新・玄マンダラ

第14回 警察調書初体験と警察のIT活用―警察の生産性を考える

概要

これまで一年半にわたり、「玄マンダラ」をお読みいただき感謝申し上げます。 平成21年7月から、装いを改め、「新・玄マンダラ」として、新しい玄マンダラをお届けすることになりました。 ITの世界に捕らわれず、日々に起きている事件や、問題や、話題の中から、小生なりの「気づき」を、随筆風のコラムにしてお届けします。 執筆の視点は、従来の玄マンダラの発想を継承し、現在及び将来、経営者として、リーダーとして、心がけて欲しい「発見」を綴ってみたいと思います。 引き続き、お付き合いを御願いします。 職場で、あるいは、ご家庭での話題の一つとしてお読みください。

読者の中には警察で調書作成を体験された方もいるかと思うが、小生は初体験であった。最近は冤罪が話題になることが多い。そのときに、調書がいつでも引き合いに出される。先日の足利事件でも菅谷氏が犯行を一度は認めたという調書が大きく裁判を左右したが強制的な自白であり、結果は冤罪で晴れて無罪判決となった。
 
 三月のある日の朝、警視庁葛飾警察署の生活保護課のN氏と名乗る人から突然電話があった。息子の誠の件で伺いたいことがあるという。もしや息子の誠が事故でもと一瞬背筋が寒くなった。最近では振り込み詐欺などが多発しており、警察の名前を騙る電話も多いと聞いているので、一瞬身構えた。今月の12日、近くのF百貨店(百貨店というものの親子で運営しているよろず雑貨を扱う零細小売店)で誠の自転車を買い換えた。そのときこれまで乗っていた古い自転車の廃却をF百貨店に依頼した。このF百貨店は我が家が現在のこの地へ越してから雑貨小物を買っており、朝夕通勤などで駅へ通う道にあるので、毎日朝夕挨拶を交わし顔なじみである。最近は大型店が多いので多くの人はそこで買い物をするが、我が家はなるべくなら永いお付き合いを大切にして地元のお店で買い物をしている。今回もどうせ買うなら顔なじみのお店と思った。F百貨店に廃棄依頼をした自転車が不法投棄されていたというのである。そこで元の所有者の話を聞きたいということであった。F百貨店は自転車だけでなく生活雑貨と言われるありとあらゆるものを取り扱っておりこの近所では大変重宝な存在の店である。 
 
 葛飾警察のN氏はこれからすぐ来て欲しいというが生憎すでに当日も翌日も予定が入っているので3日後を約すことにした。我が家の地区は江戸川区に食い込んでおり、江戸川の役所なら便利であるが、葛飾区でももっとも南外れであり葛飾警察まではかなり遠い。半日仕事となる。N氏は出頭して欲しいというが、犯罪を犯したわけではなく、不当放棄された自転車が我が家のものであることを確認するだけであるのでその程度の調書を作るなら自宅へ来て欲しいと伝えた。それは出来ないので、往復の車を手配するのでご足労頂きたいということになった。永いお付き合いのあるF百貨店であるだけに出来ることならば可能な限り軽微でことが済むようにと思い協力することにした。
 
 当日の朝、N氏から電話があり、これから行くので当日F百貨店でもとめた自転車に関しての領収書、防犯届等を準備しておいて欲しいという。念のためパトカーでは来てくれるなと伝えた。パトカーでなく普通のバンでN氏が私服で運転して来た。車の中で、簡単に背景の説明をうけた。それによれば、蔵前通りと環七の総武陸橋が交差するあたりで、パトロール中の警官がたまたま自転車を投棄(?)している人物を見かけて不審尋問をしたところ、かのF百貨店の人間であったという。そのとき押収された不法投棄の自転車がF百貨店の証言から小生から廃棄を依頼されたものであったというのである。すでにF百貨店の調査は終えて不法投棄したことを認めているという。F百貨店の供述によれば、3月XX 日の午後1時頃、我が家の夫婦がF百貨店に立ち寄り、息子の誠のために新しい自転車を購入し、小生の息子の誠が使っていた古い自転車の廃棄を依頼されたということであった。その供述の裏付けをとるために小生が警察から呼ばれたということであった。
 
