- 目次
- 死を招くワンオペ
- 様々なワンオペ、そしてワンオペ育児
- ワンオペに共通する課題
- ひとり情シスの現実と悪夢
- ひとり情シスの仕事の範囲
- ひとり情シスの不安と対処
- 「ワンオペ」を無くすには、いや無くせるのか?
死を招くワンオペ
2022年1月に、大手牛丼チェーン(*1)の店舗で、早朝にアルバイトの女性店員(58歳)が倒れ、誰にも発見されないままに死亡するという事件がありました。通称ワンオペ死亡事故です。ワンオペ、正確には ONE MAN OPERATION つまり一人で全ての作業をやりくりすることを意味します。今回は、このワンオペについて語りたいと思います。ワンピース(*2)ではありません、ワンオペです。
様々なワンオペ、そしてワンオペ育児
ワンオペというと、深夜・早朝のコンビニ、ファストフードでよく見かけますが、最近では「ワンオペ育児」という言葉もあります。家事・育児を在宅で1人で行うことです。特にネットで使われることが多いようです。さらに「ワンオペJOKER」(*3)というマンガもあり、ワンオペ=ワンオペ育児というイメージに強めています。
ワンオペに共通する課題
コンビニやファストフード店でのワンオペについては、深夜という時間帯、客がほとんど来ない状況=ほぼ待機状態での稼働が多いです。人件費を削減するために、作業量が激減する時間帯をワンオペとすることは、経営的には正しいといえます。作業がないのに時給を払うなんて、ムダですよね。また、暇な時間に多数の人数を配置すると、発生するのが、おしゃべり、スマホ、さらには集団バイトテロ。そのため最低限の対処が可能なワンオペで対応しようとするのですが、まったく経験のない人や健康上問題のある人でワンオペすることは、メリット以上のデメリットが発生します。
ワンオペ要員 | 課題やリスク(内在する要因) | 発生する問題(デメリット) |
未経験者 | スキル・経験不足 | 作業自体が充分にできない |
健康上問題 | 作業中の発症時リスク | 人身トラブルの可能性 |
ニートやコミュ障(*4) | 対人作業の難易度高 | コミュニケーショントラブル |
そもそも、仕事も満足に出来ないヒトをたった一人で仕事をさせる(=ワンオペ)のは、どう考えても無理。ワンオペがいけないのではなく、そのようなヒトに仕事を任すマネジメントがダメダメです。2021年1月のワンオペ死亡事案の対象者は、58歳という高年齢者であり、他の牛丼チェーン店との掛け持ち(過重労働?+経験者)だったようです。また、シフト勤務直前に体調も悪そうだったという話もあります。健康上の問題があり、ワンオペさせてはいけない状況だったといえます。
家事・育児の「ワンオペ」は、夫が仕事で妻が家事・育児の専任、突然妻が倒れたため夫が家事・育児を代替、などのケースがあります。この場合でも「未経験」という条件がありますが、そもそも作業量自体が多く(*5)、かつその作業自体を把握していないため家事・育児の作業見積りや段取りを計算できずにハマってしまうことが多いようです。さらに、育児、つまり個々の幼児に対するコミュニケーションの難しさ(一律に対処できず、イレギュラーな作業も多い)も要因といえるかもしれません。
ひとり情シスの現実と悪夢
ふと鑑みると、IT業界でもワンオペ作業は存在しています。俗にいう「ひとりプロジェクト」や「ひとり情シス(*6)」です。一時期、話題になった「ひとり情シス」ですが、これは主に中小企業で発生しています。会社全体の社員数が少ないため、システムしか担当しない専任のシステム要員を配置できないケース、専任者や兼任者が退職し、いきなり未経験の担当者を配置するケース、さらには社員ではなくバイトを配置するケースなどがあります。大企業に勤めている人や大手企業の情報システム部に所属している人には信じられないかもしれませんが、実際にあります。また、そのような中小企業/会社では全ての作業やノウハウが属人化されるのが普通であり、マニュアル類やワークフロー、プロセスなどはほぼありません。「見える化? 何それ儲かるの?」というのが実情です。
新人バイト 「すみません。マニュアルとかないんですか?」
バイトおばさん「ないのよ。作ろうって言ったんだけど、『やって覚えるのが仕事だ』なんて、言われてね」
新人バイト 「マニュアルないと、どうやって操作とか覚えるんですか?」
バイトおばさん「インターネットで検索したり、電話で問い合わせたり」
新人バイト 「・・・」
バイトおばさん「あと、自分でマニュアルをしっかり作ってね」
新人バイト 「え?」
バイトおばさん「みんな個人的に作って覚えていったから、あなたも仕事を覚えてから自分で作ってね」
