幸福度を向上させるサービスマネジメント ~ISO/IEC 20000-1:2018 の国際規格について~

第十三回 サービスマネジメントの未来:幸福度を向上させる人材戦略と実践

概要

これからのサービスマネジメントは、企業価値を確実に高めるものでなくてはなりません。そのためには顧客価値や社会価値の創造が必要であり、これには企業や組織のパーパス、その組織に集う個人の「パーパス」そのものが問われているのです。企業が社会にその存在を認められ、その企業に集う一人ひとりの存在意義や参画意識を高めることこそ、幸福度の向上につながります。既存のビジネスにとっても、DX をはじめとしたビジネスイノベーションにも 「変革」 は必要ですが、この実現には組織や個人のカルチャーを「変化したい」という方向にチェンジした行動変容のマインドとサービスの最適化のためのフレームワーク=サービスマネジメントシステムが重要です。まさに「価値の提供」 から 「価値の共創(co-creation)」 へ進化したサービスマネジメント国際規格(ISO/IEC20000-1:2018)をご説明します。

今回は、幸福度を向上させるサービスマネジメントの力量に関する取り組みを進めるうえで、その最初の部分である「人材像定義」、「人材像スキルセット」、「標準的な人材像キャリアパス」について、説明させていただきます。
図1.サービスマネジメントにおける人材面の力量イメージの左側にあたる部分です。


図1. サービスマネジメントにおける人材面の力量イメージ

目次
1.一般的な人材像定義とスキルセット
2.幸福度を向上させるサービスマネジメントにおける人材像
3.人材像スキルセットの活用術
4.標準的なキャリアパス
5.今回の総括です。

1.サービスマネジメントの幸福度について

 企業や組織には、その事業を遂行するに足る人材像を定義していると思います。
企業や組織に人材像定義が必要な理由は、組織全体の目標達成への貢献を第一に挙げることができます。それは企業や組織が目指す人材像を明確にすることで、メンバー全員が同じ方向・ベクトルを向いて、組織の目標達成に向けて邁進することができるからです。人材像定義は、企業や組織にとって方向を示す道標のようなものです。人が目的地へ向かうために道標を頼りにするのと同様に、企業や組織も人材像という道標を頼りにすることで、組織の目標達成というGOALへ導くことが容易となります。
 人材像定義のポイントは、単なる理想の人物像を掲げるものではありません。企業のビジョン、戦略、文化、そしてこれからの姿などと密接に結びついており、企業や組織が目指す将来・未来をすべてのメンバーに見せるための重要な要素となります。例えば、狭い範囲となりますが、顧客満足度を重視する企業であれば、顧客志向の高い人材像を定義し、顧客や利用者との良好な関係構築に寄与する人材を育成するでしょうし、戦略的なIT企業であれば、革新性・創造性や問題解決能力の高い人材につながる人材像を定義し、育成の取り組みにつなげるでしょう。
この人材像を明確にすることで、企業や組織は実務面に加え、人材育成、評価、採用、キャリア開発など、様々な場面で効果的な施策を検討・準備して展開することができます。また、この人材像に沿って、効果的な研修プログラムを設計し、人材の能力を最大限に引き出し、適材適所の人材配置を実現することで、組織全体の能力、つまり組織の力量も向上させることができます。
 さらに、外向けには人材像を明確にすることによって、社内外に自社の理念や価値観をアピールすることができます。企業の存在感を高めるだけではなく、人材像に共感した優秀な人材を獲得し、顧客やステークホルダーからの信頼を獲得することで、将来に向けての競争力も強化することができます。
このように人材像定義は、企業や組織の成長と成功に不可欠な要素です。まずは人材像を明確化することで、組織の目標達成や企業文化の醸成を通じて、長期的な成長につなげていければと思います。
 次に人材像のスキルセットを確認していきましょう。人材像定義は、企業や組織が目指す理想的なIT人材像を明確にする第一歩です。しかし、人材像定義だけでは、具体的な実務へのつながりや人材育成、人事評価など人事面での活用、あるいは採用活動につなげることはできません。そこで必要となるのが、人材像スキルセットです。
人材像スキルセットとは、人材像定義を具体的な行動指針に変換し、実務=能力発揮や人材育成、人事上の評価、採用活動の指針とするためのものです。IT業界においては、技術革新が急速に進み、常に新しいスキルが求められるため、人材像スキルセットは、企業や組織が求める人材像を実現するための具体的な道標となります。
人材像スキルセットの目的は、企業や組織が目指す未来像を達成するために必要な人材を育成し、組織全体の力量・能力発揮を実践するための幅広な実務遂行能力を向上させることです。例えば、幸福度を向上させるサービスマネジメントにおける人材像定義とスキルセットについて、単に業務効率や顧客満足度だけでなく、メンバー自身の幸福度も重要な要素となります。メンバーの幸福度を高めることで、モチベーション・エンゲージメントの向上、生産性の向上、顧客満足度の向上、ひいては企業や組織全体の成長に繋がるからです。「幅広な」とは、単なる顧客なのどのターゲットのみならず、メンバー一人ひとりのやりがいにつながらなければなりません。
そのため、サービスマネジメントにおける人材像定義は、従来の業務遂行能力に加え、メンバーの幸福度を高めるための資質や能力を重視する必要があります。

