ニューノーマルで悩む管理者の夜

第参拾三夜 番外編 スローライフで悩む管理者の夜

概要

変化を体言するキーワードが、「ニューノーマル」。珍常態を、システム管理者目線でゆるーく語っ ていこうと思います。

目次
今回のテーマはスローライフ
なぜか多いのが農業スローライフ
スローライフを定義した英雄の勘違い
「お前はスキルがねーから、外れろ」から始まるスローライフ
国民的アニメはスローライフなのか
IT業界は「スローライフ」な世界なのか
現実をクリアしてスローライフへ

今回のテーマはスローライフ

今回は番外編です。番外編ではビジネス書以外の本を、ひとつのテーマで複数ピックアップして紹介します。当然、技術書も対象外です。そのような本は周りの新旧のエンジニアにどんな本が良いかを聞いてください。

過去の番外編は
・「第拾三夜 番外編 異世界で悩む管理者の夜
・「第拾七夜 番外編 三国志で悩む管理者の夜
・「第弐拾一夜 番外編 働く女性で悩む管理者の夜
・「第弐拾五夜 番外編 ねこ本で悩む管理者の夜
・「第弐拾九夜 番外編 エンジニア本で悩む管理者の夜

今回のテーマは、ラノベで一世を風靡した「スローライフ」。ラノベのなかでもひとつのテーマとして確立しています。のんびりまったりもふもふであぐりかるちゃー。それが「スローライフ」らしいのですが。さて、コラムをお読みください。

 

なぜか多いのが農業スローライフ

スローライフをテーマにしたラノベってかなりあります。最初に挙げるのは、アニメ化もされた「異世界のんびり農家」です。


<図表33-1 異世界のんびり農家>

文字通り「のんびり」と「農家」をやっていく話なのですが、場所が「死の森」。これってスローライフ?と疑問になりますが、テイストはスローライフです。住居がある「大樹の村」の周辺では魔王国と外道な勇者が戦っていたり、お約束の竜が無双していたりとあれこれありますが、主人公の周辺はのんびりしています。
さらに当然主人公はチートです。でも村長です。勘違いして襲ってきた竜と戦っても「万能農具」からの「槍」で倒せちゃいます。
スローライフ=農業はかなり短絡です。農業専業の方が切れそうです。そもそも、農業って天候に左右されますし、害虫や害獣(*1)などの外敵もいます。さらに、異世界はともかく日本だとお役所や外部団体、いろいろな規制で面倒です。絶対にスローライフになりません。気候温暖、政治はゆるゆる、人間関係は穏やかな異世界独自のスローライフです。異世界では大抵貨幣経済が発達しておらず、一次産業が優先されていそうですし。

 

スローライフを定義した英雄の勘違い

次に挙げる本は「スローライフ」がテーマではありませんが、後半に出てくる登場人物が「スローライフ」を目的としている勇者なので、ピックアップしました。江本マシメサの「エノク第二部隊の遠征ごはん」です。


<図表33-2 エノク第二部隊の遠征ごはん>

この本/シリーズ自体がかなり面白く、何度も読んでいます。文庫化、漫画化もされています。
この本に出てくるチョイ役の英雄アイスコレッタ卿(GCノベルズ版5巻から登場)曰く
「すろーらいふ――それは、人里離れた平和な地で、自給自足を楽しむ生活のことである。異世界の勇者より伝えられた文化で、世界を救った勇者はみな、『すろーらいふ』を各々楽しんでいるらしい」
いやいや違うでしょう。なんで英雄譚の結末がスローライフなんだろう。目的を果たしたシンデレラや桃太郎も、残りの人生はハッピーなスローライフしていそうですが。一寸法師も背が高くなって姫さんと結婚して、スローライフですね。ブレーメンの音楽隊(*2)も、ブレーメンに行かずに途中で見つけたどろぼうの家でスローライフ。そして、三千里以上移動した(*3)マルコ・ロッシは、母と一緒にジェノバに戻ってきた後、たぶん勉強して医者になって、アルゼンチンに渡りフィオリーナと結婚して過労死していそうです(*4)。でも、スローライフが結末って、やはり何か違います。

 

「お前はスキルがねーから、外れろ」から始まるスローライフ

次は「真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました」です。タイトル長すぎです。


<図表33-3 真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので>

勇者である妹を導くために「導き手」というスキルで活躍していた主人公が、パーティからはずされ、復讐もせず田舎に引っ込んでスローライフという話です(かなり雑)。もし、復讐に走っていたら、「ざまぁ」系になったのでしょうが、しっかりスローライフします。
「君は真の仲間ではない――」最前線での戦いについていけなくなってしまった英雄レッドは、仲間の賢者に戦力外を言い渡され勇者のパーティーから追い出されてしまう。というのがAmazonでの紹介文です。
IT業界でもあるあるです。「お前は開発じゃ使えん」の一言で、営業にまわされたり、運用に移動したり、コピー取りをやらされたり。開発現場は修羅場で最新技術を学び続ける必要がありますし、大規模システム開発案件の場合は、技術だけでなく管理能力も問われます。また、メンタル面でも弱者では生き残れません。この本の主人公と同じように「強制的にプロジェクト外へ異動」というケースはかなりの割合で発生します。プロマネの視点から見ても、使えないエンジニアは置いても仕方がないですし、進捗に影響を出すわ、バグを作りこむ可能性が高まるわ、ではっきり言って迷惑です。さらに、怒られた翌日にいきなり「体調悪いので休みます」コールをかけてくるようなメンタルよわよわ君は要りません。「君は真のプロジェクトメンバーじゃない」と追い出したくなります。

