ITリーダーは新しいビジネス価値を創造できるか
ITリーダーとビジネスリーダーは、それぞれ異なる役割を持つと考えられています。本当は、ビジネスに深い知識を持つITリーダーこそが理想的なのですが、現実はそうは行きません。
ITリーダーには、急速に変化するIT技術を捉まえ、次々に発生する技術的な課題に対処しつづけています。
システムを安定稼働させる責任を追いながら、日々プレッシャーと戦っているのですから、自社のビジネスをいま以上に突き詰めるほどのヒマはありません。
ただ一方で、各部門のシステムを集約・管理する立場から、あらゆる業務に精通しうるポジションにあるのもIT部門です。このポジションの優位性を活用でき、そしてビジネスの知見とITの知見を融合できれば、新しいビジネス価値を創造する事も出来るはずなのです。しかし、IT部門がビジネス価値創造の中核という認識は一般的とは言えません。
このような事態になる要因の一つに、ITが持つ独特な複雑性が上げられると思います。
ITの中には様々なビジネス課題が漂っていますが、それらはIT課題そのものにも複雑に絡み合っています。ITが持つこうした特有の複雑性を、ごく限られた時間でなんとか解きほぐして、ビジネス部門に発信したりします。
しかし、こうして発信された情報や課題設定は、技術面の言及が詳細すぎたり、極端に簡略化されすぎたりするので、ビジネス上の意思決定には不十分な事が多いのです。
たとえば、社内ネットワークのセキュリティ対策に追加投資を引き出すケースを考えます。この追加投資が、なぜお客様(顧客)への価値創造につながるのかを説明して経営層に理解してもらわなければなりません。その為、ネットワークの技術面に関して、ITを知らない人にも何とか理解できるように、図表やナラティブを駆使し説明しようとします。ですが、その負担は往々にして重く、IT部門の肩にのしかかります。結果的に、課題や解決方法が正しく理解されないまま、価値創造までたどり着けない。企業によくあるケースなのではないでしょうか。
こうした背景から、企業にはビジネスとITとの間を取り持ち、IT部門の執行に責任を負うITリーダーが必要となります。これが、CIO(Chief Information Officer)の役割です。
今回ご紹介する本では、ITのバックグラウンドを持たないにも係わらず、突然CIOに任命される人物が登場します。ビジネスリーダーとして活躍していたのに、まったく畑違いのITリーダーとなってしまった彼の、冒険と奮闘が描かれています。
内容紹介
『ビジネスリーダーにITがマネジメントできるか-あるITリーダーの冒険』
オースティン,ロバート・D/著 他
日経BP社
金融サービス会社IVKで中核事業を率いていたジム・バートンは突然、「CIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)」と呼ぶIT責任者への異動を言い渡される。IVK社の経営トップは、前任のCIOを解雇し、後任にバートンを指名した。不本意な異動を受け入れたバートンを待っていたのは苦労の連続だった。ITを知らないバートンを煙たがる部下、巨費を投じた大型プロジェクトの遅れ、ハッカーとおぼしき外部からのシステム攻撃…。コンピューターをダウンさせてしまったバートンは、解雇の瀬戸際にまで追いつめられる。果たしてバートンは、CIOとして成功できるのだろうか?バートンとともに、様々な難局を乗り越えていきながら、ITマネジメントの勘所を身につけることが出来る「小説」。
(Amazonより引用)
Akinori’s Review
過去、IBMでは、世界のCIOに向けて、大規模なインタビューを行った事があります。
そのインタビューの中に「CIOがビジネスリーダーとなる事を妨げる障害と答えられているもの」という項目があり、結果は以下の通りとなります。
「CIOがビジネスリーダーとなる事を妨げる障害と答えられているもの」
CIOの役割に関する無理解・・・31%
ビジネスに関するスキルと実行能力の不足・・・26%
ITの重要性に関する理解不足・・・12%
戦略的な問題に対して費やす時間の不足・・・12%
ビジネスのラインとの不十分な協働・・・8%
CEOや取締役会メンバーからの支持の不足・・・7%
権限や責任が不足・・・4%
多くの場合CIOは、IT部門の経験者から選出されます。そうしたIT部門えり抜きのITリーダーが、いざCIOとなってみて、実はCIOの役割をさせてもらえない、役割そのものも自分が理解できていない、と感じているのが、このインタビュー結果から判ります。
事実、CIOの仕事には、その役割や具体的な業務を規定する知識体系が存在しません。プロジェクトマネージメントにはPMBOKという標準化されたものが、ITサービスマネージメントにはITILという標準化されたものがあります。しかしCIOの仕事には、初めから知識体系が用意されていないのです。となると、今までの経験を活かし、なんとか日々の活動の中で修得する以外にありません。そしてその道のりは困難を極めます。
欧米でのCIOのイメージは、意外にも、ビジネスの世界でもっとも浮き沈みが激しく、離職率も高い仕事だと認識されています。
この困難なCIOという仕事を乗り切るには、起こりうるトラブルを事前に知る、研究するといった目的で、ケーススタディをすることが有効といえます。
本書には、CIOの仕事に関するケーススタディとして、様々な課題やトラブルが描かれています。しかし、それら事案について、この本は、どう対処するべきかという結論までには言及していません。本書に書かれたケーススタディについて、良く考え、議論し、自分なりの答えを導きながら、経験的な知恵を身につける事が必要であるとしています。この本の「小説でありながら教科書」というスタイルには、知識体系に頼らずに、自身の知恵で解決しなければならないというメッセージが込められています。
CIOの役割は、IT部門のあり方を理解して行動した上で、CEOのビジネスプランをITで具現化する事です。CIOの視点で考え、ビジネスに貢献するIT部門を考える事が、ひいては企業の全体最適につながるのではないでしょうか。
ここから、本書についての私の感想を述べます。
この本は、IT部門のあり方を深く知る上で非常に役立ちます。そしてなにより、小説としても非常に面白く書けていると思います。
米国の大企業(業績は下降気味)を舞台にする本書。主人公は辣腕のコンサルタントを彼女に持つ、いかにも欧米のヤングエグゼクティブの象徴のようです。日本人にとっては少々鼻につく感は否めませんが、米国企業を支えるマネージャとは、実際そういうものなのでしょう。
そのあたりのカルチャーの差はあるものの、日々のCIOの業務や課題には非常にリアリティがあり引き込まれます。
冒頭の章には、舞台となる架空の企業の財務諸表もあることから、綿密なリサーチの上で舞台設定していることが伺えます。
そして、物語中盤の一大トラブルでは、1分1秒を争うスリリングな展開に、読んでいて胸の高鳴りを覚えるほどでした。
前任のCIOには「一年と持たない」と言われ、現CEOからはIT部門立て直しのプレッシャーを受けながら、いかにして新任CIOは難局を乗り切るのか。主人公の活躍ぶりに爽快感を覚えながら、一気に読み終える事ができました。
本書は、ハーバードビジネススクール、エグゼクティブプログラム、ワシントン大学フォスタースクールオブビジネス、コペンハーゲンビジネススクールなどの教室に採用されています。「小説でありながら教科書」というスタイルは、ITとビジネスとの関わりを深く知ろうとする人への入門書として最適です。
ITに係わる、あらゆる人に読んで欲しい名著だと思います。
連載一覧
筆者紹介
●システム管理者の会 推進メンバー
システム管理者の会の企画・運営をする推進メンバ―が、会員の皆様にお奨めする本をご紹介してまいります。
この本を読んだことがある方、読まれた方のご感想もお待ちしております!(⇒ぜひ、コメント欄にコメントをお寄せください☆)
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