あるいは目的・・・私たちの活動や行動には、無くてはならないものですよね。
6.1 リスク及び機会への取組み
ここでさらに大切な要求事項であるリスク及び機会への取り組みにフォーカスしてみましょう。
リスクへの対応は簡単に言ってしまうと以下のとおりです。
[リスクへの対応]
まずはリスクアセスメントです。リスクを特定して、そのリスクが顕在化した際に、どのくらいのビジネスインパクト
が発生するか、その対応策の立案を含めて評価まで実施します。
①リスクの特定:提供するサービスを脅かすリスクとは何か?何から何を守るのか
➁リスクの分析:その脅威はどのくらいのレベルなのか?どう守るのがよいのか
③リスクの評価:ビジネスの被害損失と許容のバランスは経営目線でどのように判断するか
そしてリスクへの対応です。4つのフェーズに分類されます。
・受容:被害が発生しても対策を講じるまでもなく許容できるものです。
・回避:そのリスクの破棄、撤退等の行為しを行いながらリスクを抹消します。
・移転:リスクを別の組織体に移転し、影響を分散させる行為です。(保険・アウトソーシング)
・低減:リスク発生の損失を最小限に抑えるための一連の活動です。知恵・知見の見せ所です。
このリスクの低減こそ、幸福度を向上させるためのサービスマネジメントシステム活動の真骨頂です。まさに顧客や利用者に向けたサービスの安定化に資する活動ですし、ステークホルダーの皆さんも余計なインシデント・問題管理対応に手を煩わすことなく、業務に集中できるなど、サービスマネジメントによる幸せな日常、穏やかな日々、そして社会への貢献への価値を見出すことができるのです。
さらに、この箇条6の計画に対する要求事項を幅広に見ていくと、管理すべきリスクの他にも機会を特定する事が求められています。つまり「組織の状況の理解」と「ステークホルダーが有する特性やリスク」を考慮しながら、サービスマネジメントシステムに肯定的な活動・成果をもたらす“機会”も特定して積極的に取り入れていくというものです。これらの活動は、リスク及び機会への取り組みのプロセス=具体的な活動・ルール・手順として、「サービスマネジメントシステムに関する運営要領的な文書にしておきましょう。
この具体的な一連の活動として、顧客から示されたニーズや要請、そして要求事項に対して、サービス品質、サービス可用性やサービス継続性及び情報セキュリティを含めたサービスの提供に関する方策やレベル(こうでなければならないという尺度)の達成を阻害する可能性のあるリスクを特定し、影響を分析するのですが、大切なのは事前に定めておくリスクの評価値です。このリスクの評価値は参考事例として、リスク評価=影響度×発生頻度でそれぞれ3段階の掛け合わせ)とリスク受容基準(リスク評価値による対応優先順位付け:受容・軽減・移転・回避のガイドラインを定義)と比較し、ガイドラインに沿ったリスク対策に取り組むことが最善です。このためのリスクアセスメントは原則として年一回以上の頻度で実施します。また、大きな組織変更や外部供給者の変更などは適宜実施するなど、確実に履行することが求められています。これも事例となりますが、このリスクアセスメントは目的・目標を明確にしたうえで実施すべきです。この目標にはサービスレベル目標が重要ですが、サービスマネジメントシステム自体のKGI/KPIの指標類も用意すべき指標です。KGI(Key Goal Indicator)とは重要目標達成指標のことで、最終的なサービスレベル目標や予算達成率などが該当します。一方でKPI(Key Performance Indicator)は重要業績評価指標のことで、KGIを達成するための中間指標となり、インシデントの対応能力や変更管理の成功率、サービスのパフォーマンスに関する指標など、多岐にわたります。特定・評価されたリスクは、そのリスク対応計画も含めて文書化します。その際に誰がそのリスク対応を主導・実践していくのか、その最終責任は誰が負うのか、など、きっちりと定めて、優先度を考慮のうえで実行され、その進捗を適切に管理することが必要です。
次に“機会”についてお話しします。機会とは、“opportunity”でチャンスや機運となりますが、この規格ではリスクと相対する関係で、肯定的な活動の側面を持ち合わせています。つまり、サービスマネジメントシステムの目標やKGI・KPIを容易に達成に導くための一連の肯定的な活動と定義し、事業計画に反映して、トップマネジメントの承認を得て積極的に実行することが望ましいものです。機会については明確に定義がされていませんが、サービス提供に用いるプロダクト・資機材の新たな技術革新、性能の向上、製品障害の発生間隔の減少、最適化されたサービスマネジメントシステムのルールや手順の開発、参加するメンバーの力量に貢献する人材育成・能力開発の取り組みなど、それぞれが相互に作用し、サービスマネジメント活動にとって良い方向へ向かっていく事業影響のことを指しています。各種の勉強会や事業会社(顧客)のビジネスノウハウの獲得、業務の特性に応じた品質管理ミーティングなど、草の根的な活動の積み重ねが幸福度の向上にもつながっているのです。これらも「サービスマネジメント目標に関する書式として文書化しておくことが必要です。それは最終的にサービスマネジメントシステムが幸福度の向上に寄与していることを証明する有効性評価の際に必要になるからです。
6.2 サービスマネジメントの⽬的及びそれを達成するための計画策定
次にサービスマネジメントの目的及びそれを達成するための計画策定をどうするかについて説明します。この箇条としての要求事項として、サービスマネジメントの目的は、戦略的(組織レベルなど)、戦術的(プロセスレベルなど)、そして運用的(活動レベルなど)に大別されています。このサービスマネジメントシステムの計画を立案する際に、絶対に誤らないでほしいのは、企業や組織の事業計画と連動させることです。いや事業計画そのものと良いでしょう。よく誤解する方がいるのは、事業計画とは別にサービスマネジメントシステムの計画を立案し、2軸で活動に入るパターンです。これでは2つの事業活動となってしまい、無駄な労力や時間を費やし、最終的な有効性の評価基準そのものもダブルスタンダードとなり、企業や組織における現場の活動が混乱してしまいます。すでにご理解いただいたようにサービスマネジメントシステムは、個別の活動計画・スケジュールを編成するわけではありません。サービスマネジメントシステムの計画とは、企業や組織の事業計画そのものと考えてください。
