CIOへの招待席

第6回 世界的不況とCIOのインタンジブル・アセット管理

概要

ミクロ的な視点から、ITを軸とする今後の企業経営のあるべき姿を実証的に論じていきます。

CIOはIT投資戦略に関わる主役の一人である。それはCEOとの二人三脚によって、初めてその役割を果たせる。この当たり前のことが、どうして日本ではなかなか浸透しないのか。今回はその原因を探りながら、CIOが立派に業務を果たしている場合、業績にどのような効果が出るのかを取り上げた。
 
IT投資を「1ドル」とすれば、インタンジブル・アセットは「9ドル」というのがアメリカにおけるIT経営戦略の常識になっている。つまり、ITのハード・ソフトの両投資だけをしていれば、それでIT経営が軌道に乗るものでない。このことを端的に示したものである。「1ドル」のIT投資だけでIT経営が実現するというのは、前時代的な発想である
 
日本企業の多くがいまだにCIOを設置せず、IT経営時代を乗り切れると考えていること自体が、インタンジブル・アセットについての知識が全く欠けている証拠といえそうだ。 コンピュータ・リテラシのように、IT投資「1ドル」だけでコンピュータの使い方さえ知っていれば仕事が済んだ時代もあった。コンピュータが使えればそれだけで仕事のできたのは、メインフレーム時代である。コンピュータのいわば「石器時代」の話である。
 
現在は、情報リテラシの時代である。情報を使ってビジネスを成し遂げる段階に移行している。ここにインタンジブル・アセットという「9ドル」が不可欠になっている背景がある。かつてP・F・ドラッカーは「IT革命は知識革命」であると喝破した。これは、インタンジブル・アセットを充実させなければ、IT経営戦略というイノベーション(知識革命)が実現できないことを示唆しているのである。
 
一口にインタンジブル・アセットといっても、
  ①人的資本(戦略的プロセスを実行するために必要な人材)
  ②情報資本(戦略を実行するためのデーターベースや情報システムなどのITインフラやアプリケーションなど)
  ③組織資本(企業文化やリーダーシップ、チームワークなど)
の三つに分けられる。
 
いずれも財務的に定量化が困難なため貸借対照表には記載されず、①や②は損益計算書で費用として処理されている。この結果経営者は、インタンジブル・アセットを無形資産として認識せず、費用の増加として捉える。費用便益分析の立場からすれば、「経費の増大」であるゆえ、経営者は経費削減対象としてインタンジブル・アセットをやり玉に上げるわけである。高度情報化社会では、これが「金の卵」を踏みつぶすに等しい愚行なのだ。
 
インタンジブル・アセットが有効な働きをするためには、その組織が効率的でかつ、効果的な知識創造においてよいパフォーマンスを上げる必要性があり、いくつかの条件を備えなければならない。これは「組織IQ」と呼ばれているが、CIOの設置がこれに深い関わりを持っているのである。この点でも、CIOは「IT管理人」でないのである。
 
「組織IQ」は、1999年にメンデルソンらによって提起された概念である。
  ①「外部情報感度」。外部で起きている変化に対する情報感度。
  ②「内部知識共有」。企業内部での情報を共有化する。
  ③「効果的な意思決定機構」。意思決定の迅速性を確保する。
  ④「組織フォーカス」。組織の価値観や戦略などが組織としての決定に効果的に機能する。
  ⑤「継続的なイノベーション」。継続的に革新を行うマインドが組織内に存在する。
 
この「組織IQ」は、本連載4回目に取り上げた「デジタル組織7原則」の基礎概念に当たる。ここで注目すべきは、「組織IQ」の高い企業ほど、利益率や成長率において優れたパフォーマンスを残しているという事実である。これはインテンジブル・アセットが効率的に組織されている結果であって、「IT投資1ドル」だけでは、いかんともし難い現実が横たわっている。
 
日本企業は、情報の感度が低いとされている。組織は閉鎖的で、知識共有の価値も十分には理解していないとする分析結果がある。一方、会社全体の行動方針が決まると効果的に動き出す。これは、日本が江戸時代から「集団中心的」という独特のビヘイビアを取ることの現れであって、情報の認識から行動決定までの時間差が存在する事実を示している。
 
三、四百年前もの「伝統的な思考・行動」が今もなお生き続けている点には、ただただ驚くほかない。日本企業のぐずぐずしたこの「特質」を認識して早急に是正しなければ、現代の「ビジネス戦争」において敗者は必至である。
 
「インタンジブル・アセット」というと、何か高尚なイメージが付きまとうが、これを平たく言い換えるならば、「IT導入にあたり業務改革をしているか」という言葉に尽きるのである。ただ、「業務改革」という一言ですましてしまうと漠然として?み所がない。そこで、「組織IQ」とか「デジタル組織7原則」という言葉を使って、その内容を明確化させて、注意を喚起している面もある。
 
(表1)IT導入に伴う業務改革の取り組み状況(単位:%)
【出展】NTTデータ経営研究所編『CIOのITマネジメント』(2007年)
(備考)成功企業、失敗企業はアンケート調査で、IT投資への主観的な満足度を用いている。その結果、成功企業は34%、失敗企業は18%、平均的企業は48%の分布である。
 

(表1)はIT導入に伴い業務改革をあわせて実施している場合、業績が向上するという結果が読み取れる。成功企業では、IT導入にあたり新しい業務体制や業務フローの整備に「力を入れて実施している」が、19.2%、失敗企業では7.1%とこの差は12.1ポイントにも及んでいる。平均的企業ではこれが2.7%であり、業務改革を行わずしてIT投資をすることが、いかに無謀であるかを示している。

最近、脚光を浴びている言葉にMOT(技術マネジメント:マネジメント・オブ・テクノロジー)がある。このMOTも実はインテンジブル・アセットの延長線において捉え直すことが可能である。社内の無形資産を再編成して生産性の高い組織に作り直す。これにより新しい技術を産み出す可能性に対して、CIOは貢献できる余地がきわめて大きいのである。社内の眠れる無形資産を体系化づけ、内外の情報を一本化できれば、私はCIOがMOTの先頭に立つ時代がくると見ている。

その根拠は、次の点にある。通常、新製品は、①製品化する「技術開発力」、②それを商品化(高品質・低価格・利便性)する「製造技術力」がセットになる。これらの場合、いずれも社内に蓄積されている諸データの解析等によって道が開かれる可能性が強い。技術に素人の私が「越境発言」することは慎まなければならぬとしても、CIOがその本来の役割を果たすならば、当然、そこまで進む可能性の存在を強調したいのである。

アメリカ大企業のCIOの発言を読んでいると、実に彼らがその役割に対して積極的に取り組んでいる姿が読み取れる。「CIOは『変革の主導者』であるべき」、「IT技術者を『ビジネス技術者』に養成」、「IT部門で『ヒトづくり』、年間14億ドルのROI(費用効果)を最大化」、等々の発言に接するとき、一体、日本企業のCIOはどうなっているのか。こういう疑問と焦燥感を抱かざるを得ない。

冒頭、指摘したように世界的な景気後退に見舞われているなかで、CIOは何をすべきか。CEOともども足下の「金鉱」である、手つかずのインタンジブル・アセットを掘り起こすチャンスである。知恵を働かせば、世界的な景気後退も克服する方法はいくらでもある。問題は、それに気づかず見過ごしている点にある。

次回は、「CIOと内部統制政策」について取り上げる予定である。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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