現場から  オールドノーマルからニューノーマルへの転換 2020 年 - 2021 年

第7回 楔(くさび)のパス

概要

ニューノーマルに変容していくこの時代を一緒に考えていこう

目次
楔(くさび)のパス

楔(くさび)のパス

 

楔(くさび)のパス / (サッカー用語の一つ。相手の陣でできた隙間へ攻撃のパスを出すこと。総じて攻撃のスイッチを入れるための縦パスを意味する)

 

 

2012月1日(火) 18:05
足早にその中学生へ駆け寄っていった二人の女子高生が、参加したくても参加ができない涙目の女子中学生に話しかけている。
二人の女子高生からどういう連絡があっても対応できるように、筆者は彼女らの動向をちらちら見ながら遠くから見守っている。
そして、参加できない女子中学生がいつでも参加できるように、PCとZoomといった技術的なところの準備も祈りを込めて整えている。

 

一方、引き続き、目の前で繰り広げられているZoomのブレイクアウトセッションを利用して1対1のライブ英会話も裏方として仕切っている。
この1対1のライブ英会話は活気があった。
画面越しから英語を教える高校生は得た知識を受け渡し、中学生は引き渡された知識を得ている。
それはただの英会話にすぎない光景であろう。
しかし、その中学生の後ろに陣取る大人たちの興味心が、お互いの画面越しでのその英会話を一層集中させている。
とうとう、その中の大人の一人が興奮したのだろう、中学生と一緒に英会話に参加している。
さすがにその光景を見たら「おいおい、主役は高校生と中学生だろ?」と頭を抱えてしまったが。

 

 

下世話かもしれないが、一体、その二人の女子高生はナイーブな女子中学生に何を話していたのかと今でも思う。
どういう話し方で、どういう内容で、どう諭してくれているのかな?と。
思い返してみれば、社会人になり最初の仕事は飛び込みの営業だった。
いかに決定権者までたどり着き、売り込み、契約までこぎつけるか。
いうまでもなく、そこには売上というお金という要素が必ず入り込んでくる。
それを否定しようとは思わない。
社会人になり、成長していくこと自体、どんな姿であれ、それはすてきで素晴らしいことだ。
そしてこの原稿を書いているこの瞬間もまた、肉体的に精神的に成長は行われている。
一方、思う。
成長していくからこそ、無くしていくもの、失っていくもの、そして、捨てざるを得ないというものがあるのかもと。
それはトレードオフが存在するということ意味する。
ナイーブな女子中学生に寄り添う二人の女子高生を見た時、筆者が、いや、ほとんどの大人が成長過程でトレードオフとして無くしてしまったあの”要素”を使ってくれているのではと。
では、その要素とは?
10代特有の感性、知識、成長という過程における純粋無垢な情熱…。
残念ながらちゃんと的確にこの場で言葉として表現できないのは、すでに失ってしまっているからだと開き直るしかない。
しかし、開き直ろうがなんだろうが、予想していなかった出来事にカウンターを狙うには、この状況を打破するには、二人の女子高生への”楔のパス”をすることが自分のできる精一杯の対応だった。
もちろん、パスをしたからといってそこで足は止めない。
同じフィールドにいる仲間としてその問題打破という攻撃に一緒に参加する。

 

閑話休題、話を進めよう。

 

 

12月1日(火) 18:15
あの女子中学生へ再び目を向けた。
寄り添っている高校生の一人が電話をしている。
何か進展でもあったのだろうか?と祈りながら彼女らに近づき話を聞いてみた。

 

女子高生 「高校側で準備ができているか、最終確認しています」
筆者 「ありがとうございます。わかりました。こちらのほうはいつ席についても開始できるよう準備は万全です」

 

その会話後、すぐ自分の持ち場へ戻るや否や、目を真っ赤にしながらも、自らの意思で自分の足で教室の中へ女子中学生が入ってきてくれた。
それを後ろから優しくサポートする女子高生の姿があった。
そして、そのナイーブな女子中学生は席に着き、PCを前にして画面越しに英会話ライブ授業への参加を今までの時間を取り戻すように開始した。
何人かの元教師のボランティアとアイコンタクトを取り、軽く頷いた。
その頷きは安堵でもあり、何より誰一人取り残すことなくこのオンラインの英会話ライブ授業に参加できたという嬉しさの意味でもあった。
もっといえば、自らの意思で部屋に入ってきてくれたことが嬉しかった。
ただし、何が起きるかはまだわからない、気を引き締めよう。
本田宗一郎氏の本で「百里の道は九十九里して半分とする」と書かれていたことを思い出していた。

 

 

12月1日(火) 18:30。
Zoomのブレイクアウトセッションが解かれ、再び、プロジェクターから移るスクリーンに高校側の先生よりこのオンラインライブ授業の締めの言葉に入った。
この新型コロナウイルスという厄介な問題があっても、勉強という基礎は大事にしなければならない、そんな内容だったと記憶している。
室内では大きな拍手とともに、高校側とのオンラインライブ授業が終わりプロジェクターから映るスクリーンの光がオフになり、理事長の簡単なあいさつを経て閉会となった。
全ての中学生が部屋から帰宅の途につき、それを見守りながら大人たちは今日の感想を談笑し話し合っている。
気づけば某大手新聞社のカメラマンもカメラをボックスへ閉まっているが、編集局員はボイスレコーダーを片手にインタービューをしている光景が見えた。
本来はそんな熱気をよそにPCや机を片付けに入らなければならないのだが、その前にどうしてもしなければならないことがある。
最後のチャンスと祈りを込めて放った”楔のパス”を受け取り、想定外だった出来事を見事なまでに解決まで導いてくれた高校生たちに、最大限の感謝の言葉を伝えなければならない。