なんということでしょう。個人それぞれでマニュアルを作ることが暗黙のプロセスとなってしまっている会社もあります。このように、会社で共有することのメリットを理解できていない会社も多数あります。
ひとり情シスの仕事の範囲
情報システム部というか、社内のITに関する一切をするなんでも屋である「ひとり情シス」。その仕事の範囲は大枠でいうと、以下の2つといえます。
・現行のIT機器/システムの管理・運用
・社内のIT関連の相談(ヘルプデスク)
そして、現行の機器やシステムの維持運用は、マニュアルやドキュメントがないと、かなり面倒ですが、もっと面倒なのがその他のヘルプデスク業務。「何もしていないのに壊れた」(*7)という典型的な質問から、「どのスマホを買ったらいい?」という個人の購買の質問まで、さらにはコロナ禍で激増したテレワークのための設定やトラブル対応。忙しいです、そして質問や相談も多様です。ちょっとPCに詳しいアキバのお兄さんレベルでは対応できないくらい広範囲です。なので、自分で対応できない質問に対して、真面目な情シスが悩み、苦しみ、ブラックな状況が発生するという循環になっています
また、一部ではそのような問い合わせが増えた要因は、IT人材不足などいろいろ言われていますが、全くリンクしていません。業務にITを使用する割合が増えたから、です。IT/PCを使用しなければ情シス業務なんていりません。
凄腕ベンダー営業「このシステムを導入すれば、潜在顧客の掘り起こしに絶大な効果があります」
ユーザー管理職「本当かい?」
凄腕ベンダー営業「設定は簡単ですし、流行りのSNSをベースにマーケティングしますから、放置したままOKですよ」
ユーザー管理職「んー。でも高いんじゃないかな。うちみたいな会社だと払えないよ」
凄腕ベンダー営業「とりあえず試験導入して、問題なければ正式購入が可能ですよ」
こんな感じで試験導入して、そのままなし崩しで正式導入(アンインストールしなかった/できなかった)。そして、わけのわからないソフトがまたひとつ増えていきます。放置したらいい、といっても他のソフトに悪影響があるかもしれません。最近では、オンラインで全てが完了するソフトが導入され、問い合わせなどもオールオンラインのみとするモノもあります。実際に問い合わせても適切な回答が得られず、仕方がないので電話しても繋がらず、メールのレスポンスも遅く、結果、使い方が分からなくなり、使われなくなるソフトが積み重なる事例も増えてきています。ま、そのソフト屋さんの問い合わせ窓口も単なるバイト(*8)や返信自動化ソフト、さらには担当者はひとり情シスだったりすることが多いのですが。
ひとり情シスの不安と対処
ひとり情シスの悩みや課題を調べますと、図表23-2のようなことが挙げられます。弊書である「IT業界の病理学」の「3章 保守・運用の病気」流に対処案を考えてみます。
課題 | 対処案 |
自分の作業量以上の仕事が発生 | まず、作業量全体を定量化(単位は時間)。 その後、カテゴリ化して、対象作業を外すことを交渉。 |
作業担当者が自分だけであり、休めない | 休日用代替要員のアサイン交渉。 |
自分の知らない技術/システムに対応 | 既存のシステム:マニュアルの要求。無ければ作成。 新規導入:事前検証を要求。 |
最近では、セキュリティにも対応しないといけない | 最低限のセキュリティの技術面だけは対応しましょう(パッチ当て、ウィルス防止など) プロセス方面は上にやってもらう?個人情報系も上にやってもらう? |
突発トラブルにより、残業が多い | これは仕方ない。代替休暇を検討し、交渉。 |
<図表23-2 ひとり情シスの悩み・課題>
なんとなく対処案を考えてみましたが、どうみても上長/会社との交渉が必要です。個人で頑張ってスキルを上げればなんとかなるという世界ではありません。既存システムをいきなり任せられたりするケースでも、マニュアル類が整備されていればかなり楽なのですが、ひとり情シスを平然と組織化する会社ではそのようなマニュアルなど揃っていないことが多いです。「ソースから書き起こして」「操作手順書を作って」あたりは平気で指示されます。思い切って、一部の情シス作業自体をアウトソーシングしたり、作業の洗い出しだけでも外部に委託して調査し、作業量削減に活かしたりする、という手もありますが、「そんなことにコストをかけられない」と言われる可能性も高いでしょう。詰みました(泣)
この「ひとり情シス」問題は、もっと深堀りしないといけないテーマかもしれません。でも、世間的にはワンオペほど騒がれないんですよね。
「ワンオペ」を無くすには、いや無くせるのか?
