leave no one behind
「誰一人取り残さない(leave no one behind)」
(2015年に国連総会で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)の原則)
「ここまでは用意しておきましたよ」。
副理事長の声がドアを開けた時に聞こえてきた。
2020年12月1日(火)の夕方。
大きな突発的な障害がどうか客先で起こりませんように、と祈りながらオンラインでのライブ授業が開催される会場まで足で運んだ。
仕事とボランティア活動にはちゃんと線を引いてはいるが、マネージャーには「実はこの日、ボランティア活動の一環としてオンラインでのライブ授業が開催されるので、どうか、仕事で問題があってもその時間だけは持ちこたえていてほしい。最悪の場合はそのライブ授業が終わったら、すぐに対応する」ということをお願いした。
2020年2月に「今から客先に行け」と言ったあのマネージャーに。
まさかここで借りていた貸しを返すということなるとは、思ってもみなかった。
ちなみにこの年下のマネージャーから「時には背中で説明することも必要ですよね」と言われたことがある。
なるほど、言葉での説明も必要だが、実際の態度や行動で説明する必要があると。
どんなに素晴らしき理想を語ったところで、態度や行動が何一つされていなければ、それほど滑稽なこともないであろう。
会場に向かう途中、頭の中は仕事モードからオンラインでのライブ授業への手順などの再確認へと切り替わっていった。
同じITとしての分野には問題がない。
たとえ、自分のフィールドで問題が起きても動じない、コントロールしてやろう、とその点は自信がある。
一方、教育とボランティア活動として、中学生や高校生がかかわる授業となると、「大人の事情で」という言葉、理由は成り立たない。
これから社会に巣立つための準備をしている子供達の前では、無様な態度、行動は差し控えたい。
「失敗をみせるのも教育のうち」と割り切ってもよかったが、そのカードを切るにはそれ相当の覚悟が必要だ。 (だいたい、最初から子供達をがっかりさせたいと思うだろうか?)
例えばスポーツではどうだろう、試合では最後まであきらめずに戦うであろう。
ライブ・コンサートではどうだろう、「この曲をかっこよく決めるから、よく見ておいて」と観客へ見せつけるであろう。
で、あればだ。
純粋に子供達には明日への夢を見せてあげたい。
内なる情熱は内なるものとして、クールに決めたい。
そう、熱い言葉だけではなく、行動や態度でのサポート役として、このオンラインでのライブ授業を成功へと導こう。
そんな自分なりの”解”を導き出して会場に到着し、先の副理事長の声を聞いた。
既に会場ではお願いをしていた机や椅子の設置はもちろん、プロジェクターの設置、PCの設置までを理事長、副理事長が終えてくれていた。
「時間がない中、大変助かります。ありがとうございます。後は僕のほうで」と答えた。
そこからは筆者の出番だ。
仕事の延長のように、持参したPCとプロジェクターを繋げた。
参加する中学生が使用するPCの電源を立ち上げ、サインインし、Zoom使用の準備まで仕上げた。
ぞろぞろと人が集まってくる。
ボランティアスタッフはもちろん、役所の方々、教育委員会の方々。
気づけば、某大手新聞社の編集局員とカメラマンまで来ている。
思っていた以上に人が多かったが、来場者の検温、手洗い、マスクの着用、窓を開ける、といった基本的な新型コロナウイルス予防対策も怠らなった。
あちこちで談笑が聞こえてはきているが、こちらは今日のオンラインライブ授業の成功で頭がいっぱいだ。
仕事の延長とはいえ、教育やボランティアという要素が初めて入るこの作業は、ダブルチェックならぬトリプルチェックまでしていた自分を客観視すると、なんだかんだと言いながらも緊張していた。
そうこうしている間に、今回のオンラインライブ授業の先生役となる高校から、会場での手伝い要員として3人の高校生(女子生徒2名、男子生徒1名)が来てくれた。
そう、これから筆者とチームを組むメンバーだ。
