2022年の漢字は「戦」
先日、毎年末恒例の流行語大賞や今年の漢字が発表されました。流行語大賞(*1)は「村神様」、今年の漢字は「戦」です。流行語大賞トップ10には、「村神様」「きつねダンス」「BIGBOSS」「令和の怪物」「大谷ルール」あたりがプロ野球、そして特別賞の「青春って、すごく密なので」は夏の高校野球優勝校である仙台育英(宮城)の須江航監督の言葉(*2)です。
そして、今年の漢字である「戦」。ロシアのウクライナ侵攻、そして近々のカタールワールドカップ(*3)のイメージからだと思います。というかそれ以外にないでしょう、知らんけど。今回は、この「戦」をテーマに語ります。
ワールドカップでの「新しい景色」
まだ記憶に新しいワールドカップで、「新しい景色を見る」という言葉が使われました。予選ステージを勝ち抜いて、ベスト16まではいつもの通り。そこで勝ち抜くことができるかどうか。いままで決勝トーナメントに進出しても、この1勝ができずに敗退しています。そして、今回も涙をのみました。かなり高い壁です。
さて、このような事象はIT業界でもあるのでしょうか。結構あります。中堅SIERの会社、今までは大手会社の二次請、三次請の仕事しかしていない。しかし、なんとか顧客との直接契約に成功。元請としての仕事を受注。これは「新しい景色」です。そして、目線が変わり、とても苦労するステージになります。
休憩室/喫煙室などで
プログラマA「もう下請けなんてやってられるか。あいつらなんであんなにバカなんだ」
プログラマB「そうそう。仕様変更が多いし、しっかり止めろよ」
プログラマA「そもそも要件定義がぼろぼろなんだ。あんな要件定義はクソだ」
プログラマC「管理しかできないんだったらいらねーんだよ。消えろ。いくらもらっているんだ。かわりにこっちにまわせよ」
本当に、元請の悪口を言いまくりです。
そして、元請の立場になりました。元請の立場になれば、しっかり仕事ができるのでしょうか。
まず、二次請以降の会社はインプットとなるような設計書が元請から確実に渡されます。もし存在しない場合や瑕疵がある場合は、元請に文句をいうことができます。でも、元請会社はそれを作る立場です。「客に作らせるものだ」という意見がありますが、作れるくらいの力量があれば、苦労はしませんし、SIERは必要ありません。そして客自身も新しいシステムのイメージしかもっておらず、それを具体化、システム化できるようにまとめ、誘導し、文書化しないといけません。さらに、システム開発プロジェクトの計画の立案、コントロールも必要です。顧客は要求と文句しか言わず、下請けは文句しか言いません。そして、計画を立てても、絶対に計画通りに動いてくれません。元請けが期待する「力量・スキル」を持っていません。さらに、打ち合せの時間も割いてくれません。これらをマルっとコントロールするのが元請になります。
「新しい景色」はきれいな夕焼けではなく、終わりが見えない地獄の景色でした。
そして、二次請メインの会社から元請領域にステージUPしたとたんに、赤字プロジェクトが続出(*4)し、潰れてしまった会社もたくさんあります。元請はハイリスクハイリターンではなく、超ハイリスクでローリターンな世界です。戦う相手(*5)が同業他社だけでなく、顧客、外注、社内の他組織と増えるのも特徴です。
リスクが高くなり、メンタル面で去っていくエンジニアも多い領域。なぜそんな仕事を選ぶのか。それこそ「新しい景色」を見たいからに決まっています。そこは「新世界」(*6)なのです。
会社員からフリーエンジニアへ、とかの道。他業種から転職エンジニアへなどは「新しい景色」かもしれませんが、単に場所/職が変わっただけです。一歩一歩上に登っていき、今までの努力・苦労でも対応しきれない「新しい景色」の場所、しかし今までのスキルやノウハウをも活かしていかないと達することもできない場所に立つ感動は、その景色をみたものにしかわからないかもしれません。
ワールドカップのVAR様
ワールドカップ予選ステージ、日本-スペイン戦。前半1点リードされての後半、堂安のシュート、そしてその3分後「三笘の1ミリ」からの田中碧のシュート。この「三苫の1ミリ」の判定に使われたVAR。
VARとはビデオアシスタントレフェリー(Video Assistant Referee)の略称で、2018年のロシア大会でも導入されています。VARといっても、凄いシステムではなく、別室(ビデオ・オペレーション・ルーム:VOR)に配置されたVARチーム(VAR+AVAR)が、ある特定の条件(*7)の時に主審に助言する、というシステムです。かなりざくっとした説明ですが。この別室にいるVARになるには、必要な訓練を受けたトップレベルの主審または元主審でなくてはいけない、としています。どんな技術を使うにも実戦にはトレーニングが必須ということです。ITで自動的に判断などを行うスーパーAIではありません。ちなみに、VARの哲学は「最小限の干渉で最大の利益を得る」です。ITの使い方の見本みたいな哲学です。