国民的アニメはスローライフなのか

さてさて、「スローライフ」が平和な日常を描くものとすれば、思い浮かぶものがいくつかあります。国民的アニメである「ちびまるこちゃん」とか「サザエさん」。あれって、日常生活を延々と描いていますが、スローライフではありませんよね。


<図表33-4 ちびまるこちゃん>

都会生活だから違う、それとも現代だから(といっても背景は昭和)、異世界ではないから違う、もふもふがタマだけだから。
それにしても、日曜日夕方に放送される日常ものは何の意味があるのでしょうか。あのまったりしたアニメを見ると、翌日からの戦場への出勤モードが呼び起こされる人も多数いる(*5)ことは間違いないのです。

 

IT業界は「スローライフ」な世界なのか

いろいろと「スローライフ」なラノベなどについて語ってきましたが、前提は、チートな能力を持つ主人公の存在と、規制もなにもない世界でのお話です。簡単にいうと、

・通常生活は過激でバイオレンスな世界なのだが、主人公は平和で田舎な日常でスローライフ
・過激でバイオレンスな世界でミッションクリアして、平和で田舎な生活で余生を送る

の2パターンがスローライフの王道かもしれません。
ということは、過激でバイオレンスな状況を生き抜くスキルがあること前提だったりします。そりゃま、単なる並みの農業スキルしかもっていない人は、通常の農業生活自体が過激でバイオレンスな生活になるわけですから、それ以上のスキルは持っていないと生きていくことは難しい。
IT業界でいうと、異業種転職で生えてきたエンジニアは、普通の世界で普通のスキルで生きてきて、転職、そしてバイオレンスな世界、IT用語が飛び交う世界にいきなり飛び込んでくるわけです。逆に、IT業界から別の業界の別職種への転職も、殺伐とした戦闘系スキルが必須の世界から、全然関係ない日常系スキルが必要となる世界への異動となります。「スローライフ」的な異動かもしれませんがなかなか過酷かもしれません。なんで、わざわざ別の異世界で修羅場な生活をしなくてはいけないのだろうか。それとも過酷な「IT業界」で生き抜いたエンジニアは、別業界ではチートなスキル持ちでスローライフな生活を確実にエンジョイできているのだろうか。

 

現実をクリアしてスローライフへ

スローライフものは結構あるといいつつ、最近はあまり読んでいないのであまりピックアップできませんでしたが、「のんびり農家」を始め、読んでて心が落ち着くものが多いのが特色です。でも、現実は厳しく、まったりゆったりもふもふな生活は二次元かモフモフ系喫茶でしか満たされません。IT業界というバイオレンスな異世界で生き抜いている方々、魔法スキルがなかなか上がらない魔法師見習いの方、さっさとミッションクリアして、余生は豊かで細やかなスローライフを楽しみたいものです。
では良き眠りを(合掌)。
「イタリアへ帰ります。母さんの手紙がそんなに長く届いていないのなら、かあさんは死んだのかも知れない。他には考えようがないんだ、いくら捜したってかあさんはもういやしない。僕は、何かに呪われてるんだ!」 by アニメ「母をたずねて三千里」第33話「かあさんがいない」でのマルコ・ロッシの言葉

 

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*1 令和3年度(2021年)の野生鳥獣による全国の農作物被害額は約155億円です。主要な鳥獣種類別の被害金額は、イノシシ(被害額39億円)、サル(同8億円)、カラス(同13億円)、シカ(同61億円)。
【参考】農林水産省:全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和3年度)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hogai_zyoukyou/

*2 「ブレーメンの音楽隊(原題:DIE BREMER STADTMUSIKANTEN)」はグリム童話の1つ。ブレーメンって目的地なんですよ。元の住んでいた地区は書かれていないです。また、途中で定住しているので、正確には、ブレーメンまで行かなかった音楽隊の話です。

*3 マルコの旅は、ジェノバ(イタリア)→フォルゴーレ号でマルセイユ(フランス)→バルセロナ(スペイン)→ジブラルタル海峡を渡ってダカール(アフリカ)→リオデジャネイロ(ブラジル)。リオから移民船でブエノスアイレス。ここから陸路で、ブエノスアイレス→バイアブランカ→再度ブエノスアイレス→ロサリオ→コルドバ→トゥクマンです。うわ、手戻りが多すぎる。

*4 1999年公開の劇場版「MARCO 母をたずねて三千里」(*6)には、30年後のマルコ・ロッシの姿があります(つまり過去回想が本編)。過労死していなくてよかったです。しかし、30年後でも「母の写真」を大事にしてるって、「一休さん」なみのマザコン疑惑です。

*5 「サザエさん症候群」。日曜日の夕方から放送されている国民的アニメを見ると、月曜からの通学や勤務を思い起こして憂鬱になるという症状。一週間単位での五月病みたいなものです。1日単位での「めざましテレビ」症候群(出勤前に見ると、仕事が嫌で出勤したくなる)もあるかもしれません。

*6 テレビ版「母をたずねて三千里」は全52話ですが、旅に出るまでの話が10話以上(笑)。元が短編なので仕方がないですが、かなりの力技です。そう、まるで単なるグループウェアで全社基幹システム(経理・人事・勤怠・工程管理・在庫管理なども含む)を組んじゃうくらいの力技。でも名作です。

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筆者紹介

司馬紅太郎(しば こうたろう)
大手IT会社に所属するPM兼SE兼何でも屋。趣味で執筆も行う。
代表作は「空想プロジェクトマネジメント読本」(技術評論社、2005年)、「ニッポンエンジニア転職図鑑』(幻冬舎メディアコンサルティング、2009年)など。2019年発売した「IT業界の病理学」(技術評論社)は2019年11月にAmazonでカテゴリー別ランキング3部門1位、総合150位まで獲得した迷書。

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