ITのお国事情~ITはどこから来てどこに向かうのか~

第6回 ITの今後の歩み【最終回】

概要

現代社会はITなしでは語れません。日本においてはソフトウェア開発分野でのIT人材不足が早くから膾炙されていました。問題を解決するために他国の人材に期待を寄せており、現在ではベトナムが注目されています。ベトナムにおけるIT事情は日本のそれをはるかに超えている面もあります。現地での生活環境、オフショア開発需要、文化・国民性の違いや商習慣の違いからくるITへの取り組みの違いをコラムにしていきます。

第6回 ITの今後の歩み【最終回】

 このコラムもいよいよ最終回となりました。これまでどのようなことをコラムにしてきたかを振り返ってみます。
 第一回のコラムでは、日本においてよく聞かれるIT化というのは実はグローバル視点で見るとその適用領域が異なっているのではないかということを話しました。
 第二回では、IT化というのは「仕事を楽にこなしたい」という原動力は同じでも、何を楽にしたいかは国によって異なっていること。そもそもIT化によって改善したいと考える対象が違っているということをベトナムでの実例を挙げて説明しました。
 第三回になると、マニュアルとITとの親和性について思うところを述べ、マニュアル文化が根付いている日本は実はとてもIT化に向いているのでないかということをコラムにしました。
 第四回においては、通信の歴史について簡単におさらいしたうえで、技術の発展ステージを仮置きしました。発展ステージのどの段階から参加したかは国によって異なっており、その歴史的背景が現実世界のITサービスに反映されているかもしれないという持論を展開しました。
 第五回ではベトナムでのキャッシュレス決済を例に挙げ、現実世界のITサービスが人々の意識や生活を変貌させてしまう可能性について言及しました。

 これまでの連載で、ITという概念自体は世界共通かもしれませんが、その実装においては様々な形が存在しているということを、ベトナムと日本の例とを比較することで明らかにすることができたかなと思います。
 適切な例えになっているかかどうかわかりませんが、「IT」というのは「花」という単語に似ているかもしれません。「花」という単語は万人の共通概念として存在していると思いますが、この単語を聞いて思い浮かべるものは人それぞれだと思います。人によっては「黄色」を思い浮かべる人もいるでしょうし、「いい匂い」という感覚が想起される人もいるでしょう。ずばり「ラフレシア」が頭に浮かぶ人もいるでしょう。それでも「花」は「花」です。同様に「IT」という単語を聞いて、SF映画の一場面を思い浮かべる人もいるでしょうし、単にふわふわとしたイメージを持つ人もいるでしょう。一方で具体的な製品名を思い浮かべる人もいるかもしれません。
 でも言葉の力というのはつくづく偉大だなと思います。各人の頭に浮かぶものはそれぞれ違うのに、それを抽象化して名前をつける(今の場合はIT)ことによって、頭では違うものを思い浮かべながら、それでも同じ土俵で議論をすることができるのですから。

 話がそれてしまいました。
 さて、本連載のタイトルは「ITはどこから来てどこに向かうのか」となっています。そろそろ回収する時が来ました。

 ITはどこから来たのでしょうか。この答えは簡単です。すべての始まりはコンピュータの発明です。このコンピュータという道具を使って「楽をしたい」という我々の欲求がITの進化の原動力です。
 それではこの先どこへ向かっていくのでしょうか。これは難しい問題です。ITはこれからも進化していくことは間違いありません。進化論のアナロジーを借りたいと思います。
 ここで眼の進化について考えてみます。市井では進化論に懐疑的な方が一定数います。何もないところから眼のような精巧なものができるはずがないという思いが、彼らが進化論を懐疑的に見てしまう理由の一つになります。ところが一見したところ進化論では説明の難しそうな眼の発生は、研究者の間では進化論の正しさを裏付ける証拠の一つだと考えられています。
 魚の眼、昆虫の眼、人間の眼、眼というのは相似器官です。ほぼすべての動物はモノを見るための眼を持っていますが、それら動物は眼を作り出すためにそれぞれ違った進化の過程を歩んできています。眼を構成するための原材料はどの生物でも同じですが、50回以上個別に進化してきたと現在では考えられています。例えばイカの眼は皮膚由来の器官ですし、哺乳類の眼は脳由来の器官です。また古代に生息していた三葉虫の眼にいたっては方解石でできたレンズから構成されています。そうでありながら最終的に果たしている機能はほぼ同一です。モノを見るという一点につきます。
 進化というのは、何かの目的があってその目的に向かって変化していくものではなく、何らかの変化の結果必要な機能を提供するようになったというのが本質です。
 ITの今後についても同じようなことが言えると思います。「楽に仕事をしたい」「便利な世の中にしたい」「もっと儲けたい(これが一番の理由かもしれません)」という原動力からITは始まりました。何か目的があってITが発明されたわけではありません。それぞれの個人・企業がそれぞれの思惑で試行錯誤していく過程に伴ってITも発展していくという流れは間違いなく今後も続くでしょう。その行き着く先が眼になるのか、脳になるのかは現時点では想像することはできません。
 眼が生物の中で50回以上も進化してきたように、それぞれの国・文化圏でITはそれぞれ個別に発展を続けていくことでしょう。どの道を通ったとしても最終的には同じような影響を社会に及ぼすものになっていくでしょう。しかしながらその道筋はそれぞれの国で違ったものになることは間違いないことだと思います。日本でのやり方がベトナムで通用するとは限らず、またベトナムのやり方が日本で成功することは難しいと思います。現実社会では同じようなサービスに見えるけれど互換性があるとは限らないのです。
 この未来は決して否定的なことではなく、むしろお互いが見逃していた観点を認識するチャンスとなり、良いとこ取りをしながら発展していくことが可能だということを示しています。
 またITは現在流行りのAIやWeb3、ちょっと下火にはなりましたがメタバースとも親和性が非常に高く将来的には統合されることでしょう。将来どのような世界になるのか楽しみです。攻殻機動隊の世界はまだまだ先になりそうですが。

 

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筆者紹介

安部聡(あべさとし)
1966年生まれ。ティンヴァンソフトウェア所属。1990年松下電器(現パナソニック)の研究所に入社。通信関係の組込み開発者として業務に従事。3G/4G通信システムの研究開発を行う。2010年にパナソニックR&Dセンターベトナムの責任者として4年間ベトナムに駐在。帰国後FPTのマネージャーを経て現在に至る。入社当時は開発の傍ら、ルーティングテーブルを手動で設定しUUCPやsendmail.cfをゴリゴリ書いて外界と接続するというネットワーク管理の仕事を経験。また有志によってテープカートリッジで郵送回覧されるフリーソフトのインストールやアップデート等システム管理的な業務も経験。当時とは比較にならないほど複雑化したシステムのメンテナンスを行っているシステム管理者には頭が下がります。
所属会社はハノイに本社を置くソフトウェア開発会社。日本関係のソフトウェア開発を実施する事業部を設立し、リソース提供、ソリューション提供を実施中。
現在はベトナムのハノイに駐在中。特に趣味もないため週末は自宅でYoutubeやNetflixを鑑賞しています。

【会社URL】
https://tso.vn/ja

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