概要
これまで一年半にわたり、「玄マンダラ」をお読みいただき感謝申し上げます。 平成21年7月から、装いを改め、「新・玄マンダラ」として、新しい玄マンダラをお届けすることになりました。 ITの世界に捕らわれず、日々に起きている事件や、問題や、話題の中から、小生なりの「気づき」を、随筆風のコラムにしてお届けします。 執筆の視点は、従来の玄マンダラの発想を継承し、現在及び将来、経営者として、リーダーとして、心がけて欲しい「発見」を綴ってみたいと思います。 引き続き、お付き合いを御願いします。 職場で、あるいは、ご家庭での話題の一つとしてお読みください。
上野の森は文化の森である。様々な美術展が開催される。我が家から上野は近い、散歩気分でいつでも出かけることが出来る。昨年末、東京国立博物館では皇室の宝物展が開催され、大変な賑わいをみせていた。とりわけ、皇室が保管する伊藤若仲の動植彩画は圧巻である。そんな多くの上野の森のイベントの中の一つが、この「聖地チベット展」である。 まだ青蔵鉄道が開通していない、5年前にラサを訪れた。今回展示品がでている著名なチベット密教の寺院のいくつかを拝観することが出来た。その中から、ポタラ宮の宝物など国宝級の作品が展示されるという話で強い関心をもって見学した。展示作品は、123件に及び、うち、一級文物(日本の国宝に相当)は36件が展示されていた。およそ3ヶ月の展示会であり、一ケ月でおよそ5万人が見学に訪れているという。我が家は、家族で上野の森を散歩がてら足を向けた。上野の森は冬の穏やかな陽射しがさしていた。
上野の森、美術館のハシゴをする
この日は美術館のハシゴとなった。午前中は、息子の希望で、西洋美術館で開催されている、「古代ローマ展」をみた。ローマもかつて息子と訪れた土地であり、遺跡ポンペイの展示は印象が強かったのであろう。現地体験をしていると、美術展などへの関心もまたひときわ強まるものである。いつも遺跡の跡に立つと、往時はきっとこんなであろうなと想像を逞しくするものであるが、最近の展示の特徴として高度なグラフィック技術を駆使して往時を再現できることである。どこまで真実であるかは判断のしようがないが、再現された映像の威力はやはり凄い。遺跡と往時の姿が完全にダブり、強く印象に残る。西洋美術館にくるときはいつも立ち寄るレストラン「睡蓮」で、まだ緑が残る美しい中庭をみながら、のんびりとランチとお茶をする。
そして、午後から上野の森美術館に足を向ける。葉の落ちた銀杏の並木を抜けると左手に上野の森美術館が見える。行列もなく、即時に入館できる。それぞれにイヤホーンガイドを借りて、自分のペースで、およそ、1時間半のチベット・ツアーに出ることにする。最近の、イヤホーンガイドは実によく出来ている。チベット密教の作品を時代の変遷とともに見せてくれる。 なかなか充実した展示であった。会場を出ると、そこに、チベットの旗を掲げて、数人の人がデモンストレーションを行っていた。看板から推測するに中国のチベットへの対応を非難する集団であることが判った。看板をみると、「この展示は、中国がチベットから盗んだ宝物を展示している、中国は泥棒である」ということが描かれていた。森の中に出店のカフェがあり、息子と二人で、コーヒーを立ち飲みしていると中年の女性が話し懸けてきた。展示会の感想を参加者から聞いているようである。感想をアンケート調査でもしているのかと思って、尋ねられるままに、チベット密教の歴史を俯瞰することが出来るよい展示会であったと感想を述べると。これは中国がチベットを自分の国としてアピールする政治的な展示であり、この宝物は中国政府がチベットの財産を略奪したものである。このようにしてチベットを中国のものであることを政治的に日本人に訴える目的の展示であるという主旨の話しかけであった。そのような中国の意図も理解せずに脳天気で展示会を喜んでいる見学者はけしからんということなのであろう。小生は、チベット仏教に関心があり、かつてチベット巡礼観光をしたことがあるのでそのときの印象を簡単に述べた。チベットでは、共産党と漢民族によるチベット民族からの搾取の構造が確立しており、チベット民族は次第に貧しい生活に追い込まれている。また、ラサの中心には共産党の軍隊が陣取りチベットを軍事力で抑圧していること、ポタラ宮殿の屋上には中国国旗がはためき、ポタラ宮殿の正面には宮殿を威圧するように友好の塔が聳えており、共産党の支配を実感したこと、そんな中で、虐げられたチベットの人々は仏教に救いを求めている姿があった。そんな感想を述べた。だからといってこの展示会を否定する気持は毛頭無かった。
この展示会の概要であるパンフレットをみると次のようになっていた。
フリーチベット活動
