ICTが正す企業文化と倫理

第3回 コンプライアンスとCSR

概要

「コーポレートガバナンスや内部統制について、その見直しや強化が叫ばれる昨今、競争と効率性の追求をその本質に秘めたままの企業社会はこれからどこに向うのだろうか」について連載シリーズとして掲載いたします。

コンプライアンス(compliance)とは、「(要求・命令などへの)応諾・服従・承諾」(リーダース英和辞典)と訳され、1960年代からアメリカで用いられはじめた法務関連用語です。一般的には、これを「法令遵(順)守」と解釈していますが、法令にとどまらず倫理や道徳を含む「社会規範全般の遵守」を指すと考えられています。(さらにすすんで、自主的な情報公開や社会貢献まで含める考え方もありますが、CSRが重要視されるようになった現在、そこまでの含意は不要だと思います。)

そして、このような消極的な規範遵守の発想とは違って、企業が自らその社会的存在意義を自覚し、その責任を全うするため積極的に行動する必要があるというのが企業の社会的責任=CSR(corporate social responsibility)の考え方です。今回は、この二つの概念について整理しておきたいと思います。

法令を守ることもできないなんて!

ここ数年、にわかに信じられないような企業の法令違反や粉飾決算などが立て続けに発覚しています。企業がコンプライアンスの原初的な意味である「法令の遵守」ですら十分にできない異常事態であるといわざるを得ません。コンプライアンスの重要性が叫ばれるようになった背景には、このような反社会的行為により、企業が消費者や取引先をはじめ社会の信頼を損なうような事態が頻発していることがあります。特に最近は、内部告発者保護などの法整備もあって、今まで発覚しなかったような不祥事もどんどん白日の下に晒されるようになってきました。

ところで、わたしたちは企業人である前に社会人として、さまざまな規範や倫理や道徳をよりどころにして日常生活を送っています。社会生活においても、規範を守らない不逞の輩はいますが、多くの人々はお互いに決めたルールを守ることを心がけ、そのお陰で社会秩序が維持されているのです。

ところが、そういう人が企業人として組織に入ると、企業として守るよう定められた法令や社会規範を、いとも簡単に無視してしまうことがあります。組織というのは、ときとして、個人の責任感を曖昧にしてしまうようです。企業内ではすべての人々が同じ目的(ビジネス上の成功=利潤の追求)に向って相互補完しながら行動しますから、多種多様な価値観に晒される社会生活のような個人責任を認識しにくいのです。これを正していくには、さらなる個人の規範意識の高揚はいうまでもないことですが、企業自体の目的を再構築し、組織全体がそれを認識して行動することが不可欠です。

企業理念・企業風土の重要性はここにあります。すなわち、コーポレートガバナンスを見直し、社員行動の監視を強化することで企業不祥事が根本的に撲滅できるものではなく、そういう不祥事を発生させる可能性のある企業理念や企業風土を見直すことが重要なのです。

そう考えると、ICTによる内部統制(日本版SOX法など)も、がんじがらめに社員の行動を記録したり統制したりするのではなく、清く正しい企業内コミュニケーションの充実こそがその目的を達成するということがご理解いただけると思います。

企業の社会的責任論

コンプライアンスというのは法令や倫理や道徳という所与の規範に対し、企業や企業人がどのようにそれに応えていくのかという受動的なテーマですが、社会的責任論というのは、企業という社会的存在が果たすべき役割とは何だろうかという能動的な考え方です。

特に、グローバルに企業活動が展開されるにともなって、先進工業国が追い求めてきた独善的な経済的成長(利潤確保)の価値観だけでは、すべての人類の共生は到底達成できないことが明らかになりつつあります。また一方、先進国における企業評価についても、資本主義の成熟化のなかで、多様な視点が育まれつつあります。そして、トリプル・ボトムラインと呼ばれる社会、経済、環境の三つの価値を基礎にしたバランスの取れた企業行動が求められています。

これは、人類社会の高度化であり、企業のありようの大変革なのです。この新しい流れをコンプライアンスと同じように企業に対する社会的要請であると受動的に捉えていると認識を誤ります。そのような受身の姿勢で企業の社会的責任を論じることは正しくありません。

CSRとしては、「地球環境問題への対応」、「誠実な消費者対応や個人情報の保護」、「社会貢献や地域社会参加」 などがあげられますが、それらは個別に存在するものではなく、CSRの精神の基づく企業行動のすべてが対象になります。

最近は、株式市場や格付機関が企業評価の尺度としてCSRの視点を取り入れるようになってきました。EU諸国ではCSRの視点を取り入れた投資(社会的責任投資=SRI:socially responsible investment)」)という考え方が重要視され、環境・社会・倫理面の評価を基準に投資先を選定した投資信託商品が発売されています。

アナン国連事務総長が1999年1月にダボスで開かれた世界経済フォーラムで提唱し、2000年7月に発足した「グローバル・コンパクト」では、人権、労働、環境の三分野9原則に、2004年に追加された腐敗防止の10原則が企業行動の指針として示されています。

宇宙船地球号の未来

CSRは、経済活動のグローバリズムにともなう大きな潮流です。わが国でも1980年代に多くの企業が取り組んだ社会貢献やフィランソロピーもその一部ではありますが、さらに広い視野で考えることが必要です。もちろん、サステナビリティ(持続可能性)という用語も、環境問題だけを指すものではありません。このかけがえのない地球でこれからも人類全体が持続的に発展していくための企業行動が求められているのです。

このようなグローバルな視野で、企業の存在意義や行動を問いかける動きが進む中で、一方では、冒頭に述べたような企業不祥事が後を絶ちません。しかし、わたしは、これが人間精神の荒廃だとか、現代資本主義の本質であると信じたくありません。こんなにも豊な社会を築いてきた企業の力や社会貢献をあらためて評価しつつ、これからの企業のありようも含めた抜本的な企業活動の見直しを急がなければなりません。

 

次回は、いよいよ、コンプライアンスやCSRの達成とICTがどのように結びつくべきかという難しいテーマに取り組んで生きたいと思います。

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筆者紹介

松井一洋(まつい かずひろ)

広島経済大学経済学部教授(メディア産業論,eマーケティング論,災害情報論) 1949年生れ。大阪府出身。早稲田大学第一法学部卒業。阪急電鉄(現阪急HD)に入社。運転保安課長や教育課長を経て,阪神淡路大震災時は広報室マネージャーとして被災から全線開通まで,163日間一日も休まず被災と復興の情報をマスコミと利用者に発信し続けた。その後,広報室長兼東京広報室長、コミュニケーション事業部長、グループ会社二社の社長等を歴任。2004年4月から現職。NPO日本災害情報ネットワーク理事長。著書に『災害情報とマスコミそして市民』ほか。

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