IT部門におけるプロジェクト・マネジメント

第11回 大規模プロジェクトの体験を通して(その6:心の知能指数について)

概要

IT部門におけるプロジェクト・マネジメントについて、大規模プロジェクトの実体験を基に、実際に有効な手法や方法論、重要な仕組みおよび配慮すべき事項等を具体的に展開していくとともに、筆者のプロジェクト・マネジメントに関する考え方を述べていきます。

最近、EQ(心の知能知能指数)の研究が進展したようです。EQはリーダー・シップと関係が深いという話なので、筆者もEQに関する本を多少拝読してみました。読んでみると、筆者がプロジェクト・マネジメントで体験したことや思い当たることが随所に出でくるので、本章ではEQ関係のことについて、述べたいと思います。
EQなる指数は、リーダーシップなどの心や精神の胆力を測定・評価するために生まれてきたように思います。心や精神を鍛錬すればEQ値が向上してリーダーシップ能力が向上すると考えて、EQ値を測定する手法やEQを上げる訓練法が研究されているようです。

筆者が興味深く思ったのはリーダーのタイプ分類の部分です。以下にその概略を示します。

強圧型リーダー:メンバが即座に服従することを要求する。それなりの能力があれば非常事態には有効である。
権威主義型リーダー:ビジョンに向けてメンバを動機付けする。最も適応場面が広いがメンバがリーダーよりも専門知識のあるケースやメンバが同僚のケースでは機能しない。
親和型リーダー:感情の絆を築きチームの調和をもたらす。チームの心理状態が険悪な場面では有効であるが、業務改革のような場面では機能しない。
民主主義型リーダー:メンバに参加を促し、コンセンサスを求める。全員の合意が必要な場面では有効だが、組織風土改革など(全員の合意不要)の場面では機能しない。
先導型リーダー:メンバに卓越性と自主性を期待する。組織風土が沈滞した場面では有効であるが、組織風土を破壊したり、メンバのモチベーションを低下させることが多い。
コーチ型リーダー:将来に備えて人材を育成する。メンバの育成に有効であるが、現実には、最も活用されない型。学習や作業方法の変化にメンバの抵抗が大きいケースでは機能しない。
皆さんも次のようなことを感じたことがあったと思います。「このリーダーは非常事態に強いけれども、それ以外の場面では問題が多い。」とか「あのリーダーは攻めに強いが、守りに弱い。」というような悩みです。そのような場面では、皆さんはどうしたのでしょうか? 筆者は、大抵の場合はそれぞれの場面に適したリーダーに交代しました。勿論、それなりの時間を掛けて指導したり、サブ・リーダーに補佐を置いたりしましたが、どうしてもその場面に適応出来ない場合があります。そういう場合は、かなり前から交代メンバを探しておいて、リーダー交代のタイミングを伺います。難しいのは交代のタイミングです。お客様、メンバ、協力会社などの周囲が説得する事情と、本人が納得するそれなりの理由がなければ、後々に問題が残ります。筆者は、このためにかなりの時間やネゴシエーション労力を費やしました。そういう努力にも拘わらず、プロジェクトは何とか成功しましたが、後で交代させられたリーダーから直接恨み言を言われたことがあります。

筆者の持論は、全ての場面に適応可能なスーパーマンは存在しないので、場面によってリーダーの型を使い分けることしか答えはないのです。この課題を改善するには複数のリーダー型を備えたリーダーを育成することでしょう。筆者は複数のリーダー型を備えたリーダーの育成の実験をしたことがあります。優秀な「攻めに強いリーダー」を「守りが必要なプロジェクト」のリーダーにして、守りの場面の適応力を向上させられるかどうかの実験をしてみました。本人には趣旨を伝えて納得させ、幾つかの課題を与えて試行しましたが、半年後に本人が「私には無理です」と申し出て、その実験を断念しました。そのリーダーは超大規模なプロジェクト(攻めが必要なプロジェクト)で立派な実績を残したリーダーでしたが、守りのプロジェクトでは当初から自信がなさそうでした。特に、お客様とのコミュニケーションに齟齬が出来てしまい、最後までこのことが解決できませんでした。逆の実験もしてみました。守りの場面に強いリーダーを「攻めが必要なプロジェクト」のリーダーにして、克服すべき課題を与えて試行しました。このリーダーは、与えた課題を克服しながら着実に積極的なリーダーシップを発揮して、実験は非常に成功しました。