では、図2.サービスマネジメントスケジュールの例によって、マネジメントシステムのスケジュールを確認していきましょう。
ご覧いただくと、大きく2つの流れに大別されていることに気づかれると思います。
①マネジメントシステム固有のプロセス群
主な活動:顧客のニーズや要請事項の把握、顧客満足度調査の実施など、利用者や顧客の満足度の把握、
ステークホルダーの要請事項や期待などを含めた組織体制の確立と年度計画の立案と周知。
人事諸制度と連動した個人業績目標・行動目標・人材育成計画の立案と実施、評価。
事業計画の中間総括、下期に向けた見直し、年度総括と次年度計画への申し送り。など。
➁顧客への価値を提供するためのサービスマネジメント活動群
主な活動:サービス稼働提供・品質向上・コスト適正化・継続的改善など、サービスマネジメント全般の活動
顧客接点の活動:顧客とのコミュニケーション機会 サービスレポート等
サービスマネジメント・リスク管理/SLO・KGI・KPIに関連する活動
サービスマネジメントシステムの情宣活動:活動そのものをNEWSとして定期発行
事業継続性管理(訓練計画の立案、訓練実施・評価・是正、総括)
これらの活動は事業活動そのものであり、人事制度とも連動したサービスマネジメントシステムとして構築することで、企業や組織の活動と整合させ、違和感なく活動を推進できることになります。この点はマネジメントシステムを構築・運営するための重要なポイントです。
サービスマネジメントシステム=ISO/IEC20000は国際規格です。規格を導入したならば、その規格に適合性しているか。そしてその導入した規格が有効に機能しているか。幸福度の向上を実現するためのサービスマネジメント活動の目的は、顧客の価値を最大化し、ビジネスの成功を図りながら社会に貢献するというものと、サービスの提供に関与するメンバーのやりがいや本質的な仕事の意義の理解、社会への貢献を実感することによるエンゲージメントの向上との両輪の活動です。これはサービスマネジメントシステムのステークホルダー全体の幸福度を向上させるためには、ISO/IEC20000国際規格に適合したうえで、有益な活動成果につなげていくための聖域なき事業活動なのです。
6.3 サービスマネジメントシステムの計画
ここで今回のラストメッセージとして、事業計画と連動するサービスマネジメントシステムを円滑に進め、成果を得るための7つの重要かつ基本的な活動のポイントを示しますので参考にしてください。
1.明確な目標を設定する
釈迦に説法的な部分ですが、事業計画の最初のステップとして、達成したい目標を明確な形で設定することが重要です。目標は具体的かつ測定可能であり、それこそ達成可能なものであるべきです。目標を明確にすることで、進捗を評価しやすくなり、関係者全員の方向性も統一されます。
2. 実行可能な戦略を策定する
計画を進めるための具体的な戦略とアクションプランを策定します。事業活動にはリソース(人材、プロダクト、プロセス、資金、時間)が必要であり、図2のような実現可能なステップ(矢羽根)に分けて行動計画を立てます。事業年度と合わせて活動することが最善と考えますので、一年というレンジが多いと思います。期の途中で変化は付きものです。計画には柔軟性を持たせ、予期せぬ問題や要請にも対応できるようにします。
3. リソースを最適化する
事業は生き物であり、これを進めるために必要なリソース(人材、プロダクト、プロセス、資金、時間)の確保と最適化を図ります。適切な人材を配置し、無駄なくリソースを活用することが、成果を得るためには欠かせません。理想的ですが、事業の内容によっては、必要に応じて外部の専門家やパートナーとの協力も最適解につながる可能性も十分にあり得ます。
4.進捗のモニタリングとフィードバックを実施する
定期的に進捗をチェックし、目標達成に向けた進行状況を評価します。問題が発生した場合には、早期に対策を講じ、必要に応じて計画を修正します。また、定期的なフィードバックを行い、ステークホルダー間の情報共有も行いながら、組織全体の意識とモチベーションを高めるようにします。
5. リスクには柔軟に対応する
事業計画には必ずリスクが存在します。リスクを事前に洗い出し、優先順位をつけて対策を講じることが必要です。問題が発生した場合に迅速に対応できるよう、計画に柔軟性を持たせておくことが重要です。
6.効果的なコミュニケーションを率先する
関係者やチームメンバーとの円滑なコミュニケーションを確保することで、事業計画の進行が円滑に進みます。定期的なミーティングや情報の共有を行い、有意義な意見交換を行うことも成果を得るための大きな要素です。
7.適切な評価と改善を怠らない
計画が終了した後、成果を評価し、良かった点や改善すべき点を必ず振り返ります。これは総括的な活動です。評価は客観的なデータや実績に基づいて行い、次回の計画に生かすフィードバックを実施することが必要です。
こうして幸福度を向上させるサービスマネジメントシステムのPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを確実に回すことができて、持続的な成果につなげることができます。
次回は箇条7のサービスマネジメントシステムの支援について、皆さんと考えていきましょう。
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筆者紹介
SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。
【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/
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