彼らとあいさつをし、簡単な打ち合わせが始まった。
聞けば、中学生達のサポートとしてオンラインライブ授業の現場に直接足を運びたい、と自ら志願したのだそうだ。
この新型コロナウイルスというご時世に、自ら手を挙げて来場してくれたことに対し感謝の言葉を伝えたが、その感謝の言葉はまだ準備レベルだったことが後にわかることになる。
ほどなくして中学生が集まってきたが「これから何がどう始まるだろう?」という表情が見て取れた。
PCの前に中学生を誘導し座ってもらい、早速、来場してくれた高校生がこれからについて説明してくれている。
12月1日(火) 17:20
17:30から第一回オンラインでのライブ授業開始にあたって、カメラ、スピーカー、マイク、プロジェクターを繋いだPC上で、ミーティングIDとパスコードを入力し、Zoomミーティングに参加した。
参加したZoomミーティングはプロジェクターを通し大型スクリーンに映し出され、このオンラインライブ授業を高校側で取り仕切る担任の先生の顔が映し出された。
「こんばんは、こちらの声は聞こえていますか? 見えていますか?」という担任の先生の声が聞こえてきたとき、会場からちょっとした騒めきが起きた。
「こんばんは、高校側は見えていますし聞こえていますが、こちら側からの声などに問題はありませんか?」と筆者が応えると、通信環境に問題がないことを確認した。
会場のちょっとした騒めきをよそに、今日の簡単な打ち合わせをした。
12月1日(火) 17:30
第一回オンラインでのライブ授業が開始された。
部活の関係で遅れてくる中学生がいることを承知したうえでの開始でもあった。
筆者から「それでは第一回オンラインでのライブ授業を開始します」と宣言し、すぐに高校側で取り仕切る担任の先生へ司会のバトンを渡した。
中学生も大人も大型スクリーンに映る担任の先生を見ながら、スピーカーから聞こえてくるオンラインライブ授業の説明を聞いた。
– 前半30分は大型スクリーンを使用し、お互いの自己紹介ゲームを実施
– 後半30分はZoomのブレイクアウトセッションを利用して1対1のライブ英会話を実施
この説明の間、某大手新聞社のカメラマンのシャッターを切る音が聞こえてきた。
部屋の中は緊張という静寂さも手伝って、より鮮明にシャッターを切る音が聞こえる。
中学生は純粋にこれから何が起きるのかと、その説明を聞いている
来場している高校生はこれから行われる授業内容を頭の中で復習するように、その説明を聞いている。
大人たちは、自分たちの学生時代にはなかった方法での授業がまさしく行われるという現実を直視して、その説明を聞いている。
そして筆者は問題が起きないようにITエンジニアとして、このオンラインでのライブ授業をコントロールしている。
まもなく、お互いの自己紹介ゲームが実施された。
大型スクリーン越しで、今回担当してくれている高校生達の簡単な自己紹介がさわやかに行われた。
次に部活の関係で遅れてくる中学生以外で集まった7名の中学生の簡単な自己紹介が、はにかみながらも行われた。
大型スクリーン越しの高校生と会場の中学生との間にある見えないギャップを埋めるべく、来場してくれた3人の高校生が能動的に中学生の緊張をほどき、大型スクリーン越しの高校生へ会場の状況を伝えてくれていた。
英語授業の内容へ話が進んで行き、”場”が暖まっていく、ギアがチェンジされ想いが加速していく。
相変わらずカメラマンのシャッターを切る音はするが、先ほどまでとは違い、そのシャッター音から感じる緊張感は薄れていった。
と同時に、大人たちの中では、場の邪魔にならない程度でひそひそと話をしているのもわかる。
この時点で「残りの作業は、ブレイクアウトセッションを利用した1対1のライブ英会話への切り替え以外は、安定稼働に注視するだけ」という、気持ちだった。
目の前に繰り広げられているZoomを使用してのオンラインに真新しさはない。
いつも繰り広げられている光景だ。
しかし、10代の学生よりも、集まった大人のほうがこの光景にびっくりしている。
