概要
わが国のインターネット利用人口は着実に増加を続け、いまや9,000万人を超えるという状況の中で、現代ビジネス社会はどのように変わってきたのでしょうか。そして、何が変わっていないのでしょうか。世界がネットワークによって一つに繋がれば繋がるほど、一人ひとりの個性がはっきり浮かび上がってきます。目先のトレンドや技術革新に、近視眼的に目を奪われないで、わたしたちが生きているe(electronic)の時代の進むべき方向を見定めましょう。
簡単にいえば,インターネットが人間の生活の与えた特筆すべき特性は,グローバルな情報流通に,時間という観念が不要になったこと,バーチャル(仮想)空間を創出したこと,そして,従来のメディアにはない優れた双方向メディアとしてコミュニケーションを変容しつつあるという三つです。
まず,時間と空間の超越について考えましょう。 「グローバルな情報流通に時間の観念が不要になった」とは,言い換えれば,ビジネスプロセスを可視的,同期的に把握できるようになったことです。たとえば,宅配便に委託した品物の所在がいつでも確認できるのが身近な例ですね。
この機能による(調達を含む)物流の可視化は,SCM(Supply chain Management)を抜本的に変革し,また,デザイン,製品化,販売というプロセスにおける顧客情報の同期的把握は,流通システム全体の再設計を可能にしました。製品の販売以前から,販売後までの一連のビジネスプロセスを統合化することで,もっとも効率的で,かつ顧客サイド(起点)に立った商品提供が可能になりました。アパレル産業における成功事例などについて後で詳しく見ていきましょう。
もうひとつは,「バーチャル空間の創出」です。従来は,リアルなビジネス環境における競争がビジネスの本質でしたが,インターネットが無限のバーチャル空間をビジネス社会に提供しました。たとえば,松井証券が,リアルな店舗と営業社員という従来型の証券業ビジネスモデルをやめ,インターネットによって営業行為に人間を介在させないオンラインのビジネスモデルを構築して成功したことはあまりにも有名です。
インターネットとマーケティング・パラダイムの改革論
古来,新しいメディアの出現は,常に人間の「身体機能の拡張」(マクルーハン)をもたらしてきました。「情報のデジタル化」による新しいビジネスモデルの創造と,「時間と空間の超越」によるビジネスプロセスと構造の変革というのも,そういう意味でビジネスパラダイムが抜本的に変革したというものでもありません。
前回申しあげたように,インターネットという新しいメディアの出現によって「価値創造と価値移転」という経済活動の本質が変わったわけではないという視点は忘れないようにしたいと思います。驚天動地の黒船騒動のような発想でICT技術の進歩に飲み込まれないようにしたいものです。
しかし,一方で,インターネットが画期的メディアであるといわれる所以は,何といってもコミュニケーションにおける「双方向性」です。これがビジネスの技術的革新ではなく,マーケティング理念を抜本的に変革しようとしています。よくいわれる売り手と買い手の情報非対称性のビジネス構造変化はもちろんのこと,ビジネスにおけるコミュニケーションのありようそのものを変革するものです。
インターネットの利便性という目先の視点にかまけている間に,情報社会と商取引形態の基本構造が大きく変わり始めていることを再認識する必要があります。また,そこにこそ,新しいビジネスチャンスが開けているのです。 次回は,このコミュニケーションの「双方向性」を道標にして,「パーソナル・マーケティング化」について深めたいと思います。
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筆者紹介
広島経済大学経済学部教授(メディア・マーケティング論,e-マーケティング論,企業広報論,災害情報論)
阪神淡路大震災時(1995.1.17)は,関西大手私鉄広報マネージャー。広報室長兼東京広報室長、コミュニケーション事業部長を経て,グループ会社二社の社長。50歳台前半に大学教員に転じ,2004年4月から現職。体験的な知見を生かした危機管理を中心とした企業広報論は定評がある。最近は,地域の防災や防犯活動のコーディネーターをつとめるほか,「まちづくり懇談会」座長として,地域コミュニティの未来創造に尽力している。著書に『災害情報とマスコミそして市民』ほか。
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