また、今大会ではオフサイドの判定にも、「セミ・オートメーテッド・オフサイド・テクノロジー(日本語訳:半自動オフサイド技術)」(*8)が使われています。これも複数台のカメラとボールに仕込まれたセンサーで、キックの瞬間の位置を把握して、VARに伝える仕組みです。まさにコネクテッド・ボール・テクノロジーです。
ウクライナのIT企業といえば
次にワールドカップではなく、ロシアのウクライナ侵攻の件です。このコラムでも、2022年3月に「第拾八夜 ロシアのウクライナ侵攻で悩む管理者の夜」というテーマで書いています。
そのなかで、セキュリティで有名なロシア企業のカスペルスキー社のことを少し書きましたが、ウクライナにもIT業界で有名な企業があります。スマホでよく使われているメールアプリ「Spark」(https://sparkmailapp.com)やファイル管理の「Ducuments」(https://readdle.com/ja/documents)などを開発しているReaddle社です。Readdle社はウクライナで創業されたスタートアップ企業で、いまも拠点があるキーウやオデーサ(*9)で社員が働いているらしいです。
【参考】Readdle社ホームページ(https://readdle.com/ja/blog/readdle-on-ukraine)
Readdle社の当時マーケティングディレクターである Denys Zhadanov(現 Vice President) の2013年11月のインタビュー記事があります。
「そもそもウクライナのアプリ市場は小さいんだ。スマートフォンは普及しているけれど、iPhoneはまだまだ高額で手が出ない人も多い。ましてや、Readdleの立ち上げ当初、アプリにお金を払う感覚は皆無だった」
【参考/引用】BRIDGE コラム:「ウクライナ拠点、世界1,400万ダウンロードを誇る生産性向上アプリのスタートアップ「Readdle」にインタビュー」(2013.11.15)(https://thebridge.jp/2013/11/readdle-denyszhadanov)
国の人口も少なく、そもそもアプリのプラットフォーム機器を持っている人も少ない世界でのアプリ開発。決して勝ち馬に乗っているわけではありません。創業は2007年(*10)、iPhoneが発売された年です。そもそも、free が当たり前の時代です。将来を見越して「新世界」に出航して、沈没もせずに「新しい景色」を見ることのできた人たちなのでしょう。ほとんどが沈没するような航海なのですが。
こんな「戦」場もあります
「戦」というとこのコロナ禍で変わった「戦」場があります。WarRoomです。WarRoom(*11)とは複数人でやるボードゲームでもなく、映画のタイトルでもなく、個別の部屋に該当する案件の情報やメンバーを集めて、一気にプロジェクトを進めること、その部屋のことをいいます。大規模システム開発のテスト後半とかシステムリリース時、さらにトラブル発生時などに、一か所に主要メンバーを集めて、原因分析や対策の実施(これはトラブル時)、日々のテスト進捗や発生した課題の共有や解決(これはテスト後半)などを行う場です。一か所に多人数、それもキーマンを集めるので、いまのコロナ禍では忌避されるアクションです。おかげで、トラブルの解決時間が長くなったという話もあります。でも、命には代えられないからね、「密」は怖いんです。密ってメンバー全員感染し、作業が止まることもあります。特に冬だと、インフルエンザなどもあります。
素敵なタイミングで決まる流行語や漢字
今年の漢字は「戦」です。そして流行語大賞は「村神様」。流行語大賞の発表は12月1日だったのですが、もし12月10日あたりだったら、もしかしたら「ブラボー」とか「新しい景色」が選ばれていた可能性もありますね。そもそも、11月上旬に候補をピックアップは早すぎですよ。時期・時間・タイミングって大事ですね。
では良き眠りを(合掌)。
「1日目の午前4時、ミサイルが飛んで来ました。子どもたち、私たち全員、ウクライナのすべての人、みんなが目を覚ましました。それ以来眠っていません」by ゼレンスキー(2022年3月イギリス議会での演説)
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*1 正確には「現代用語の基礎知識選 2022ユーキャン新語・流行語大賞」。トップ10には、「村神様」「キーウ」「きつねダンス」「国葬儀」「スマホショルダー」「宗教2世」「知らんけど」「てまえどり」「ヤクルト1000」「悪い円安」。選考委員特別賞に「青春って、すごく密なので」が選ばれました。。