この技術という言葉を使うのが大袈裟なほどのこの普段の何気ないオンラインでのやりとりに、集まった大人のほうがより関心を持ってくれているのは意外だった。
誰でもできそうなこのオンラインの方法と構築を、筆者が登場するまで誰一人実現できなかったのが不思議だ。
一方、我々ITエンジニアが無意識に持っている技術はまだまだ世間一般には浸透しておらず、思っている以上にその技術を必要としているのでは?と。
それもZoomを使ったオンラインという簡単なシステムでさえも。
であれば、どうその技術を還元しようか?という自分の立ち位置を発見した気持ちでもあった。
12月1日(火) 18:00
一台のノートPCに中学生二人がついてZoomのブレイクアウトセッションを利用して1対1のライブ英会話が開始された。
懸念していたハウリングもなく、中学生は画面を注視し、来場してくれた高校生はそれぞれの役割を果たしてくれている。
さっきまで、ひそひそと話をしていた大人たちが身を乗り出すどころか、ノートPCを見ている中学生の後ろまで来ている。
その時、部活の関係で遅れてきた中学生が部屋に入ろうとした瞬間、その中学生が足を止め部屋に入るのを拒んだという話が聞こえてきた。
急遽、元教師だったボランティアスタッフがその中学生へ何やら話をしている。
そのボランティアスタッフが部屋に戻ってきて筆者にこう伝えた。
「部屋に入ろうとしたら、みんなが急に自分へ注目したため、怖くなって部屋に入れなくなった」と。
何人かのベテランボランティアスタッフがなだめに行ったが、それでもその遅れてきた中学生は部屋へ入ろうとしない。
筆者が見に行くと、その中学生は目を真っ赤にしている。
さすがに、それは予想外であり想定外の出来事であった。
教育者としての経験をもってしても、その遅れてきた中学生を説得できず、ではITエンジニアとしては何ができようか?
ふと、SDGsをライフワークとしている両親が筆者にまるで自分のことのように自慢げに話した内容を思い出した。
「SDGsの原則は”誰一人取り残さない”ということだ」と。
そう、その遅れてきた中学生を取り残してはいけない。
もし嫌だったらとっくにこの場から立ち去り帰宅しているであろう。
しかし、目を真っ赤にしてもなんとか部屋の前でとどまっている。
きっと、本当はその英会話に参加したいのだろう。
一方、終了時刻の18:30が迫ってきている。
他のボランティアスタッフも打つ手なしのような状態になったと知った時、仕事柄、この問題のエスカレーションポイントを自分の頭の中で探してみた。
そして、最後のエスカレーションポイントを見つけ、そのアイデアに掛けてみた。
来場してくれている高校生のうち、二人の女子高生に筆者から声をかけ、事情を説明した。
「…ということで、本当は英会話に出席したいのに、この部屋に入ることができない中学生がいます。ここにいる大人たちが説得しなだめたのですが、部屋に入ってはくれませんでした。どうか、歳が近いお姉さんという立場で、そのナイーブな中学生をこの英会話に参加してくれるよう手伝ってくれませんか? せっかく、ここまで来てくれています。でも、オンラインでのライブ授業に参加できなかったとなれば、やりきれないです。なんとか、力を貸してくれませんか?」
筆者の事情説明が終わり頭を下げたと同時に、二人の女子高生が足早にその中学生へ駆け寄っていった。
(続く)
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筆者紹介
1971 年生まれ。秋田県出身。
新卒後商社、情報処理会社を経て、2000 年9 月 都内SES会社に入社し、IT エンジニアとしての基礎を習得。
その後、主に法律事務所、金融、商社をメイン顧客にSLA を厳守したIT ソリューションの導入・構築・運用等で業務実績を有する。
現在、主にWindows 系サーバーの提案、設計、構築、導入、運用、保守、破棄など一連のサポート業務を担当。
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