ITの経営学

第1回 IT戦国時代に司令塔を欠く日本企業

概要

日本企業全体にとってもちろんのこと、とくに中小企業の生産性を上げるには、ITの活用が不可欠である。 しかし、ITを企業戦略に取り入れるについて、ほとんどの中小企業が「それは大企業の話」とか、「ITは金食い虫」といった程度の認識に止まっているのが現実だ。そのなかで、従業員数人といった程度のところが、社長の高いIT意識に支えられて業績を伸ばしている例を今回は紹介したい。

ITの世界は、今や「戦国時代」を迎えている。IT導入の目的は「コスト切り下げ」の、「守りの経営」の段階を超えて、付加価値増大・ネットワーク拡大という「攻めの経営」の段階へと移っている。日本企業を巡る環境が、このように変化しているにも関わらず、相変わらず「守りの経営」から脱出できない企業が多いのも事実である。これでは折角、IT投資をしても十分な効果は期待できないどころか、逆にIT投資が業績に対してマイナスに働く。このことはすでに、実証研究によって確認されている。この事実は、改めて連載途中で指摘するが、全くもったいない話である。金をドブに捨てるに等しいのである。
 
現状を「IT戦国時代」と形容したのは、来るべき「ユビキタス」時代が2~3年後に控えており、これによって「天下統一」がなるのは必至である。それを前にして「諸国」が領土拡大の「攻めの経営」に動いている。この時期に、相変わらずの「守りの経営」ではとうてい「自国」の領土を守れるどころか、「他国」に奪われるのは火を見るよりも明らかであろう。先見の明の有無とはこういった違いを指すのであろうか。次に示すデータは「守りの経営」である企業がいかに多いことを端的に示している。
 
(表1)C IOの設置状況の推移(単位:%)
【出典】経済産業省「平成18年 情報処理実態調査結果報告書」
この調査は対象企業9500社に対して、回答企業が3647社(回収率38.4%)である。民間部門の情報処理に関する統計として唯一の政府統計であり、その最新版(公表は平成19年11月)であることをまず指摘しておきたい。
 
(表1)によれば、CIO(情報システム担当総括役員・部長)の専任者は平成17年に8%になり、それ以前の4%前後からみれば約2倍の増加になった。ただ、CIOがいない企業が約60%もあることは考えさせられる問題だ。この調査に回答した企業の平均資本金は89億5600万円、平均年間事業収入は803億4400万円、平均従業員数は1091人である。これら数字を一瞥すれば、大企業の部類であることは間違いない。
しかも、手間暇かかるこの種の調査に回答する企業は、それなりに社内体制が整備されているはずである。それにもかかわらず、CIOのいない企業が約60%である。その理由を(表2)でみると、さらに驚かされる。
 
(表2)C IOを設置しない理由の推移(単位:%)
【出典】経済産業省「平成18年 情報処理実態調査結果報告書」
(表2)では、CIO設置を「必要ない」とする企業が平成17年に約45%もある。これは、CIOの必要性を頭から否定しているわけで、これら企業がどこまで、IT戦略を理解しているのか疑わしいともいえよう。多分、ITをコスト切り下げ手段程度にしか考えないで、経営戦略と密接に絡むという認識に達していないのであろう。
 
ここで最近、あるITハードウエア会社が開催したシンポジュームに出席した約数百人の年齢階層がどうであったかを紹介しておきたい。ほとんど40代、50代の層で占められており、圧倒的に男性であった。つまり企業内で意志決定権を持つ層であることを示している。CIOの設置を「必要ない」との一言でかたづけている企業がある一方には、真剣に講師の発言に耳を傾ける企業が、現実に存在していることを認識すべきであろう。これではますます経営格差が開くばかりである。
 
CIOはIT戦略の司令塔である。「IT戦国時代」に司令塔なしで、いかにして「敵」と戦うのか。これでは戦わずしてすでに、その帰趨は決まったようなものである。CIOの必要を認めない企業は、IT投資に見合った投資効果が上がっていない企業と推測される。いわばIT投資を「金食い虫」程度に扱っているから、その分野に専任や兼任の部長クラスの人間を配置することすら、拒否反応を示しているものと予想される。
 
IT投資は、ハードウエアとソフトウエアがあれば、それだけで効果が十分に出て業績に寄与すると期待しているとすれば、とんだ見当違いである。それで済んでいた時期は、1990年代の前半までであり、それ以降は大きくITの経営環境が変化している。つまり、大量のデータ処理によるコスト切り下げの時代が終わり、現在はネットワークの時代に入っている。これをうまく活用して付加価値を拡大し、いかに業績向へつなげるかが企業として問われている。いわばより高度のITノウハウを身につけなければ、経営戦略としても成り立たなくなっている。その司令塔がCIOであり、その存在の必要性を否定するのは、なんとしても理解に苦しむのである。仮にCIOを設けなくても社外のコンサルタントの活用という途もあろう。
 
CIOがいれば、その下にはCIOの意思をていして一元的に機能する情報処理要員がいる。ここでの情報処理要員とは、ITノウハウを身につけた人材グループである。IT関連投資は、ハードウエア、ソフトウエア、それに肝心要の人間集団である、ヒューマンウエアの三者によって構成される。これらの三者を効果的に動かすのがCIOである。司令塔を欠いて、どうしてこれら三者がシナジー効果を発揮できるであろうか。CIOを必要としない企業に、是非ともその「秘策」を聴きたいほどである。
 
(表3)情報処理要員数の推移(括弧内は%)

【出典】経済産業省「平成18年 情報処理実態調査結果報告書」
 
(表3)のように、1社平均の情報処理要員数は社内・外部の合計で、平成17年には約57人に達しており、その全体に占める比率は5%だ。これだけの陣容が、CIOを欠いて有効適切な行動が取れるというのは期待薄であろう。こうしたスタッフは、アメリカではインタンジブル・アセット(無形資産)として高く評価されている。本来ならば、CIOを頂点にした組織体に再編成できれば、絶大な戦力として企業業績に貢献できる性格のものである。アメリカ企業でも実証済みなのだ。日本については、次回以降の連載で取り上げる。
 
インタンジブル・アセットは非財務指標であるが、企業成長の先行指標としての役割が課せられている。これに対して財務指標は遅行指標として認識されている。平成17年にインタンジブル・アセットの人々が5%にも達している。この「先行指標」が、司令塔を欠いたままに放置されていることは、およそ合理的な経営判断とは言い難い。
 
 
 
次回以降の連載は次のような内容となる予定だ。
第2回 インタンジブル・アセットの重要性
第3回 IT投資に成功する会社
第4回 IT投資に失敗する会社
第5回 IT投資で伸びる中小企業
第6回 デジタル組織の7原則とは何か

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コメント

筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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