*2 監督の優勝インタビューは以下の通り。
須江監督:入学どころか、たぶんおそらく中学校の卒業式もちゃんとできなくて。高校生活っていうのは、僕たち大人が過ごしてきた高校生活とは全く違うんです。青春って、すごく密なので。でもそういうことは全部ダメだ、ダメだと言われて。活動してても、どこかでストップがかかって、どこかでいつも止まってしまうような苦しい中で。でも本当にあきらめないでやってくれたこと、でもそれをさせてくれたのは僕たちだけじゃなくて、全国の高校生のみんなが本当にやってくれて。例えば、今日の下関国際さんもそうですけど、大阪桐蔭さんとか、そういう目標になるチームがあったから、どんなときでも、あきらめないで暗い中でも走っていけたので。本当に、すべての高校生の努力のたまものが、ただただ最後、僕たちがここに立ったというだけなので、ぜひ全国の高校生に拍手してもらえたらなと思います。
*3 カタールワールドカップ、日本は予選ステージを1位で通過。決勝トーナメントでクロアチアにPKで敗退。決勝はアルゼンチンと前回王者のフランス。PKまでもつれましたが、優勝はアルゼンチン。3位はクロアチアでした。日本の最終順位は9位。あ、2018年も、3位のベルギーに決勝トーナメントで日本は負けたんでした。
*4 二次請と元請の契約先は異なりますし、作業範囲も思いっきり違います。また元請は「プロジェクト管理義務」があるということは、判例で証明されています。この業界のことをしっかりわかっているベンダーとの契約ではないので、何から何まで作業をしなくてはならず、何があっても元請の責任になります、極論ですが。なので、赤字率がいきなり高まります。だって、想定外のことが起こりますから。
*5 戦う相手。下請会社の場合は元請などの上の会社だけでした。元請になると左右上下が相手になります。本文中の「社内他組織」に違和感がありますか?他組織なんて足を引っ張る部隊にすぎませんよ。
*6 「新世界」、2022年8月に公開された映画「ONE PIECE FILM RED」の主題歌です。
*7 VAR判定の対象は、「得点」「PK」「一発退場」「(退場、警告などの)人定(退場や警告等を受ける選手の確認)」の4項目で主審の判定が間違っていた可能性がある時、主審にビデオ副審(VAR)チーム内のVARリーダーが光ファイバーリンク型無線で伝えます。全ての誤審などを伝えるのではなく、上記4つのケースのみです。
*8 スタジアムの屋根の下に設置された12台の専用トラッキングカメラを使って、ボールと個々の選手の最大29のデータポイントを1秒間に50回追跡し、ピッチ上の正確な位置を計算するもの。
【参考】FIFAホームページ
(https://www.fifa.com/fifaplus/ja/articles/semi-automated-offside-technology-to-be-used-at-fifa-world-cup-2022-tm-ja)
*9 2022年3月31日に、外務省はウクライナの地名表記を以下のように変更することを発表。ロシア語ベースからウクライナ語の発音ベースになりました。
旧名称 | 新名称 |
キエフ | キーウ |
オデッサ | オデーサ |
チェルノブイリ | チョルノービリ |
ドニエプル | ドニプロ |
*10 2007年の今年の漢字は「偽」。年金記録問題やら流行語トップ10になった食品偽装、「そんなの関係ねぇ」などの年です。
*11 ボードゲームのWarRoom:2~6人向け多人数ゲームで第二次世界大戦がテーマ、プレイヤーは米・英・ソ・独・伊・日を担当します。映画のWarRoom:日本語タイトル「祈りの力」という2015年製作アメリカ映画で、戦争とは関係ありません。ちなみに、ウォー・ゲーム(原題:WarGames)という映画もありましたね。1983年公開ですが、米ソ全面戦争のシミュレーションゲームだと思っていたら、実は実際の北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)のシステムで…という話。
連載一覧
筆者紹介
大手IT会社に所属するPM兼SE兼何でも屋。趣味で執筆も行う。
代表作は「空想プロジェクトマネジメント読本」(技術評論社、2005年)、「ニッポンエンジニア転職図鑑』(幻冬舎メディアコンサルティング、2009年)など。2019年発売した「IT業界の病理学」(技術評論社)は2019年11月にAmazonでカテゴリー別ランキング3部門1位、総合150位まで獲得した迷書。
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