 葛飾警察署には初めて入った。殺風景であるが制服の警官が行き交うのでどこかやはり物々しい。平凡で無機質な事務所である。「生活保護課」は4階にあり狭いエレベータに3-4人の警官と乗り合わせると異様な気持となる。部屋の入口に「生活保護課」と看板があり、入るとおよそ20人程度の広さの部屋で見慣れたビジネスオフィスではなくパソコンが机上にはない。数人が机に向かっていた。その部屋の一画に調査室なる調書を作成する部屋がある。4畳半ほどの殺風景な部屋である。ドアを締めれば声が聞こえないがドアは開け放しであった。部屋にはスチール製の四角の大きなテーブルが一つあり、まわりに椅子が4つあった。テーブルの上にはかなり古い型のノート型パソコンが一台と小型のモノクロのポータブルのプリンターが一台あるだけである。パソコンにはUSBハブが付けられておりそこにはおそらく個人認証のためであろうかUSBが挿入されていた。N氏と小生が二人だけで対面で座り、参考人としての調書の作成が始まった。お目付役の警官は同席していない。N氏は花粉症なのであろうか顔全体が隠れるような大きなマスクをして室内に入ってもマスクを外すことはないので人相はよく判らない。体格はあまり良くなく、目は細くどことなくひ弱な感じを受ける警官である。内勤の警官なのであろう。言葉は丁寧である。生活保護課とは一体どのようことを担当するのかと質問してみたが、このような不当投棄は「生活保護課」が担当するという説明であった。今回の担当はN氏であるということであった。苗字しか名乗らないので名前はしらない、名刺の交換などもないし、身分証の提示もない。なるほどこれでは後日調査をした人の姓名など記憶できなくなるのは当然であろうと思ったりした。やはり姓名を名乗り身分証を提示するのが礼儀というものではなかろうか。ビジネスの世界なら常識であるが。この世界では、参考人の身分証明は確認するが自らの身分は証明しないようである。
 
 まずは本人確認である。身分証明書の提示を求められた。免許証でなく、意図的に「住基カード」を提示してみた。かつて社保庁でIDとして住基カードを提示したら理解できず免許証の提示を求められ苦笑したことがあった。もし警察にリーダーがあればここから小生の個人情報が読み取れるはずでありそれが住民基本台帳と連携していれば家族構成などもすべて判るはずである。しかし予想通りまるで関係なかった。結局、本人と、家族に関するすべても情報は口頭で説明することになる。家族全員の氏名、年齢、生年月日、同居の有無、住所、電話番号などおきまりの情報である。N氏は聞きながらパソコンの画面にそれをインプットしていく。かなりの速度である。フォーマット画面でなく、調書はフリーフォーマットであり文章で次々と記述されていくが、対面に座る小生には画面は見えない。その正当性は一体どのように確認するのであろうか。
 
 続いて、購入物件と廃棄依頼した物件の情報確認である。自転車を買った店の名前、購入した商品、時間、同伴者、廃棄した自転車の特徴、購入時点でのお店の人とのやりとり、普段の付き合いの様子などを克明にインプットしていた。そして、領収書、防犯届けなど持参した購入時の資料の提示を求められ、警察が提示を要請した書類の一覧リスト、それらを一端は提示したあとで書類を返却したことを確認するための2枚の用紙に記名捺印をもとめられた。警察が、不法投棄された自転車が盗品でなく、正式に商品の売買が確実に行われたこと確認するためである。そんなこともあろうかと関連書類を事前にコピーして持参したので渡した。
 
 続いて、不法投棄された自転車の写真を見せられた。これが破棄を依頼した自転車に間違いが無いかと確認が求められた。この写真の出来が実に悪い。カラー写真であるが今時こんな画質の悪い写真はみることが難しいであろう。ポラロイドで撮影したと思われるが、まるで白黒写真のように画質がわるい。間違いないと思うが細部は判らないし、また色もまるでこの写真では判らないと指摘し、もし、現物がここにあるなら実物を検証したいと申し出た。N氏はその必要は無いというがこの警察内にあるのならば自分で確認しておきたかった。一階まで下りて、屋外に案内された、そこにはおよそ50台近い自転車がタグをつけられ並んでいた。その中の一つに小生が破棄を依頼した自転車があった。間違いはないと確認した。しかし小生がF百貨店に廃棄を依頼した状態とは大分変わっていた。防犯シールは剥がされており、誠の名前や住所を記したシールも剥がされていた。つまりかつての所有者が判るようなものは全て剥がされ消されていた。これではどんな言い訳も通らないだろうと直感したがあえて指摘せずに、再び調査室に戻った。ともかく、間違いなく、小生が廃棄を依頼した物件であることが確認することができた。同時に自転車の不法投棄が結構な頻度で起きていることが推測できた。
 