筆者が観察した幾つかのプロジェクトの結果からは、「攻めの場面に強いリーダーは守りの場面に弱いが、守りの場面に強いリーダーは攻めの場面にも強い」ということが言えます。理由を明快に説明できませんが、攻めの場面に強い人は忍耐力が欠如し結果を早く求める傾向が強いので、人の話をじっくり聞くのが苦手のようです。一方、守りの場面に強い人は、お客様や周囲の困っている人達の心境を理解することに努力して、守勢ながら耐えている人達の立場でコミュニケーションをして問題解決をする能力が優れているようです。この能力は、嫌な人の話をじっくり聞く訓練によってEQが高まるという次の話に繋がるように思います。

EQを高める訓練をすれば、複数のリーダー型を備えた能力を育成できると言われていますので、EQを高める訓練について、簡単に以下に紹介しましょう。
先ず、リーダーシップを次の5つの要素に分類しています。

自己認識:自分の感情、長所、短所、欲求、衝動を深く理解すること
自己規制:自分の衝動をコントロールすること
動機付け:周囲の期待以上の成果を達成することを動機付けとすること
共感:合理的な決定を下す際に様々な要因と一緒にメンバの感情を思いやること
社会的技術:自分の望む方向に人を動かすこと
次に、EQを医学的研究の結果から次のように医学的に説明しています。

EQの大部分は脳内で感情、衝動、情動を司る大脳辺縁系の神経伝達物質で生まれる
大脳辺縁系は動機付け、長期的な練習、フィードバックを通じて効果的に学習する
大脳辺縁系は外部の刺激によって調節を行う。(他者の影響を受け易い)
最後に、EQを高めるトレーニング方法として、「自分にとって嫌な話を冷静にじっくり聞く訓練」が有効だと紹介しています。

感情を制御する訓練
感情を意識・理解する訓練
相互理解をする訓練
深い内省をして判断する訓練
いかなる場面でもポジティブに思考する訓練
上記の①~⑤のような訓練がされて、EQが高くなると説明しています。筆者は経験上、この訓練の効果について共感しています。

この章の最後に、どんな人が色んな場面で適応力があるリーダーになるのかについて、筆者の体験から自己流のランキング方式で述べます。

第1位: いわゆる失敗プロジェクトを最後まで逃げ出さずに努力してシステムをキチンと稼動させた経験をした人、特に人数の少ない保守のフェーズで力を発揮した人

第2位: お客様との良好な関係構築や協力会社の人の活用方法が上手な人、しかも自分の意思を妥協せずにしっかりと貫く人

第3位: 非常に挑戦的(業務的、期間的、性能的、技術的)プロジェクトを積極的に取り組んだ人、そしてプロジェクト体験毎に何かを掴んだ

最下位: 運良くプロジェクトが成功して出世したために謙虚さを忘れ、自分が「手柄は自分、失敗は部下」の典型人間だということを気付かない人

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筆者紹介

佐野詔一(さのしょういち)
1945年生まれ。
富士通㈱(OSの開発&大規模ITシステム構築に従事)および(株)アイネット(大規模ITシステム構築&ITシステム運用に従事)において、大規模ITシステム構築&大規模ITシステム運用経験を経て、現在はITプロジェクト・マネジメント関係を専門とするITコンサルタント。産業能率大学の非常勤講師(ITプロジェクト・マネジメント関係)を兼任。

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