幸福度を向上させるサービスマネジメント ~ISO/IEC 20000-1:2018 の国際規格について~

第七回 ISO/IEC 20000-1:2018の箇条構成_4組織の状況について【前編】

概要

これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。

今回は箇条4 組織の状況の前編として、私たちに「何を要求しているのか」を中心に説明していきます。

目次
1.ISO規格の基本構造(HLS=ハイレベルストラクチャー)について
2.箇条4 組織の状況とは

 

1.ISO規格の基本構造(HLS=ハイレベルストラクチャー)について

 ISO/IEC 20000-1:2018の箇条構成は、「組織の状況」「リーダーシップ」「計画」「サービスマネジメントの支援」「サービスマネジメントシステムの運用」「パフォーマンス評価」「改善」などの要求事項から構成されています。これは図1.ISO/IEC20000-1:2018規格の箇条構成のとおりです。

図1. ISO/IEC 20000-1:2018の箇条構成

おさらいですが、ISOのマネジメント規格には、ISO/IEC20000以外のISO規格と共通の箇条が存在しています。これがマネジメントシステム規格における基本構造となります。このISOマネジメントシステム規格の基本構造はハイレベルストラクチャー(HLS)と言われ、2012年に改定された「ISO/IEC専門業務用指針」の附属書が定めているISOマネジメントシステム規格の共通構造のことを指しています。このハイレベルストラクチャー(HLS)に基づいて策定されたISOマネジメントシステム規格は、構造、要求事項、用語の定義の共通化が図られ、各規格間の整合性がとられています。つまり、共通化のメリットは複数のマネジメントシステムとの基本構造部分は統合が容易となることです。この適用によって複数の規格間の整合性や両立性が確保されるので、企業・組織における複数のISOマネジメント規格を運用する際に利便性が向上し、かかる工数の削減が期待できます。今までは要求事項の箇条や記述の順番、用語の定義はそれぞれ異なる記述方法をとっていたため、複数のISO規格のマネジメントシステムを運用しようとした際に文書が膨大・煩雑となったり、規格の理解そのものや構築に余計な労力を要したりと、いろいろと悩みが多かったと記憶しています。幸福度を向上させるサービスマネジメントシステム(ITサービスマネジメントシステム)と多くの企業で導入が進んでいるIサービスマネジメントシステム=情報セキュリティマネジメントシステム(ISO/IEC 27001)や環境マネジメントシステム(ISO14001)などと規程をはじめとする文書類の統一が進むなど、歓迎すべきISO規格の基本構造(HLS=ハイレベルストラクチャー)となっています。今回のテーマである箇条4 組織の状況は特にその恩恵を受ける箇条でもあります。それは私たちに一連のサービスマネジメント活動について、その意義と社会的貢献を具体的に示すものだからです。

 

2.箇条4 組織の状況とは

 では、具体的にISO共通構造の中で、箇条4の組織の状況から確認していきましょう。
 その「箇条4 組織の状況」の構成は以下のとおりです。
①組織及びその状況の理解
②利害関係者のニーズ及び期待の理解
③サービスマネジメントシステムの適用範囲の決定
④サービスマネジメントシステムの構築

 この①~④の要求事項を要約しますと、
① 4.1組織及びその状況の理解
顧客のビジネスを成功に導くサービスを提供する組織の外部及び内部の課題について、明確に決定することを要求しています。ここでいう組織の内部要因は、組織のパーパス(価値観や文化)、組織のコアコンピタンス・ノウハウや扱う技術、パフォーマンスなどが該当します。一方で、組織の外部要因は、関連法令、他社との競合・競争、使用する技術や将来予想される技術の進歩、市場の動向、経済的な環境の側面などが該当します。サービスマネジメントの基本方針やプロアクティブな目標につながる大切な課題の可視化の段階です。

② 4.2利害関係者のニーズ及び期待の理解
企業のビジネスを成功に導くためのサービスを提供し、それを最適化すべく管理・統制するためには、多くの利害関係者の参加が必要です。その利害関係者は組織の外部及び内部に幅広く存在しています。
サービスマネジメントにおける利害関係者の代表例としては、顧客や利用者、社員(サービスマネジメントに参加するメンバー)、外部供給者、監督官庁や規制当局、公共団体、非政府組織など、組織のサービス提供に直接的・間接的な関与を明確にする部分です。また、この関与や関係性をさらに深堀して、これらの利害関係者が、サービスマネジメント活動にどのような期待を抱いているのか。どのようなニーズがあるのか。参加の真の目的など、掘り起こしが大切です。これこそ異なる企業や組織を一体化させ、サービスマネジメントのONEチームを形成することにつながります。私はこの組成された貴重な組織を運命共同体と呼ぶこともあります。