 続いて、今度は自転車をもとめたF百貨店の店員の人物の確認である。F百貨店の人の顔写真(警察に連行された時にでも撮影されたものであろうか、3センチ四方でこれはさすがに綺麗に撮影されていた)が撮影された写真がA4の白紙に貼り付けられていた。この人物から自転車を買ったに間違いはないかと写真で確認が要請される。間違いないというと、写真の下の余白に、平成22年3月XX日 午後1時頃、この人物から自転車を求めたことに相違ないと「自筆」で書かされ押印が求められた。さらには、顔写真が張り替えられることを防止するために写真の上に二つの割り印が求められた。不法投棄された自転車に関しての写真と記録は不審尋問をした警官がすでに作成しており、それとこの顔写真が小生の調書の添付資料となるという。
 
 これで、物件の確認、売買行為、廃却依頼行為、そして人物確定という、全ての確認が終わることになる。パソコンで作成した文章をN氏が読み上げて確認が求められる。大筋は、質問に答えた通りであるが、微妙に小生の発言していない言葉が挿入されている。このあたりが危険なのであろう。最近のTV番組や冤罪事件で調書が犯行を確実化するために警察側で恣意的に作成されることを何度も聞いているのでこんなときに役に立つものである。小生が指摘したところを列記してみる。
 
1. 「F百貨店の人が故意に自転車に添付されている防犯シールを剥がした」と調書の原稿にあるが。
   小生は誰が故意にシールを剥がしたのかを確認するすべがないので、この記述を削除すること。
   小生が述べたことは、廃棄を依頼したときの古い自転車には防犯シールが貼ってあったということであり
   F百貨店が故意に剥がしたかは判らないためである。
2. 自転車は「他人の敷地に不当に投棄された」と原稿にあるが、小生は投棄された現場を知らないので
   それが「他人の敷地か不当」かどうかは判らない。「他人の敷地以下の」の部分は削除すること。
3. 「F百貨店は小生から廃棄代金として500円を徴収していながら不法に投棄した」と原稿にあるが、
   それは小生が供述した文章ではない。警察が作成した文章であるので削除すること。
   小生が述べたことは、不要となった自転車はF百貨店で廃却できること、
   廃却代金として500円を払ったということである。領収書に代金が記載されている通りである。
 
4. そして、最後に、F百貨店は電話で小生対して迷惑をかけたことを鄭重に、
   お詫びし反省をしていた旨附記して貰った。
 
 以上の修正を得て、印書された4Pの調書を面前で精読し、確認の上でサインと押印をした。 これで、調書の作成が終わった。この間、およそ1時間半というところであろうか。さて、全てが終わって調書のコピーを要求したところ、公式文書のコピーは提供できないという。それでは、もし調書が改竄されても、自分の供述したことの正確性を保証する術が無いではないかと指摘すると、それが決まりであるということで埒はあかない。つまり調書とは一方的に警察が保管するものであり、当事者にはなにも証拠となるものがないということになる。これでは警察側に作為があって、もし調書の内容が改竄された場合証明する方法がない。書類は数枚に渡るが、安物のプリンターで通常のコピー用紙に印刷されているので、どのようにでも改竄できることになる。すべての頁にサイン、押印でもすれば多少は改竄防止になろうが、これでは複数枚の調書が作成されてもサインと押印は最後の頁だけであるので資料の改竄はどうにでも出来ることになる。そして、空茶を一杯馳走になって、再び自宅へ送ってもらって。N氏には、F百貨店とは永い付き合いでもありこんなことで商売がおかしくなるのではあまりにも可哀想なのでくれぐれも音便なる処置をするように依頼した。N氏は犯罪の量刑を判断するのは警視庁でなく、検察庁であるので自分いわれてもどうにも出来ないという。調書をもとにして起訴、不起訴を決めて量刑を決めるのは自分の役目ではないということである。これが、小生の体験した、生まれて初めての参考人の調書作成である。
 
 正直なところ、これまで永い付き合いであるので、この親子が犯罪を犯すとは、つゆほども思っていなかった。地元であるだけに安心して信頼していた。不当投棄を最初に連絡を受けたときは信じられなかった。なにかの間違いであろうと思った。しかし押収された投棄自転車をみるかぎり、明らかにその自転車の身元が分かるものが削り取られていた。それは警察も見抜いていたはずである。もし、正式に廃棄処分に回すのであれば不要な作業である。意図的に不法投棄をしたと警察が指摘してもこれを弁護する論理は無い。
 
