概要
現代社会はITなしでは語れません。日本においてはソフトウェア開発分野でのIT人材不足が早くから膾炙されていました。問題を解決するために他国の人材に期待を寄せており、現在ではベトナムが注目されています。ベトナムにおけるIT事情は日本のそれをはるかに超えている面もあります。現地での生活環境、オフショア開発需要、文化・国民性の違いや商習慣の違いからくるITへの取り組みの違いをコラムにしていきます。
第4回 モバイル技術とともに成長する国
我々の生活を大きく変えたITのひとつに携帯電話を含むモバイル関連技術があります。モバイル関連技術というのは、誤解を恐れずに一言で言うと、通信技術のIT化といえると思います。ここで通信技術というのは、遠隔地にいる人に対して何らかの情報を伝達するための方法を指しています。
通信技術の歴史をざっくりと振り返ってみます。
古代では狼煙や太鼓を使った方法がありました。狼煙は想像以上に効果的な方法で、中継地点を増やすことで伝達距離を延ばすことができますし、色や本数によって簡単なメッセージを伝えることができました。狼煙の有効性を実験した人がいるらしく、その情報伝達速度は時速140Kmとも160Kmともいわれているそうです。現代でも信号弾等の形で利用されています。
時代はぐっと下がって18世紀~19世紀ごろには、腕木信号や手旗信号というものも利用されていました。今では一部の分野でしか見ることのできない通信方法です。
19世紀に入ってからは電気を利用した通信方法が発明されます。モールス信号を使ったものや、テレビがそれにあたります。また電話による音声通話も19世紀後半に生まれています。
20世紀半ばにコンピューターが実用化され、インターネットの普及が始まりました。
1980年に入り携帯電話サービスが登場します。ただし、誰もが気軽に使えるようなものではありませんでした。
1990年に入りようやく、現在われわれが使っているような携帯電話が現れました。携帯電話は一気に普及しスマートフォンへと進化しました。
簡単に歴史を振り返りました。この中で、1990年代の携帯電話の普及が我々の生活を根本的に変えてしまったターニングポイントと言えるかと思います。ここで初めて個人レベルでの真の相互コミュニケーションが実現されたからです。携帯電話の普及によって、行動範囲や生活様式が大きく変わりました。
今では当たり前の事となっている、携帯電話を使ったシチュエーション、「今からXXで飲みませんか?」というのは普及前ではかなり難しいことでした。まず本人の参加意思を確認する手段がありませんでした。電話をかけるにしても、本人が在宅かどうかは電話をかけてみないとわからないので、在宅していそうな時間を見計らって数日前から連絡を取り始める必要がありました。また交通事情等で待ち合わせに遅れるということもありましたので、時間に遅れている人に対してメッセージを残す目的で主要な駅には伝言板がありました。昔のアニメにも登場するやつです。
またグループで遊びに行ったシチュエーションで、うっかりはぐれでもしようものなら、もう終了です。別行動をとるときはあらかじめ待ち合わせ場所を決めてからということになります。場所を決めたら出会うまでもうそこから移動することはできません。
いずれも一人一台携帯電話を持っている現在では「今どこ?」「今から行く」ですむ話です。
普及前、普及後の違いを一言で言うならば、普及前は時間や場所に束縛された状態。普及後はそれら束縛から解放された状態となります。
普及前では、他者とコミュニケーションをとるためには事前の計画、および計画通りの行動が必要であり、あらかじめ準備された場所に集まる必要がありました。
普及後には計画は状況に応じて自由に変更することができ、場所もその場に応じて自由に選択することができるようになりました。例えば目的のお店が満員だったらすぐ他の場所に変更できますよね。
現在30歳前半の方は普及前の生活がどのようだったか想像ができないのではないでしょうか。人対人のコミュニケーションという点においては、普及前を経験してきた世代と、それを知らない世代の間では、意識こそしていないものの大きなギャップが存在していると思われます。このギャップが生活様式に大きな影響を与えていると考えられます。想像してみてください。現代に生きる我々は、狼煙で遠隔地とコミュニケーションをとっていた時代の人々が、コミュニケーションというものをどういう形で捉えていたのかは想像することができません。
もちろん普及前の世代でも普及後の世界観に追い付いている方々もいらっしゃるとは思いますが、今の日本では普及前の時代を過ごしてきた人たちが普及前の考えで社会のIT化を考え、それに対して権限を持っている状態にあります。この先いずれ普及後の世代がその役割を担うことになります。その時には違った角度からIT化に取り組んでいることでしょう。
ベトナムは若い国です。ベトナム戦争の終結が1975年です。冒頭での通信技術の歴史で言うと、コンピューターの普及と時代を同じくして復興が始まった国です。固定電話は存在するには存在しているのですが、固定電話の呼び出し音は今まで聞いたことがありません。誇張していうならば、その始まりから携帯電話が存在していた国です。携帯電話の基地局の整備の方が固定電話網の整備より進んでいます。おそらく固定電話網はこれ以上広がらないのではないかと想像しています。
このことが一因だと思うのですが、私の感覚からすると、社会インフラの成熟度に比べて、モバイル関連のインフラは日本より格段に進んでいます。そのためインフラとサービスのギャップを感じることがよくあります。
以前のコラムでも紹介しましたが、こちらではモバイル決済がかなり進んでいます。私の住んでいる近くには「洗濯屋」さん(クリーニング店ではありません)が5件ほどあります。通常の住宅の一階で洗濯物を預かり、そこで洗濯をするという商売です。このような業態が存在しているということは、一部の地域では洗濯機の普及があまり進んでいないことがわかります。そういう状況であるにもかかわらず、ここでもモバイル決済使用可です。
また、こちらでは宅配も一般的になっています。やはりインフラとサービスの間には翁ギャップが存在しています。宅配人は人が集まる場所で荷物を広げ、受取人が受け取りに来るのを待つスタイルです。荷物の集配は、収集依頼から決済までスマホで完結しています。配達人が直接バイクで荷物を取りに来てくれます。
日本でのインフラ整備は常に時代の当事者として歴史とともに進んできています。一方ベトナムは歴史をショートカットした国です。これまでの話に例えるならば携帯電話普及後の世代の国だと言えます。この先も私の想像を超えた発想でIT化が進んでいくことでしょう。
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筆者紹介
1966年生まれ。ティンヴァンソフトウェア所属。1990年松下電器(現パナソニック)の研究所に入社。通信関係の組込み開発者として業務に従事。3G/4G通信システムの研究開発を行う。2010年にパナソニックR&Dセンターベトナムの責任者として4年間ベトナムに駐在。帰国後FPTのマネージャーを経て現在に至る。入社当時は開発の傍ら、ルーティングテーブルを手動で設定しUUCPやsendmail.cfをゴリゴリ書いて外界と接続するというネットワーク管理の仕事を経験。また有志によってテープカートリッジで郵送回覧されるフリーソフトのインストールやアップデート等システム管理的な業務も経験。当時とは比較にならないほど複雑化したシステムのメンテナンスを行っているシステム管理者には頭が下がります。
所属会社はハノイに本社を置くソフトウェア開発会社。日本関係のソフトウェア開発を実施する事業部を設立し、リソース提供、ソリューション提供を実施中。
現在はベトナムのハノイに駐在中。特に趣味もないため週末は自宅でYoutubeやNetflixを鑑賞しています。
【会社URL】
https://tso.vn/ja
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