日本企業は、「もの作り」に直結する設備投資や研究開発において、他国を寄せつけない実績を持つが、どういうわけか「情報」に対しては消極的である。同じ島国であるイギリスが、情報を最高度に利用したのに比べて、日本はきわめて消極的である。これはヨーロッパが何世紀にもわたって戦乱を続けてきたので、他国の動静(情報)に気を配らざるを得なかった事情が働いている。片や日本は、他国からの侵略は中国の元時代を除いて皆無であった。こうした歴史的背景の相違が影響している。
この結果、「日本企業がIT戦略に弱くて当然」といった、妙な納得は危険である。むしろ以上のような歴史的な背景がある故に、日本企業は努めて、この弱点を認識して情報戦略に取り組まないと、世界の趨勢から取り残される。そのリスクを強く認識するべきであろう。太平洋戦争において、アメリカと雌雄を決するミッドウエイ海戦に日本が敗れたのは、「偵察戦」で遅れをとった結果でもあった。
CIOはIT戦略の要であるが、企業においてどのような役割が期待されているか。これをもう一度確認することが、IT先進企業には欠かせない点である。カール・D・シューベルトは「CIOがCEOに尋ねるべき10の質問」を列記している。10の質問をここにすべて取り上げるのは煩雑であるので、重要と思われる項目に限定したい。
-
- 「私がCIOであることは、あなたにとってどういう意味を持ちますか」。
- 「自社のIT部門に何を求めますか」。
- 「CIOとして、私はC(Chiefの”C”)レベルの上級エクゼクチブチームのメンバーですか」。
- 「CIOとして、私はスタッフ部門のエクゼクティブですか、それともライン部門のエクゼクティブですか、それともその両方ですか。それが変わることがありますか、あるいはそれを変えることはできますか」。
- 「CIOとして、私はIT関連投資に関する最終的な承認者ですか」。
上記5つの質問に対する説明をしておきたい。いずれも「専任CIO」としての立場だ。
1. 「私がCIOであることは、あなたにとってどういう意味を持ちますか」
1.の質問は、誰でもこの点をCEOに尋ねることによって、自分の理解とCEOの理解を一致させることができる。これをしないで、自己流のCIOイメージに基づいて動き出すと、その後齟齬をきたして、「わが社のCIOは経営の常識が全くない」といった批判を浴びる。「経営戦略の策定は、まず企業理念・使命と経営者の思いを確認することから始まる」という経営教科書の定石とおりの確認が必要である。
2. 「自社のIT部門に何を求めますか」。
2.の質問に対する答えは、ITおよび企業のIT部門とユーザー部門との関係に対して、CEOが持っているビジョンをCIOに明かしてくれる。問題は、この問いに対してCEOが明確なビジョンを示さない場合、どうするかである。この点についてシューベルトは何も答えていないが、私は、同業の先進企業の例などを出して、「わが社はかくあるべし」という見識を示すことが必要と考える。こういった例が、日本では多いのではなかろうか。
3. 「CIOとして、私はC(Chiefの”C”)レベルの上級エクゼクチブチームのメンバーですか」。
3.の質問に対する答えが「イエス」であれば、CIOは企業としての重要な計画立案と戦略活動のプロセスに参加しているわけで、重役レベルの責任が負わされている。企業業績の良いところでは、CIOが少なくても役員待遇である。
4. 「CIOとして、私はスタッフ部門のエクゼクティブですか、それともライン部門のエクゼクティブですか、それともその両方ですか。それが変わることがありますか、あるいはそれを変えることはできますか」。
4.の質問に対して、CIOが正当なライン部門のエクゼクティブならば、企業のIT予算全体に対して責任を負う。しかしスタッフとしての役割であれば、指示をもらって同僚やパートナーが目標を達成するために必要とするITリソースを、手に入れる援助をすることに責任を持つ。
5. 「CIOとして、私はIT関連投資に関する最終的な承認者ですか」。
5.の質問に対する答えは、ITの戦略計画に関して資金が確保できるかどうかの判断がどこにあるかを示している。この確認は重要であって、場合によっては資金調達計画が変更になる場合もあるので、長期的なビジョンに照らして短期的計画を調整すべきである。
CIOを活かすも殺すも、CEOの手腕と見識にかかっている。当世のCEOはこれだけの責任を負っているが、どの程度までそれを認識しているのか疑問である。株主はこの点まで目を光らせていかねばならない。次の諸表は、企業内の意思決定の迅速化とCIOとの関係を示している。意思決定の迅速化こそ、「情報」の生命線である。
(表1)部門内レベルの意思決定迅速化(単位:%)
【出典】経済産業省「平成18年情報処理実態調査結果報告書」
(表2)全社レベルの意思決定迅速化(単位:%)
【出典】経済産業省「平成18年情報処理実態調査結果報告書」
(表3)企業間レベルの意思決定迅速化(単位:%)
【出典】経済産業省「平成18年情報処理実態調査結果報告書」
上記の3つの表に共通な現象は、CIOがいる場合とCIOのいない場合では、意思決定の迅速化において大きな違いが見られることである。しかし問題は、CIOがいても迅速な意思決定ができていないケースがかなりある。これはCIOの責任というよりも、CEO自体がCIOに対する正しい認識を欠いている点に起因すると見られる。
専任のCIOがいるケースでは、いずれの項目でもパフォーマンスが優れている。当然といえば当然であるが、これの積み重ねが企業の意識改革を実現して、戦術決定を迅速化させる。意思決定の迅速化は、社内の「風通しが良い」ことでもある。最近の流行語で言えば、「見える化」が定着しているわけで、CEOとしては企業経営に不可欠な視点である。
どんな良い意思決定でも他社よりも遅れた場合、意味をなさないことはもちろんである。ビジネス・チャンスを失いかねいないからである。専任CIOがいるかいないかは、企業の生命線に直結している。ミッドウエイ海戦で日本が敗れた原因は、情報戦における一瞬の立ち遅れにあった。
意思決定の迅速化においてこれだけの違いがある。なぜ、企業は専任CIOを置かないであろうか。人件費のかさむのが理由とは考えられない。結局は、CEOがCIOに対する認識を欠いているからであろう。専任CIOを置くことによる効果がどのようなものなのか、その正しい認識を持っていない点が、最大の理由であろう。その意味で、上の3表は重要な事柄を示唆している。
日本経団連は、08年4月の「国民視点に立った先進的な電子社会の実現に向けて」という提言のなかで貴重な提案をしている。その一つに、2010年度までに大企業を中心にCIOの設置を促進すると共に、IT活用企業の成功例を1000件以上公表する。この公表は大きな衝撃を企業に与えるであろう。
日本経団連からCIOを設置していない企業に分類され、「わが社は情報立ち遅れ企業です」というレッテルを貼られることに耐えられるであろうか。これは、当然に株価にも反映するはずである。時代はここまできているのだ。株価とCIOとは深いつながりがある。
次回テーマは、「企業の時価総額と”CIO力”」である。
連載一覧
筆者紹介
勝又壽良(かつまた ひさよし)
1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回にわたり掲載。
著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)
コメント
投稿にはログインしてください