筆者 「今日は大変な中、ありがとうございました。そして、何よりナイーブな中学生に対応してくれたことに、本当にありがとうございました。自ら部屋に入り英会話授業に参加させるという大役を、想定外だったとはいえ、とっさに動いてくれたこと、ここにいる大人を代表して感謝を申し上げます。」

そう言って深々と頭を下げた。
高校生たちは「いえいえ」といいながら、はにかんだ感じで会釈してくれた。
その会釈は謙虚な態度ながらも自信が満ちていたことを感じ取った。(まったく、どっちが大人なんだ?)


自分なりに最大限の感謝と賛辞を伝えた高校生たちも部屋から帰宅の途につき、観覧者の大人たちもだんだんと部屋から帰路につく。
筆者は、スクリーンをしまい、プロジェクターをしまい、全てのPCをシャットダウンするといった、裏方としての作業を行っていた途中、某大手新聞社編集局員のインタービューを受けた。
インタービューを受けることはないであろう、と思っていたのでびっくりした。
その編集局員から挨拶を受けて最初に感じたのは「凛とされているな、それは幾千にもわたる現場を踏んできたからであろう」という雰囲気だった。
片手にボイスレコーダーを持ちながら名刺交換をして簡単なインタービューが始まった。

 

編集局員 「このボランティア活動をしようとしたきっかけは何?」
筆者 「だって、よく考えてみてください。この子たちに投資しないと僕らの年金がもらえなくなってしまうんですよ? だから、この活動に参加しているんです。」

 

内なる情熱は語らず、シニカルといえる現実をユーモアで伝えてみた。
編集局員はフッと笑い、インタービューはそれで終わった。

 

続々と人々が帰宅し、机や椅子を片付ける頃にはコアのボランティアスタッフの数名しか残っていなかった。
理事長、副理事長やスタッフからもねぎらいの言葉をいただいたが、かっこつけて「ありがとうございます。でも、ここは勝って兜の緒を締めるということで」と言ってテレを隠した。

 

部屋の電気を消し、スタッフに感謝と別れのあいさつをして家路へ。
帰宅するまでの間、頭の中で技術的な点における一人反省会をしていたのは、もう職業病であろうが、一方、どうしても想い考えることがあった。
それは18:05 – 18:15のあの高校生たちと中学生の会話がどういう内容だったのかな?と。
”楔のパス”を受け取った後の内容は?と。
そうして、12月1日という日が終わった。

 

 

その後、年末という佳境を迎える中で、メールを受信した。
それは取材してくれた某大手新聞社編集局員からのメールだった。
内容はIT系のトラブルシューティングの依頼だった。
どうしようかとマネージャへ偽りなく相談をしたら「それはもう、副業という形でいいですよ」と白紙委任状を受け取った。
そして、12月30日(水) 19:00、2020年の全ての仕事を終え、普段なら縁もなく入館できることもないであろう某大手新聞社に出向いた。
編集局員が待っていてくれた。
早速、会議室まで通され、IT系のトラブルシューティングの作業が開始された。
結論からいうと、そのトラブルシューティングは残念ながら解決はできなかった。
一方、本来であれば自社のIT部門に依頼するところに対し、なぜ筆者に?という疑問があり、率直に質問したところ、あの「この子たちに投資しないと年金がもらえない」というインタービューへの返答を覚えていてくれていたということだった。
それを知った時、堰を切ったように編集局員へ話をした。
まるであの部屋に入りたくとも入らない中学生が部屋に入るように、自分が持っていた内なる情熱を話し始めてしまっていた。
そうなると大人気もなく止められない。
その情熱はもちろん、普段は聞けない現場のジャーナリズムのあり方、記事の書き方、これからの報道という役割といった多岐にわたっても話をしてくれた。
まるで、編集局員はそこまでお見通しだったのだろうか?と今にして思う。
「実は、あるサイトでコラム執筆しています。本職、それも某大手新聞社のかたにいうのは恐れ多いことですが、世間さまへ一言、言いたくその場を借りて伝えております」と言った。
そうしたところ、某大手新聞社編集局員が出版された本をいただいた。
その時に、こうおっしゃってくれた。
「伝えたいことがあると言うことは良いことです。大事にしなさい。」と。
そう、筆者もまた”楔のパス”を受け取った一人だった。

 

 

新型コロナウイルスの問題が解決しないまま、大みそかを迎え2020年が終わった。
そして、みんな等しく2021年を迎えた。

 

 

(続く)

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筆者紹介

藤原隆幸(ふじわら たかゆき)
1971 年生まれ。秋田県出身。
新卒後商社、情報処理会社を経て、2000 年9 月 都内SES会社に入社し、IT エンジニアとしての基礎を習得。
その後、主に法律事務所、金融、商社をメイン顧客にSLA を厳守したIT ソリューションの導入・構築・運用等で業務実績を有する。
現在、主にWindows 系サーバーの提案、設計、構築、導入、運用、保守、破棄など一連のサポート業務を担当。

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