この女性は、フリーチベットに参加して活動しているという。ご自身の息子さんを亡くされたという、ミキシー(SNS)を通じてチベットの暴動のとき中国軍に子供を殺された親の気持ちを知り同情してフリーチベットに参加するようになったという。その活動の一環として、今回展示会で反中国のキャンペーンをしているということであった。小生が、フリーチベットという言葉を聞いたのは、今年の北京オリンピックの聖火リレーへの反対運動のときであった。しかし、その団体の目的や活動内容は寡聞にして知らなかった。概念的には、中国によるチベット民族弾圧に反対する運動という程度にしか思っていなかった。
彼女の話を要約してみると、この展示会は、中国政府と日本政府が協力して、チベットを中国の領土として正当化している政治的活動であるという。展示品はすべて中国がチベットから略奪したものであり、この展示は、チベットは中国のものであるということを主張する目的であり、それを見学する人もまた、中国の見方とおなじようにチベットをみているという。いくら芸術品とはいえ、魂の入っていないドンガラ仏像を見ても仕方ないであろう指摘する。小生も、戦後の共産党の率いる中国のやり方には共感できない、むしろ嫌悪感がある。彼女の指摘する気持もよく理解できる。同じような感情を共有している一人である。
しかし、折角の一日、芸術と美術に触れて気分がよくなっているところに、バケツで水をかけられたような気分となったこともまた事実である。中国のやり方には嫌悪感をもちつつも、小生のように純粋にチベット仏教やチベットの芸術に関心をもっている人がたくさんこの展示会には見学に来ているものと思う。そんな人々の気持ちに、政治を持ち込むと、すべが台無しになるようにも感じるのである。彼女が指摘する政治的な問題の前に、チベットの歴史や、その文明を一人でも多くの人が理解する機会が必要であると思う。ちなみに彼女に、貴方がこの展示をみてどのような印象を持ったのか聞いてみた。彼女は下を向いて、実はまだ展示は見ていないという。実際のチベットに足を運んでみたことがあるのかとも聞いてみた、一度も体験したことは無いという。彼女の知識は、ミキシー仲間と、フリーチベットコミュニティから得たものであるという。一度、政治的な色めがねを外して、展示を見たらどうですか、時間をみて現地も是非体験したほうがよいのではと、余計なことを言わざるを得なかっが、なんとも自分の心の中にも屈折した感情があることを否定できなかった。
世界の博物館、美術館は泥棒なのか
世界の歴史的な宝物の殆どは、列強がかつての侵略時代に持ち去ったものであると言ってもよいのではなかろうか。英国博物館、米国のメトロポリタン、フランスのルーブル、など世界に冠たる博物館、美術館の所有する名品といわれる宝物はいわば合法的な略奪品であり合法的な盗品といってもよかろう。もし彼女のような発想にたてば世界の美術館から上野へ展示される芸術品は盗品であり、それをみる観客は「脳天気」者ということになりかねない。中国は最近、清王朝時代の石像をオークションで落としたがそれは本来中国の財産であるので、返すべきであるとして支払いを拒否して問題となった事件があった。人のものを略奪していても自分のことになると別なものである。チベットやウイグルなどの強引な統合や、軍事力による民族活動の抑圧などにも共通するものは、「不合理の合理化」とも呼べる政治である。
不合理の合理化
この世の中には、「不合理の合理化」がまかり通っている。上述の世界の著名な美術館の作品もそうであるが、たとえば、米国によるイラク戦争、アフガニスタン戦争、イスラエルの建国、中国の常任理事国参加、米国による原爆の投下や、核保有国による他国の核兵器禁止行動、日本中国や日本韓国の間の歴史問題など、歴史の背景を辿るとき大国の横紙破りが散見される。そのときそのときの自分勝手な理屈で「大義」を掲げてことを正当化してきたそんな実例はたくさんある。日本国憲法の成立や、異常な時代に作られたた憲法と自衛隊の関係もそう言えるであろう。そんな、「不合理の合理化」に対して矛盾を指摘するには大きな勇気が必要となる。「不合理の合理化」に立ち上がる彼女の勇気を感じると同時に中国という国の存在がこのような所まで及び、日本にとって確実に従来と異なるレベルで大きくのしかかってきていることを実感した上野の森での瞬間であった。
以上。
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筆者紹介
伊東 玄(いとう けん)
RITAコンサルティング・代表
1943年、福島県会津若松市生まれ。 1968年、日本ユニバック株式会社入社(現在の日本ユニシス株式会社) 技術部門、開発部門、商品企画部門、マーケティング部門、事業企画部門などを経験し2005年3月定年退社。同年、RITA(利他)コンサルティングを設立、IT関連のコンサルティングや経営層向けの情報発信をしている。 最近では、情報産業振興議員連盟における「日本情報産業国際競争力強化小委員会」の事務局を担当。
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