ITと経営

第2回 大量生産から多品種適量生産の時代へ

概要

今後の企業を取り巻く環境変化のなかで、労働力不足が大きな問題になっている。昨今の大卒を巡る就職争奪戦は、かつての高度経済成長時代を彷彿とさせるものがある。その状況は、これからますます激化して行くが、日本経済や企業経営にとってこれを切り抜ける方法は、ただ一つ、IT投資(IT資本)を軸とした生産性向上によるしかない。これさえ実現できれば、「人口減社会」は乗り切れる。その具体的処方箋をここに展開する。

人々の所得水準が上昇すするとともに、趣味趣向も多様化することはよく知られているところである。例えばファッション産業においては、同一柄の製品は日本国内でわずか10着程度しか生産しないといわれるごとく、すでに大量生産時代から決別している。多品種適量生産により消費者の満足感を達成しようとしているわけで、これはファッション産業のみの話ではない。消費者の需要動向にマッチした生産を目指す産業界全般の動向でもある。大量生産から多品種適量生産への移行をコスト的に可能にさせたのは、ITの活用である。この事実こそ、資本主義経済が新段階に進んでいる何よりの証拠といえよう。
 
資本主義経済は18世紀後半からのイギリス産業革命を起点として始まるが、当初は「工業化時代」であって、大量生産によるコスト競争が企業の死命を制するものであった。それがすでに、20世紀末のITに代表されるような「高度情報化時代」へ移行している。この点の再確認がきわめて重要であり、これを抜きにして「ITと経営」を語るわけにはいかないのである。次に示す表は、私がこの間の推移を4つの主要項目に分けて整理したものだ。
 
工業化から高度情報化への移行とその特色
 【出典】勝又壽良作成
私は、工業化時代を産業革命期(1760~1830年)からIT幕開け初期の1994年までとした。それは、1995年以降がコンピュータの歴史においてメインンフレ-ム時代から、パソコンやインターネット時代へと質的に大転換して行く時期であるからだ。
 
この表に示されたごとく、工業化時代と高度情報化時代では、その経営環境が百八十度の変化を示している。このことに気づかずに工業化時代の経営発想そのものを高度情報化時代に引き継いでいることが、昨今、報道されている「情報システム障害」を引き起こしている背景にある。つまり、経営者自身が経営環境の大転換に対して、身をもって痛感していないのである。
 
企業間の競争状態は、資本金の多寡ではなくITを含む高度技術の保有・運用によって決せられる段階になっている。ここでは、大企業が工業化時代のように企業規模だけで有利なのではなく、中小企業やベンチャー企業がITや高度情報において勝っている場合、十分に勝機があることを示している。
 
それは同時に、労働力過剰時代から労働力不足時代への移行の段階とも重なり合って微妙な影響を与えている。人々の「働きがい」を達成するには大企業よりも、中小企業・ベンチャー企業の方が潜在的に達成可能性のあることである。これが中小企業やベンチャー企業の勝機をより強めている。現に、大企業の厳格なピラミッド型組織よりも、中小企業やベンチャー企業の円環型組織、上下関係が厳しくなく対等な関係が築きやすい組織を、今の若者は選択しているのである。
 
「文明社会はリスク社会」でもある。高度情報社会の今日、私たちは日常的に潜むリスクと向き合っている。そのリスクは工業化時代と異なり、きわめて大きな損害をもたらすが、こうしたリスクを事前にどのように回避するのか。もはや単純な人間の五感の及ぶところではなく、IT機能の活用以外に方法はない。IT調査のガートナージャパンによれば、5月に発表したIT投資に対する積極性に関する調査では、調査対象の世界16カ国・地域のうち日本企業は最下位であった。IT投資をコスト削減中心に意識しており、サービス向上といった経営全般に関わる意識に欠ける、とされている。
 
本連載第1回でも指摘したように、コンピュータ発展の歴史からいえば、日本企業は最初のメインフレーム段階のコスト削減重視に止まっている。その後のPC(パソコン)やWeb(インターネット)の発展による情報活用や情報交換といったような、「目立ったコスト削減」が表面化しにくいものには消極的である。凡人は「目に見えないものに気づかない」のである。これでは、とうていリスク社会を生き抜けない。日本は残念ながら、高度情報化社会では「後進国」に位置づけられている。
 
東海道新幹線は、開業以来43年間、無事故である。それを支えるシステムと運用側の不断の注意があればこそ、これが可能になった。新幹線の場合、在来線とは運行速度が全く違うので否応なく、根本的に新しい運用システムと管理体制の採用になった。これが、無事故をもたらしている。最近の「情報システム障害」はシステム設計に問題があるというよりも、トラブル発生時の運用・管理体制に問題があったとの指摘もされている。経営環境が「在来線」(工業化時代)ではなく、すでに「新幹線」(高度情報化時代)に移っているという認識の欠如である。
 
内閣府の『世界経済の潮流』(07年6月発表)によると、アメリカ議会予算局(CBO)は1990年代をITベンチャーが花開いた「第一の波」とすれば、2001年以来、「IT化第二の波」に入っていると分析している。事実、アメリカ経済は労働生産性上昇において、労働の質の改善や資本装備率の向上だけでは説明できない「全要素生産性」の上昇というプラスアルファを生み出している。これがアメリカ経済安定の主因であり、IT投資が生み出した効率化による付加価値増加である。まさしく、「IT化第二の波」がもたらした「贈り物」なのである。日本ではいまだ、「IT化第一の波」に止まっている。
 
我が国でも先進的な取り組みが始まっている。その例を二つ取り上げて見たい。
一つは、林業も兼営する木造建築の会社である。同社は、「木材調達理念・方針」とそれに基づく行動原則を策定している。同社が建築する木造住宅に違法伐採された木材を使用しないように、トレーサビリティ(生産履歴の追跡)を推進するとしている。最近、世界的な木材価格の上昇を受けて、当然に国内で違法伐採された木材が紛れ込むリスクを生じるが、企業の社会的責任に照らしてもそれを事前に防げば、結果として森林保護に通じることになる。08年度には、主要構造材の国産材比率を70%に引き上げる方針でもあるという。これは国内林業の振興策にもつながるわけで、「違法伐採のリスクを回避した林業振興」を実現するという点で、社会への貢献でもある。
 
もう一つは、建設機械会社の例である。同社は、全地球測位システム(GPS)や自社製建設機械に搭載した各種センサーを使い、販売した建設機械の位置や稼働時間を把握して、世界中の建設機械の稼働時間データから補給部品需要を予測するものである。これによって事前に適切な補給部品の在庫管理を行い、タイムリーな補給部品供給を行うという画期的なシステムである。補給部品事業は、PCプリンターのインクや自動車部品でも同じであるが、他社製では代替が効かず好採算分野とされている。
 
ここで指摘した二つのケースは、前者がICタグを利用したもの、後者はGPSを活用した高度情報化時代にふさわしい経営戦略といえそうだ。「コロンブスの卵」の喩えと同じで、言われてみれば、「なるほど」という類の話である。他社よりも早くこれに気づき実現したほうに勝機があるのは当然である。
 
次回連載のテーマは、「アメリカ企業はなぜ情報化戦略に強いのか」、である。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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