「ワンオペ」や「ひとり情シス」をテーマに書いてきました。かなり大変な状況です。解決するには個人のスキルではどうにもなりません。「ワンオペを無くせ」と騒いでいるヒトもいますが、コストとの兼ね合いでワンオペにせざるを得ない環境なのが実態です。そして、その組織/体制を変更するには、経営層の意識改革が必須です。さらに、この状況が発生する会社/企業(特にコンビニ/牛丼チェーン店など)では、労働力がバイト/派遣に依存している点も重要です。スキルやモラル、モチベーションが低く、かつ一時的な労働者としてしか期待できない労働力に対するサポート体制や教育、シフトや健康管理などについても、「どこまで実施すればいいのか」を検討しなくてはいけません。
「ひとり情シス」についても、同様にどんな作業があり、どれくらい時間がかかり、メンバーに対してどのようなサポートが必要なのか、を考えることが必要です。でも、中小企業の経営層にとっては、そのようなことはプライオリティが低いのでしょうね、だって売上に貢献しないのですから。
では良き眠りを(合掌)。
「寝るのは馬鹿だ、みんな寝すぎだ、自分は死んでからたっぷり寝る」by トーマス・エジソン
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- 商標について
*1 この大手牛丼チェーンでは、2014年にワンオペでの過酷な深夜勤務が表面化し、各種メディアを騒がせたことがあります。ある意味、前科持ちです。
*2 「ONE PIECE」(ワンピース)は、2022年8月時点で全世界累計発行部数は5億1656万6000部、国内のみで4億1656万6000部を突破、日本の漫画で最高を記録。2022年8月6日に映画版「ONE PIECE FILM RED」が公開。
*3 「ワンオペJOKER」。原作:宮川 サトシ、作画:後藤慶介。DCコミックス公認のバットマン育児コメディ漫画です。そういえば、「ダース・ヴェイダーとルーク(4才) 」というダース・ヴェイダーの子育て本もありましたね。
*4 コミュニケーション障害。コミュニケーションや対人関係が苦手であること意味することが多いですが、それとは別に医学的な病気で「コミュニケーション障害」というものもあります。両者は全く別物です。
*5 家事の作業金額、家事労働を金額で換算するには、いくつか方法がありますが、1.似た専門職の時給として計算するとだいたい月収で23万5,600円(但し30日稼働)、2.家事代行サービス料金で計算すると21万6,300円(但し30日稼働)となるらしいです。
【参考】kajily:家事労働をお金に換算するといくら?
(https://www.happy-bears.com/kajily/nayami/2176/)
さらに、平成30年(2018年)に公表された内閣府の経済社会総合研究所国民経済計算部が調査した3.「男女別の家事活動の貨幣評価」によると、女性の1年間の家事活動の貨幣評価額は平均で193万5,000円、月給16万1,250円としています。
【参考】無償労働の貨幣評価
(https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/sonota/satellite/roudou/contents/pdf/190617_kajikatsudoutou.pdf)
*6 「ひとり情シス」(一人情シス)は商標登録されています。商願2017-25570。
*7 「何もしていないのに壊れた」は、パソコン/IT初心者が発するあるある質問。何かしたから壊れた(=壊れたではわからん)のですが、バッテリー切れで落ちているノートPCというケースもあり、本当に「何もしていなかったから」シャットダウンされた、というケースもありうる。ま、知らない間に、コーヒーを被ってしまったというケースもあるかもしれませんが。
「何もしていないのに壊れた」というオライリー風書籍画像がありますが、フェイクです。こんな本があれば売れるでしょうね。執筆したいので、出版社及び協力者を希望(笑)。ネタ本になります。
*8 一次窓口=バイト/派遣がほとんどです。そして問い合わせ内容を記録して、専門家や担当者へエスカレーションというプロセスがほとんどです。まさか電話口に出てくるお姉さんがITのスペシャリストだ、と思っている良い子はいないよね。
連載一覧
筆者紹介
大手IT会社に所属するPM兼SE兼何でも屋。趣味で執筆も行う。
代表作は「空想プロジェクトマネジメント読本」(技術評論社、2005年)、「ニッポンエンジニア転職図鑑』(幻冬舎メディアコンサルティング、2009年)など。2019年発売した「IT業界の病理学」(技術評論社)は2019年11月にAmazonでカテゴリー別ランキング3部門1位、総合150位まで獲得した迷書。
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