概要
これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。
今回は、ISO/IEC20000-1:2018 幸福度を向上させるためのサービスマネジメントシステムの箇条7:サービスマネジメントシステムの支援(図1. ISO/IEC20000-1:2018 サービスマネジメント規格の箇条構成)について、何回かに分割して確認していきましょう。
図1. ISO/IEC20000-1:2018 サービスマネジメント規格の箇条構成
この箇条7の支援は、以下の構成となっています。
[7 サービスマネジメントシステムの支援]
7.1 資源
7.2 力量
7.3 認識
7.4 コミュニケーション
7.5 文書化した情報
7.5.1 一般
7.5.2 文書化した情報の作成及び更新
7.5.3 文書化した情報の管理
7.5.4 サービスマネジメントシステムの文書化した情報
7.6 知識
これらの項目からも幸福度を向上させるためのサービスマネジメントシステムの活動を「支援」するための重要な要素が詰まった箇条群と想起することができます。要求事項の中で支援と言っても、無くてはならない要求事項なので侮ってはいけません。
さて、図2.サービスマネジメントシステム規格の全体イメージにあるとおり、①顧客のニーズや要請事項の把握と戦略化、➁ステークホルダーの一覧化と要請内容を基にした関係性の整理、③関係者の役割と責任、そして権限の付与、④サービスマネジメント方針の策定と周知、⑤経営のコミットメント、⑥サービスマネジメントシステムやサービスの提供に関するリスクの特定とアセスメント、⑦リスクの受容・軽減策の取り組み、⑧サービスマネジメント活動を肯定する機会の特定と実行など、箇条4から箇条6までのサービスマネジメントシステムの根幹を成す要求事項に対して、箇条7は、それらの活動を成立させるために意図した成果を得るための各種の「支援」の要求事項ということが言えます。しかも支援と言っても、サービスマネジメントシステム上で、とても大切なものばかりで欠くことのできないものとして認識していただけるはずです。ただ広範の活動だけにわかりにくい側面を有していますので、ここは分野・領域ごとに丁寧に見ていきたいと思います。
さて、サービスマネジメントシステムによるサービスマネジメント活動の目的そして目標を達成するためには、サービスマネジメントシステムの確立、実施、維持及び継続的改善を円滑に行うための様々な資源が必要です。これらの資源は、顧客に対するサービスの設計や移行、運用、保守、あるいは継続的サービス改善を支えるために不可欠なものです。
経営マネジメントには資源というと人・物・お金と情報を挙げる方が多いと思います。サービスマネジメントシステムの世界では、主に6つの資源を示してみます。
1. 人材
サービスの品質と効率性を向上させ、顧客のビジネスを成功に導くためのスキルと経験=力量を持つ人材を用意する必要があります。
2. プロセス
サービスの品質と安定性を向上させるために、サービスマネジメント活動に相応しい標準化されたプロセスを導入し、運用を効率化する必要があります。
3. 技術・資機材
サービスに適した資機材の導入や効率化・自動化することで、人的なミスを減らし、コスト削減に寄与するなど、最適な技術を採用します。
4. 財務
サービス提供にかかるコストを管理・可視化して、予算管理を徹底し、投資対効果(ROI)を分析するなど、費用対効果の高いサービス提供体制に寄与します。
5. 情報
サービスマネジメント活動に関する情報を適切に管理し、顧客・ステークホルダーで共有します。情報は常に正確性と最新を保証する必要があります。
6. パートナーシップ
サービスマネジメントには専門的な領域が存在します。専門的な分野はサプライヤーやベンダーとの連携を強化することも大切な選択肢として、サービスの品質向上とコスト削減につながります。
ということで、主だった資源を挙げてみましたが、これらの資源を効果的に活用することで、顧客満足度を高め、ビジネス目標達成に貢献するサービスマネジメントシステムを実装することができます。
そして今回はその人的な資源のなかでも、サービスマネジメントをリードする「サービスマネージャー」にフォーカスしてみたいと思います。
1. 人的な資源
サービスマネジメントは、その活動のためのプロセス、ツール、サービス運用のための技術などを管理・統制・運用するために、多くの専門知識と経験を持つ人々がいると安心です。
よく言われるところでは、サービスマネジメントの活動をリードする専門家として、サービスマネージャーの存在は欠かせないものがあります。ここでサービスマネージャーの役割にフォーカスしていきますが、組織のサービスが円滑に提供され、顧客のニーズを満たすことを担う重要な役割を有しているものの、企業の業種やサービスマネジメントの適用範囲、組織そのものの特性によって、その役割は大きく変化しますので、すべてが当てはまるわけではありませんのでご留意いただければと思います。
[サービスマネージャーの主な役割]
(1)サービス戦略を策定し実行します
組織全体のサービス戦略を策定します。顧客にとって何が最適なのか。サービスマネジメント活動に参加する利害関係者が幸福度を高めるには何が必要なのか。それには何を行えばよいのか。など、サービスマネジメントの目的や方針を創り出すことが重要です。顧客のニーズやビジネスの目標を正しく理解し、サービスポートフォリオを管理し、顧客にとって最適なサービスを提供できるよう常に最適な環境を整えておくことが求められます。
(2)サービスのライフサイクルに責任を有します
サービスのライフサイクル管理とは、サービスの企画から提供、運用、改善に至るまでの過程を体系的に管理する枠組みであり、サービスマネージャーの重要な役割の一つです。目的は、顧客のニーズを満たす高品質なサービスを効率的に提供し、継続的に改善することで、顧客満足度とビジネス価値を高めることにあります。
★サービスのライフサイクル管理の目的は?