 

2.幸福度を向上させるサービスマネジメントにおける人材像

 理想的な人材像は、「顧客とメンバーの幸福度を最大化する、共感力と問題解決能力に長けたプロフェッショナル」と言えます。
 この人材像を実現するために必要なスキルは、大きく分けて以下の3つのカテゴリに分類できるのではないかと考えています。
① コミュニケーション能力と共感力
・顧客とのコミュニケーション: 顧客のニーズを深く理解し、共感に基づいたサービスを提供できる能力。
・メンバーとのコミュニケーション: ステークホルダー含むメンバーの意見や感情に耳を傾け、良好な人間関係を築き、働きやすい環境を作る能力。
・積極的な情報共有: 必要な情報を適切なタイミングで共有し、組織全体で連携を実践する能力。
② 問題解決能力と分析力
・顧客課題の分析: 顧客が抱える問題や課題を正確に把握し、根本的な原因を分析する能力。
・サービス改善提案: 顧客満足度の向上や業務効率化につながる具体的な改善策を提案する能力。
・問題解決のための協調性: 関係者と協力し、問題解決に向けて積極的に行動する能力。
③ 変化への対応力・変化を好む意欲(重要!)
・最新技術への対応: 新しい技術やサービスを積極的に学び、業務に活用する能力。
・変化への柔軟性: 変化を恐れずに受け入れ、新しい状況に適応する能力。
・継続的な改善: 常に問題意識を持ち、改善し続ける姿勢を持ち、自己・他の成長を追求する能力。

これらの主だったスキルセットは、メンバーや顧客の幸福度を高めるためのサービス提供そのものに貢献できます。また、企業や組織はメンバーの幸福度向上を通じて、組織全体の活性化とサスティナブルな成長を実現することができます。

 

3.人材像スキルセットの活用術

 幸福度を向上させるサービスマネジメントにおいて、人材像スキルセットは単なる羅列されたスキルリストではなく、メンバー(ステークホルダーも含む場合もあります)と顧客の幸福度を高めるための行動指針、そして組織全体の成長を促進する道標として機能させます。その活用術は、以下の3つの段階に分けられます。

