業務ナレッジを共有・継承するためのデータモデリング

第3回 待ったなしのレガシーシステム対応を前に急ぐべき人材育成【後編】

概要

導入から20年を超えた古い業務システムは、レガシーシステムと呼ばれ、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を阻害する大きな要因とされています。

レガシーシステムは古いプログラミング言語で書かれていることに加え、システム全体を把握している人やシステムそのものを保守してきたシステムエンジニアの多くが2025年までに定年を迎えるなど、第一線を離れることになり、その対応に苦慮している企業は少なくありません。

彼らのノウハウを次の世代に伝えようにも、当時のシステム開発における要件や仕様、業務知識の共有と継承は(コロナ禍の期間が数年間あったとはいえ)、思うように進んでいないといわれています。

本シリーズでは、先送りしてきたレガシーシステムの対応、特に業務仕様の可視化と共有をどうしていくべきかお悩みの方々に向けて、業務ナレッジ継承のためのデータモデリングとその有効性について、その概要をお示ししたいと思います。

目次
1.集団の知の重要性
2.これからのプロジェクトキーマンに求められるスキル

1.集団の知の重要性

データの関係や要素を意識して、業務要件を確認できるか

レガシーシステムの見直しにおいては、関係者間での現状業務のあり方や問題を共有することが重要であるという、このコラムのテーマに戻ります。
業務部門側のシステムユーザーや自社の情報システム部門、実際のシステム開発を進めるシステムインテグレータなどを含め、大きなシステム開発プロジェクトであればあるほど、そのステークホルダーの数は膨れ上がります。
そして、プロジェクトに関係する全員が業務上の課題を解決するためにスムーズに会話をし、コミュニケーションを円滑に進めることが重要となります。
が、実際には過去からの業務要件を明確にし、継承していく時間とノウハウが不足しており、その多くが現場まかせになっていて、一部の有識者に長年の知識が偏在しているケースがほとんどではないでしょうか。
また、システム部門はシステムユーザーと業務に踏み込んだ議論をするためのコミュニケーションのノウハウや経験も不足しています。
長年の経験を要する業務が全体の70%を占める企業も少なくない中、情報システム部門のシステムエンジニアは業務要件を確認するためのヒアリングに際して、現場のベテランを前にして、どんな質問をすればよいのかわからないかもしれません。
いっぽうで日常業務を抱える業務部門の人たちにとっても、システム刷新のためのヒアリングに応対できる時間は多くはありません。
限られた時間の中でいかに多くの情報を得ることができるか、それはデータの関係や要素を意識した上でヒアリングに臨めるかどうか如何で大きな差が出ることになります。

ヒアリングの仕方によって情報量が異なる

ある業務要件を確認するプロジェクト現場を想定し、ヒアリングの仕方によって収集する情報にどれだけの違いが発生するのかを見てみましょう。

(例)
受注明細の業務入出力(画面、帳票)に「受注明細番号」と「商品コード」の記載があった場合、[受注番号.受注明細番号]が識別子なのか、[受注番号.商品コード]が識別子なのかを確認し、その背景を把握するためにはどのように質問すべきでしょうか?
一般的には、以下のように質問することが多いと思われます。
『受注明細の識別子は、受注番号と受注明細番号で間違いはないでしょうか?』
この質問に対し、業務部門の人からは以下の回答がありました。
『はい、受注番号と受注明細番号で間違いありません。』
質問に対する答えとしては成立しているように見えます。
ですが、業務要件の詳細をヒアリングするという目的で考えた場合は十分とはいえません。
このやりとりの中では、同じ画面、帳票上になぜ「受注明細番号」と「商品コード」と両方の項目があるのか、その理由を確認できていないからです。
「受注明細番号と商品コードが識別子であるかどうか」の再確認はしていますが、「なぜ明細上でそうなるのか」を訊けていないのです。

的確な質問によって業務改善に向けた切り口を導く

本来のやりとりは以下のようになるべきでしょう。
『受注明細に同じ商品コード値・商品名が現れるケースはありますか?その場合、通常とどのような違いによって明細上に表れるのですか?』
業務部門の人からの答えが以下のようであれば、望ましい情報を得られたことになります。
『受注明細に同じ商品コード値・商品名が出るのは、通常の販売目的で商品を出荷する商品数を宣伝目的で無償提供する商品の数を分けたい場合です。』
このように、質問の仕方によって得られる情報量や内容に大きな違いが出てしまいます。
関係者の調整を経てようやく設けられたヒアリングの時間は貴重です。
限られた機会を有効に使わなければなりません。そのためには「質問力」が大切です。
上記の例にあるような受注や受注明細、商品コードの関係、つまりデータモデルを頭に浮かべながら、何を確認すべきか、ポイントを踏まえて的確な質問によって業務改善に向けた切り口を導くことができる一連のスキルが必要になります。
データ総研のモデリング技法に限らず、さまざまなドキュメンテーションスキルや表記法を勉強しても、実際のプロジェクトにおいて具体的に何を聞き、何をデータモデル上に表現すべきかがわからなければ、複雑な業務要件をまとめ切ることはできません。
また、業務入出力に表れるデータは、業務を構成する部品そのものですが、データひとつひとつがどんなビジネスの場面で、どんな目的で使われているのか想像することができなければ、そのデータはただの数値や名称に過ぎません。