 上述の通りF百貨店とは名ばかりである。実態は何でも扱う小売りのディスカウントショップのようなものであり、母親と子供の二人でやっている、家内商いである。まさに日銭を稼ぎ一日1万円も売上げがあればよいようなお店なのである。わずか500円の廃棄料金を猫ばばするために、手をかけて自転車の身元が分かるものをすべて消去するとところに零細小売りの商売の苦しさをみるのである。
 
 そう考えるとき、一台の不法投棄の事件を扱うために費やされる警察の労力と、そのための調書作成から起訴へと繋がる一連の作業の警察の組織コストを考えるとき、警察がなすべきことはもっと大事なことがあるように思わざるを得ないのである。最近ではあ駅の前や近くには無数といってもよいほどの自転車が置かれている、それが違法駐輪なのか、不法投棄なのか判然としない。これらの自転車は一定期間が過ぎると所轄の警察(?)なのであろうか、トラックに積んではどこかへ運んでいる。あの膨大な数の自転車の一台、一台にもしこのような調書を作成したとすればそのコストは天文学的な数字となり、その分だけ重大犯罪の検挙の労力が削られることになろう。最近の凶悪犯罪は殆ど解決していない。交通事故やこのような軽犯罪は処理が確実で簡単であると思う、そうしたところに仕事を意図的に作っているかのような気分となった。警察コストの投資効果を評価する手法が必要ではなかろうか。そんな気分となった1時間半であった。
 
 終わったあと、送ってもらう帰りの車で雑談となった。小生の仕事に質問が及び、感想を聞かれたので、警察のIT活用はまるで遅れているように感じたと感想を述べた。一例は住基カードの活用である。これを活用して住民基本台帳などへ連携すれば調書の作成は効率化され、正確度もあがるであろう。所内の情報化武装はどうみても時代遅れの感じがする。「伊東」が「伊藤」になったり、「ケン」が「ゲン」になったりした書類が出来てはつど小生が指摘して、二度も書類を作り直した。住基カードを活用すればこんなことはあるまいと思う。また、調書のコピーを供述者に渡さないのはおかしいとも指摘しておいた。証拠の写真の鮮明度や忠実度も悪いもっとよいカメラでなるべく現物に近い色が出るようにする必要があることも述べた。また調書のデジタル化もまるで出来ていない写真や調書を対面の画面で確認できるような工夫も必要であろうと述べた。N氏は組織の中の一人である。そんなことを指摘されても彼の仕事ではあるまい。指摘されるとも思っていなかったようである。ワープロが今回の調書作成のIT機器武装のすべてであった。
 
 F百貨店が初犯で反省していることから、不起訴となり、軽い罰金程度で済むことを祈っている。次第に崩壊していく地域の関係がこんなことで壊れないことを期待している。この店は、いまで息子さんが切り盛りしているが、お母さんは小生との電話で申し訳ないと、繰り返し、繰り返し謝り、そして泣いていた。500円のツケはあまりにも大きなものであった。女房に頼んで心配しないように手みやげを持たせて慰労した。「慎独」、それは、企業の中でも、家庭の中でも、そして、一人一人の行動においても同じことが指摘できるのである。
 
 自宅に戻ってから、警察が指摘していた、蔵前通りと環七の総武鉄橋の交差点のあたりまで出向いてみた、この機会に現場をみて起きたかったためである。不法投棄物が山のように積まれていることを想像していたが、陸橋の下は綺麗な遊園地のような公園となっており、不法投棄物などあるようには思えないところであった。こんなところに不法投棄するとは思えないのであるがというのが印象であった。
 
 
以上

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筆者紹介

伊東 玄(いとう けん)

RITAコンサルティング・代表
1943年、福島県会津若松市生まれ。 1968年、日本ユニバック株式会社入社(現在の日本ユニシス株式会社) 技術部門、開発部門、商品企画部門、マーケティング部門、事業企画部門などを経験し2005年3月定年退社。同年、RITA(利他)コンサルティングを設立、IT関連のコンサルティングや経営層向けの情報発信をしている。 最近では、情報産業振興議員連盟における「日本情報産業国際競争力強化小委員会」の事務局を担当。

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