① 人材育成:潜在能力を引き出し、幸福度を高める土壌を育む
人材像スキルセットは、従業員が自身の潜在能力を最大限に引き出し、幸福度を高めるための道標となります。スキルセットに基づいた研修プログラムを設計することで、メンバーは顧客との共感力、問題解決能力、変化への対応力といった、幸福度向上に繋がるスキルをアップすることができます。
例えば、顧客とのコミュニケーションスキル向上に関する教育の機会として、相手の立場に立って共感する練習や、効果的な質問の仕方、積極的な傾聴の仕方を学ぶことで、顧客満足度を高めるだけでなく、メンバー自身の仕事への満足度も向上させることができます。また、問題解決能力に関する教育の機会では、論理的思考力、創造力、チームワークを育むことで、メンバーは顧客の課題を解決する喜びを感じ、自身の成長を実感することができます。
② 人材評価:客観的な基準で能力を評価し、成長を促進する
人材像スキルセットは、従業員の能力を客観的に評価するための基準にも使います。スキルセットに基づいた評価制度を導入することで、メンバーは自身の強みと弱みを理解し、成長すべきポイントを明確に把握することができます。評価は、単にスキルレベルを測るだけでなく、メンバーの幸福度やモチベーション、成長意欲なども考慮する必要があります。例えば、顧客とのコミュニケーション能力が高いメンバーに対しては、顧客対応の専門性を深める研修を提案したり、リーダーシップを発揮できる機会を提供したりすることで、さらなる成長を促すことができます。
③ 採用への応用:企業理念に共感し、幸福度を追求する人材の獲得に役立てる
人材像スキルセットは、企業理念に共感し、幸福度を追求する人材を獲得するための指針ともなります。採用にあたっては、スキルセットに基づいた質問を行い、候補者の能力や価値観、そして幸福度に対する考え方などを評価する際に使用します。ただ、このあたりのスキルを持ち合わしている人は少ないと思いますので、その片鱗が見られればよいのではないかと思います。例えば、顧客との共感力や問題解決能力を重視する企業や組織であれば、面接で「顧客の喜びをどのように実現したいですか?」や「困難な状況にどのように対応しますか?」といった質問を行い、応募者の考え方や行動パターンを理解することができます。面接する側のスキルも求められますね。

幸福度を向上させるサービスマネジメントにおける人材像スキルセットの活用は、単に業務効率や顧客満足度を高めるだけでなく、メンバーの幸福度を高め、組織全体の成長を促進する重要な要素です。企業や組織は、人材像スキルセットを効果的に活用することで、メンバーと顧客の双方にとって、より良い将来・未来を創造することにつながると思うのです。

 

4.標準的なキャリアパス

 幸福度を向上させるサービスマネジメントを到達点とした標準的なキャリアパスは、単にスキルアップや昇進昇格を目指す従来の人事制度的な考え方にプラスして、メンバーの幸福度を高めながら、組織全体の成長に貢献できる人材育成を目的のひとつとしています。
その設定方法としては、企業理念とビジョンを明確にし、メンバー全員が共通認識を持つことが重要です。幸福度を重視する企業理念を共有することで、メンバーは自身の仕事が組織全体の目標達成に貢献している。そして社会に貢献していると感じ、モチベーションやエンゲージメントを高めることができます。そして人材像スキルマップ(※スキルマップとは、業務遂行に必要なスキルをメンバーごとに洗い出し、可視化したものです。メンバーの能力やスキルを把握して、人材育成や能力向上を図るために活用されるもの。)に基づいた段階的な育成につなげていきます。
さらに、人材像スキルマップに基づき、従業員のスキルレベルやキャリア目標に合わせて、段階的な育成プログラムを設計します。最初の段階では、顧客とのコミュニケーションスキルや問題解決能力を修得し、次なるレベルでは、リーダーシップやチームワークを強化し、上位のレベルでは、組織全体の幸福度向上に貢献できるマネジメントスキルを修得するといったように、段階的なスキルアップを促します。次にキャリアパスでは、従来の縦型のキャリアパスだけでなく、横型のキャリアパスや専門性の高い分野へのキャリアパスなど、企業や組織の事業に関係する多様な選択肢を提供することで、メンバーの個性や強みを活かしたキャリア開発を支援することができます。例えば、顧客対応に特化したキャリアパス、システム開発・基盤・運用に特化したキャリアパス、組織マネジメントに特化したキャリアパスなど、メンバーの興味や能力に合わせたキャリアパスを設定することで、メンバーのモチベーションを高め、組織全体の活性化に繋げることができます。そして、自己成長と組織貢献のバランスも大切です。キャリアパスは、メンバーの自己成長と組織への貢献をバランス良く実現できるよう設計する必要があります。自己成長を重視する一方で、組織への貢献を軽視してしまうと、メンバーのモチベーションが低下したり、組織全体の目標達成が遅れてしまったりする可能性があります。まさに幸福度を得られるチャンスを逃すことにもつながります。これら負の動きにならないように、定期的な振り返りが必要です。 定期的にメンバーとの面談を行い、キャリアパスに対する満足度や課題などをヒアリングすることで、キャリアパスの改善に役立てます。時間の変化や時代の変化、ましてや事業の変化によっても、キャリアパスは大きく影響を受けますし、常に最新化していく必要があります。メンバーの成長状況や顧客や組織のニーズに合わせて、キャリアパスを柔軟に変更することも重要です。まさにこの分野でも変化を楽しむことが大切です。