③ 4.3サービスマネジメントシステムの適用範囲の決定
ISO/IEC20000が、どのような場合に、どのような目的で導入・適用されるべきかということを明確にする部分です。「適用範囲」は、サービスマネジメントシステムを企業・組織のどの領域に適用するかというものです。ISO規格を導入する場合、「企業や組織のマネジメントシステムは1つである」という考え方もあり、すべての拠点、すべての部署、すべてのサービスで取り組むことが理想です。但し、これは理想であって、その適用範囲については企業や組織の経営判断次第です。そのISO規格の目的に沿って、組織全体、あるいはその目的に沿った組織のみの適用でも問題ありません。この適用範囲は、組織の課題(要求事項4.1)や利害関係者のニーズ(4.2)に照らし合わせて決定することが求められています。このことは組織の課題を解決しながら、顧客のビジネスを成功に導き、ステークホルダーの幸福度を向上させることを達成することにつながるからです。この決定する際の考慮事項としては、IT資機材の調達や状況、老朽化、IT技術者の不足、採用難、資金・予算の制約などの社内の課題、パンデミックや少子高齢化、自然災害などの社会的な課題などが存在します。そしてサービスマネジメントを提供する組織にどのような影響を与えるかという観点で考慮していく必要があります。

④ 4.4サービスマネジメントシステムの構築
この部分は組織に対するサービスマネジメントシステムの確立・構築を要求しています。この構築とは、組織がこの規格の要求事項に沿って、ITIL®の関係するプロセス及びそれらのプロセスの相互関係・依存関係を明確にしながらサービスマネジメントシステムを確立するということです。サービスマネジメントシステムの活動に参加するすべてのメンバーが活動を理解し、正しく行動できなければなりません。そして、その活動は維持されていることが重要です。一過性のものであってはいけません。そのためには常に組織に適したサービスマネジメント活動となるように継続的な改善を怠ってはならないのです。但し、難しく考える必要はありません。多くの企業や組織はこれらを満足する現存する規程やルール、手順を有しています。これらが独立している状態は好ましくないため、サービスマネジメントシステムとして、ひとつに束ねることにより体系的な活動につながります。具体的な方法としてはサービスマネジメントシステムの運営要領を策定することをお勧めします。企業や組織はサービスを安定的に提供するために個別最適かもしれませんが、多くのルールを用意しているはずです。それらの独立した活動や行動を要領として統合し、適用範囲における組織全体として活かしきることにより、サービスマネジメントシステムは最大の効果を発揮するものとして定着・進化していきます。


図2. 箇条4におけるISO/IEC20000の利点との接点

 この箇条4 組織の状況は、サービスマネジメントシステム活動を導入・適用するために重要な役割を果たす箇条であることがご理解いただけましたでしょうか。図2. 箇条4におけるISO/IEC20000の利点との接点にありますように、箇条4はITサービスの見えるかとコミュニケーションの強化の利点に貢献するものです。
ISO/IEC20000-1の利点との関係を整理しますと、顧客や自組織の状況や外部及び内部の課題をもとに、取り巻く環境も含めて正しく把握することで、組織やステークホルダーの課題や目標に近づくことができて、再現性のある活動が期待できます。また、ステークホルダー(社内外の利害関係者)の存在やそれぞれの期待やニーズ、要請事項が可視化されることで、その組織の特性を活かしたコミュニケーションの在り方を追求し、定義することが容易になります。
 いよいよ幸福度を向上させるためのサービスマネジメントシステムの構築・適用がスタートしましたが、難しいこと、新たなにZEROから構築するものではありませんし、企業や組織のありもので、最善・最適な機会を得ることができるチャンスと捉えていただきたいです。

 次回は箇条4の攻略にあたって、変化・変革に向き合うことの大切さを考えていきましょう。

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筆者紹介

岸 正之(きし まさゆき)
SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。

【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/

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