データモデリングのポイント

なぜ現在のようにシステムが設計されたのか、なぜファイルを分割したのか、それは業務上のどんな理由に基づくものなのか、年数が経過して誰にもわからなくなったレガシーシステムを紐解いていくことは困難を極めます。
業務全体を理解している有識者が参画しているプロジェクトは稀であり、このような状況を簡単に解決する魔法の杖もありません。
業務に不可欠な部品であるデータ項目の意味をヒアリングで確認し、関係性をデータモデルによって可視化し、共有していくしかないのです。
データ総研のデータモデリング技法ならではのポイントを以下に記します。
その1.客観的な素材により可視化
データ総研のデータモデリングは現場で実際に使われている業務入出力などの素材を基に可視化を行うため、共通認識が容易になります。また、図面言語を用いることによって客観的に業務の構造を認識できます。
その2.残の見える進め方
業務入出力の一覧表を作成した上でそれを順次分析することによって、全体に対する「残」が見えるなど、作業手順が洗練されているため、可視化とレビューのサイクルを効率的に進めることができます。
その3.業務改善パターンの適用
データ総研は1,300件を超えるプロジェクト実績があります。その経験をベースに、業務の可視化に立脚した業務改善のパターンが蓄積されています。データモデリングによって可視化された業務にこの改善パターンを当てはめることで、客観的・論理的に業務要件の整合を判断します。

 

2.おわりに

これからは、どのような表記法やドキュメント、コミュニケーションツールを使うことになったとしても、業務を構造的に可視化する際に「何を聞き」、「何を表現するか」を身に着
けておかなければ、見てもらえない資料を山のように作成することに多大な時間を費やすことになります。多くのドキュメントを作成したけれども、次の工程で有効に活用してもらえないといった事態も起こりがちです。
業務ナレッジを次の世代に継承し、レガシーシステムの抱える問題を、ベンダーをはじめとして多くの関係者と共有していくにあたって重要なことは、データモデルをはじめとするドキュメントを用いた意思疎通によって業務の深堀ができることです。
私たちデータ総研は、データモデリングによって「業務を可視化することの本質」を知り、「データモデル上で業務改善箇所を見つける“着眼点”」を身に付けることをゴールとした各種教育研修コースをご用意しております。
レガシーシステム刷新のために使える期間とリソースは、時の経過とともに急減していきます。
ぜひデータ総研の教育研修カリキュラムを有効にご活用ください。

 

参考文献リスト

・「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」 経済産業省
・「企業IT動向調査報告書 2023 ユーザー企業のIT投資・活用の最新動向(2023年度調
査)」 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会

 

データ総研の教育研修

データモデリングスタンダードコース【入門編】
データモデリング初心者が学ぶべき全ての知識を効率的に習得!
https://jp.drinet.co.jp/school/standard-entry
データモデリングスタンダードコース【特訓編】
データモデリングを知識から武器に変えるための2日間!
https://jp.drinet.co.jp/school/standard-intensive
データモデリングアドバンストコース【ファシリテーション編】
データモデリングを駆使して、議論の空中戦に終止符を打つ!
https://jp.drinet.co.jp/school/advanced-facilitation
データモデリングアドバンストコース【ヒアリング編】
モデリング精度を高める「カギ」はヒアリングにあり
https://jp.drinet.co.jp/school/advanced-hearing
データモデリングアドバンストコース【課題&新規設計編】
抽象化して考える技術を学ぶ
https://jp.drinet.co.jp/school/advanced-issues-and-new-design

連載一覧

コメント

筆者紹介

筆者紹介
佐藤 幸征(さとう こうせい)

1998年、ビジネスデータの設計と標準化に特化した方法論に基づくコンサルティングと教育研修を事業基盤とする株式会社データ総研に入社。営業グループ配属後、2019年8月代表取締役社長に就任。国内リーディングカンパニーを中心に人材育成や組織づくりの啓蒙活動を行い、新たな時代のデータマネジメントとデータの資産価値向上の支援に従事している。

バックナンバー