 

5.今回の総括です。

 幸福度を高めるサービスマネジメントを実践するためには、まず、サービス提供者と顧客の両方にとって「幸福」を実現するための人材像を定義することが不可欠です。この人材像は、単に業務を遂行する能力を超えて、顧客の満足度や幸福感を最大化するための行動特性や価値観を持つ人材を指します。例えば、共感力、柔軟な対応力、前向きな姿勢など、顧客のニーズや期待に対して敏感に反応し、誠実かつ効果的にサービスを提供できる人材が求められます。さらに、組織内での協力やリーダーシップも重要な要素となり、組織全体が幸福度を重視したサービスの提供に向けて一体となって取り組むことが必要です。
 次に、幸福度を高めるサービスマネジメントには、適切なスキルセットの確立が欠かせません。このスキルセットは、顧客との円滑なコミュニケーションを通じて信頼関係を築く能力や、問題解決に対する柔軟で効果的なアプローチ、さらにはサービスの質を一貫して向上させるための戦略的思考を含みます。顧客の心をつかむためには、技術的な専門知識だけではなく、感情的な知識や人間的な洞察も必要です。このようなスキルを持つことで、顧客満足度を向上させ、その結果として顧客とメンバーの幸福度を高めることができます。
 標準的なキャリアパスの設計も重要な要素です。キャリアパスを明確にすることで、組織内のメンバーは自身の成長と成功に向けて意欲的に取り組むことができます。特に、幸福度を高めるためのサービスマネジメントを推進する組織では、キャリアパスが単に昇進を目指すものではなく、メンバー自身の成長やスキルの向上を促進するものであるべきです。段階的なスキル向上をサポートする教育やトレーニングプログラムを提供し、メンバーがより高いレベルで顧客に対してサービスを提供できるよう支援することが、幸福度を高めるためのポイントです。また、キャリアパスの中でメンバーが自分自身の成長を実感し、充実感を得ることが、個々の幸福度を高め、結果として顧客に対するサービスの質を向上させることにも繋がります。これらの実践方法の振り返りとしては、まず、組織内で顧客の幸福度に焦点を当てたトレーニングやワークショップを定期的に開催し、メンバーが自身の役割や業務において顧客の幸福をどう実現するかを理解し、共有する場を設けることが効果的です。さらに、リーダーシップ層は、顧客の幸福度に貢献する行動や結果を積極的に評価し、メンバーに対してポジティブなフィードバックを行うことが、モチベーションやエンゲージメントの向上につながります。加えて、定期的な顧客満足度のフィードバックを活用し、実際の顧客の声をサービス向上のためのデータとして活用することも大切です。これらの方法を組織全体で実行することで、幸福度を高めるサービスマネジメントが実現され、最終的には顧客満足度や企業・組織の成長に寄与することが期待されます。

 次回は、人材育成に関する力量の中でも、より具体的な育成機会に利用するスキルフレームワークを中心にお話を進めてまいります。

 

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筆者紹介

岸 正之(きし まさゆき)
SOMPO グループ・損害保険ジャパン社の IT 戦略会社である SOMPO システムズ社に在職し、主に損害保険ジャパン社の IT ガバナンス、IT サービスマネジメントシステムの構築・運営を責任ある立場で担当、さらに部門における風土改革の推進役として各種施策の企画・立案・推進も担当している。専門は国際規格である ISO/IEC 20000-1(サービスマネジメント)、ISO/IEC27001(情報セキュリティマネジメント)、ISO14001(環境マネジメント)、COBIT(ガバナンス)など。現職の IT サービスマネジメント/人材育成・風土改革のほか、前職の SOMPO ビジネスサービス社では経営企画・人事部門を歴任するなど、幅広い経歴を持つ。

【会社 URL】
https://www.sompo-sys.com/

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