・顧客のニーズを理解し、それに応じたサービスを提供することで顧客満足度を高めます。
・サービスの品質、性能、可用性を向上させ、顧客に安定したサービスを継続的に提供します。
・サービス提供に関する効率性を向上させ、コストを削減します。
・サービス提供に伴うリスクを特定し、適切な対策を講じることで、リスクを最小限に抑えます。
・顧客からのフィードバックやサービスの運用状況を分析し、サービスを継続的に改善します。
★この目的を達成するためのサービスライフサイクル管理の活動は?
サービスのライフサイクル管理は、大別して以下の5つの段階で構成されます。
①第一に「サービスの戦略」です
目的は、ビジネス・組織全体の経営戦略と連携・連動し、サービスの戦略を策定することです。
活動としては、顧客やお客様のニーズを分析し、サービスポートフォリオを定義します。その定義されたサービス群の中から、実際にビジネスに貢献するサービスをサービスカタログとしてまとめていきます。その稼働するサービスの水準=レベルを顧客と合意します。これをサービスレベルと言います。このサービスライフサイクル管理は、現場のメンバーが運用できるように、要領・文書としてまとめておくことが必要です。
➁続いて「サービスの設計」です
目的は、顧客のビジネスニーズを満たすためのサービスを設計していきます。
活動としては、サービスの設計と開発、サービスのテストやドキュメントの作成、構成管理などです。
この設計のフェーズでは、顧客が本当に求めるものは何かを深く理解し、それを満たすためのサービスを設計していきます。この工程では、機能要件と非機能要件を明確にすることになりますが、サービスマネジメントしては、機能面だけでなく、性能、セキュリティ、可用性、拡張性などの非機能要件がとても大切です。さらに必要なアーキテクチャを設計し、 システム全体の構成、各コンポーネントの役割、データフローなどを明確にしていきます。設計した内容は明確に記録し、ドキュメントを作成し、関係者といつでも共有可能な状態となるよう配慮が必要です。
開発の段階では、方式の採用も行います。具体的には、ウオーターフォールやアジャイルなどですが、最近では顧客のニーズやフィードバックを早期に反映し、柔軟な開発を可能にするアジャイル開発は有効です。
テストのフェーズでは、単体テスト、結合テスト、システムテスト、受け入れテストなど、様々なテストを実施しながら、サービスの品質を検証していきます。あくまでサービスがビジネスに貢献しているかが目的であって、システム的な稼働確認がGOALではありません。また、環境的には、テスト環境を構築し、本番環境と同様の環境を構築すれば、リスクに配慮しながら本番環境での動作も検証可能です。また、最近では自動化を目指す動きも加速しています。これは人的なミスの低減、一層の効率化も大切な要素ですが、IT人材の枯渇にも期待できる取り組みです。
テストの最終的な段階では、顧客からのフィードバックも得ながら、サービスの品質向上につなげていきます。継続的な改善を心がけることで、顧客満足度の向上も期待できます。
③そして3番目は「サービスの移行」です
サービスの移行とリリースは、新しいサービスを顧客や利用者に提供する、または既存のサービスを更新する際に、安心・安全かつスムーズに行うためのプロセスになります。
目的としては、新たなビジネスを支えるサービスをいよいよ顧客や利用者が使える段階まで進めていきます。あるいは既存のサービスに対して、UX=ユーザーエクスペリエンスの向上、セキュリティの強化、性能面の向上など、改善されたサービスを今一度、顧客や利用者に提供することで、顧客満足度を高めていきます。
活動としては、移行・リリースするサービスをサービスカタログから特定して、スケジュール、リスク評価、関係者への周知を計画します。次にサービスが正常に動作することを確認するためのテストを実施します。これを通過すると、計画に基づき、データ移行やシステムの設定変更、アカウントの移行、サービスの切り替えなどを実施します。サービスをリリースすれば、運用開始となり、レスポンスやパフォーマンスの監視の段階に移ります。ポイントは、計画をしっかり立て、関係者と連携して移行・リリースを進めることです。特に利用者の観点で、十分なテストを実施し、問題発生時の対応を検討しておくことです。リリース後も一定の期間は、サービスの監視とサポートを継続的に行い、サービスの安定運用を目指します。
④さらにサービスの運用です
サービスの運用は、提供されたサービスが安定的に稼働し、顧客や利用者に対して、継続的に価値を提供し続けるための活動です。
目的としては、提供されたサービスが常に正常に動作し、顧客や利用者が安心して利用できる状態を維持することです。安心して利用できる状態とは、サービスの保証となり、サービスの尺度であるサービスレベル目標(SLO)やサービスレベル合意(SLA)で定められた品質基準を満たし、利用者に高品質なサービスを提供し続けます。
これは幸福度を追求するための重要な尺度の一つです。サービスの安定稼働と品質の維持を通じて、顧客や利用者の満足度を高め、ステークホルダーのモチベーションやエンゲージメントを向上させます。この運用の側面には、コストの最適化も求められます。まさにランニングコストの適正化、できれば削減に効果を発揮したいところです。この点は、サービスの提供体制やシステムの運用体制に直結する部分であり、サービスマネージャーの腕の見せどころでもあります。
活動としては、幅広な対応が求められ、サービスのセキュリティ対策の強化、情報漏洩や不正アクセスなどのリスクの軽減、サービスのレスポンスやパフォーマンス性能、可用性などを監視し、インシデントの発生を早期に検知します。さらにサービスに障害が発生した場合、迅速に原因を特定し、復旧作業を指揮します。また、インシデントの原因を分析し、根本的な解決策を策定し、再発防止策を講じます。サービスに変更を加える場合、事前に影響を評価し、承認を得た上で変更を実施します。新しいバージョンや機能をリリースする場合は、計画的にリリースを行い、不具合による利用者への影響を最小限に抑えます。そして、サービスの運用状況を分析し、改善策を検討するなどサービスの品質向上を目指します。
⑤最後にサービスの改善です
サービスマネージャーの役割であるサービスライフサイクル管理におけるサービス改善は、提供されているサービスの品質や効率性、あるいは有効性の高めていくためのものです。その結果として、顧客満足度やステークホルダーのモチベーションやエンゲージメントを向上させるために役立ちます。
サービス改善の目的としては、サービスの品質、機能・非機能の要件、使いやすさなどを改善します。また、サービスの性能面においても、信頼性やセキュリティなどを向上させ、安定したサービスの提供に努めます。一方で、サービス提供の効率化や無駄の削減も図ればコストの削減・適正化にも寄与できます。ここで大切なのは、この改善により、顧客のビジネスへの価値を高めること。サービスの改善を通じて、ビジネス目標の達成の支援につなげなければなりません。結果として、顧客や利用者の満足度を高めていきます。そして改善に向けた活動としては、いまの時点で提供しているサービスに改善の余地があるかを適正に評価することから始まります。具体的にはサービスの品質面、性能面、効率性の側面、顧客満足度などから、現状を評価します。
評価のポイントは、顧客満足度の調査、サービスレベル合意(SLA)の達成状況の確認、各種の性能指標(KPI)の分析、顧客や利用者からの苦情や要望などです。このリアルデータや評価結果を分析し、改善すべき点を特定します。特定された改善点に対して、具体的な改善策を検討するわけですが、新しい機能の追加、性能の改善、セキュリティ対策の強化、仕事のやり方の見直し、コストの削減策など、幅広な改善策の案が生まれてきます。サービスマネージャーとしては、これらの改善策の案から、顧客や利用者が期待するもの、あるいはビジネスに貢献するものを優先して実装するように、顧客やステークホルダーと調整する機能も有しています。そして実装された改善策の効果を検証し、サービス改善の有効性を評価します。
サービスの改善は、サービスライフサイクル管理においても、幸福度を向上させるサービスマネジメントとしても、とても重要な活動ですし、常に顧客満足度を高めながら、ビジネス目標達成に貢献することの実効性を保証することができるのです。
サービスマネージャーとしては、他のスキルとして、顧客、ステークホルダーである経営層、関係部門、サプライヤーなど、様々な関係者とのコミュニケーションを円滑に行うための能力が必要です。また、サービスに関する問題を迅速かつ的確に解決するための問題解決能力やサービスマネジメントに関係するチームを率いるためのリーダーシップなど、サービスの提供環境において日々発生する事案やリクエストにも柔軟かつ的確に応える能力も必要です。ベースとなるスキルは、ITIL®などのサービスマネジメントに関するフレームワークの知識は絶対要件です。当然、顧客や組織のビジネスを理解し、サービスがビジネスに貢献できているのか、客観的に評価する能力も必要です。このようにサービスマネージャーの役割は極めて広範ですが、組織が提供するサービスの成功に不可欠な存在です。
そしてステークホルダーの幸福度を向上させるためのサービスマネージャーは、常に顧客のニーズを理解し、顧客の満足度を高め、ビジネスの目標を達成に導く者でなくてはなりません。
この役割を一人でこなせるスーパーマンもいないでしょう。この役割を組織で分担するなど責任と権限を適切に与えることで、サービスマネジメントの要となる「組織的なサービスマネージャー」が誕生することでしょう。
今回は人的な資源の中でも幸福度を向上させるためのサービスマネジメントをけん引するサービスマネージャーにフォーカスしてみました。次回も人的資源の力量全般について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
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筆者紹介
SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。
【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/
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