システム管理者が知っておくべき経営視点、戦略的な情シスになろう!

第2回 「クラウドファースト」と「オンプレ回帰」、偉い人にはそれが分からんのですよ!と言っても解決しない、真逆の二つの流れを整理しよう!

概要

企業のシステム管理・システム企画部門のビジネスパーソンを読者対象に想定。特に、いわゆる「一人情シス」「兼任情シス」「立場が弱い情シス」にウエイトを置いた内容にします。日々の業務とDX戦略を結びつける「手がかり」の視点や、手が回らないITの経営戦略業務への関わり方など、いわゆる「情シス」と「経営」のインターフェース領域の話を中心にして記事に汎用性を持たせます。

本コラムでは、企業規模の大小に関わらない「情報システムと経営の関わり方」を、今日的な組織全体の生産性をテーマに解説していきます。

クラウド全盛時代の昨今です。一方で「オンプレ回帰」と言われるクラウドに移行したシステムとオンプレミスに戻す流れも出始めています。システムの人同士なら「適材適所で使えばいいじゃん」で終わる話ですが、普通の人は通じないと思っといた方が良いでしょう。テクノロジーの進化は一方通行なのが通常なので「クラウド化は失敗だった?」と考えてしまいがちです。

今回は「クラウドファースト」と「オンプレ回帰」についての整理を、日本の事象に絞って考えてみましょう。どちらの道を歩むにせよ「計画を立て経営の承認を取る」には、全体感の把握なしに説明できません。

日本のクラウドファーストはいつ頃から?
日本人の仕事のやり方が大きく変わった新型コロナウイルスの流行
オンプレ回帰の主要因とされる3つの理由

日本のクラウドファーストはいつ頃から?

2017年当時、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)がシステム基盤のAWSへの移行を「クラウドファースト」として表明しました。まさか銀行(それも三菱)が、基幹系システムも含めてパブリッククラウドへの移行ロードマップをリリースするとは、まさに青天の霹靂でビックリしました。日本経済新聞系の複数メディアで、何度かタイアップ記事が組まれたのも覚えています。

ほぼ同時期にAmazonからAWSの大阪リージョン開設もアナウンスされ、2018年頃からローカルリージョンとしてローンチされました。このことも「日本独特の商慣習のためにAmazonが大阪リージョン作る決済を通した」などと、システム界隈で話題となりました。「BCP的に東京&大阪じゃないと・・。」や「クラウドだろうがコンプライアンス的に国内サーバーじゃないと・・。」の拘りが日本独自の商習慣と言われています。

 

日本人の仕事のやり方が大きく変わった新型コロナウイルスの流行

2020年の緊急事態宣言以降、在宅での仕事を強く要請された企業の多くでテレワークが導入され、結果として日本のクラウドシフトが一気に加速しました。大盤振る舞いの補助金もあったので、よくわからないままシステム導入した中小企業も見聞きします。

根本的な問題としてはペーパレス化があるのですが、一朝一夕に整備できる話でもありません。「管理職なので、ハンコを押す為に毎日出社している」なんて笑えない話もありました。それでも眼に見える変化として、「Web会議」の一般化や出張の激減などは良いことで、社会全体の生産性は明らかに上がりました。

 

オンプレ回帰の主要因とされる3つの理由

「サイバー攻撃等の社会情勢を鑑み、コンプライアンスやセキュリティ上の観点から、オンプレミス回帰を選択したい」などが、稟議書に書くときの作法かもしれません。ただ「クラウドの方がオンプレより安全安心」と考える人も少なくない現状もあります。昨今のランサムウェアの猛威を鑑みると、VPS(仮想専用サーバー)でroot権限を持っていることが、AWSなどのパブリッククラウドに比べてセキュリティ的に有利なのか、人により捉え方は異なるでしょう。

と言う訳で、本コラムではセキュリティの問題には深入りしません。オンプレ回帰の本音レベルの主な理由として、以下の3つを挙げておきます。

(1)クラウドで運用コスト増の2パターン、「向いていない使い方」と「円安」

AWSのような「データ転送量」と「APIコール数」で課金されるサーバーで、導入検討時のシミュレーションで想定しなかった、高額課金される「向いていない」使い方をしているケース。

4K動画の配信など「データ転送量」の課金問題は分かり易いパターンです。気づきにくいのがログファイルのバックアップで、数バイトですが大量のファイル移動になるのが大抵のパターンです。ファイル数だけAPI書き込みオペが起こりますから、想定以上の「APIコール数」課金が発生してしまいます。内部統制で「ログの保存」が規定化されるのは時代の流れですが、これこそNASに突っ込んどけば十分な話ですよね。

次に最も多いのが、ここでも円安の影響です。AWSなど外国企業のクラウドサービスでは(請求は日本円ですが)ドルベースで課金計算することが一般的です。為替相場は、2011年の東日本大震災の円高の後、概ね1ドル=110円程度で長らく安定していました。しかし米国FRBがコロナでジャブジャブにした資金の量的引き締めを開始した2021年11月より「円安ドル高」構造に転換し、2024年7月現在は1ドル=160円前後で推移しています。ドルベースの課金ですから、「クラウドファースト」で移行した多くの日本企業にとって、クラウドは45%程度のコスト増になりました。

(2)クラウドでレスポンスが遅くなった?

従来は、社内にファイルサーバーやNASを設置し共有フォルダに置いた各種ファイルで仕事をしていました。ある程度の規模の会社だとクループウェアでファイル共有しているでしょう。

使用セキュリティ面の不安からクローズド環境で運用している会社も少なくありませんでした。本音では「Notesでグリグリに組んじゃっているので、クラウド移行はそう簡単じゃない」の大企業も、コロナ期のテレワーク導入の大義名分で「脱Notes」できた副次効果もあったようです。

さて以前から気の利いた会社だと、VPN接続で社内ネットワークに接続できていました。ところが、テレワークで外から社内ネットワークに接続する人が一気に増えたので、ネットワーク帯域と言うより、VPNゲートウェイの処理でオーバーフローしてしまうケースが多発しました。大企業でなくとも、補助金で導入したUTM機器のVPN機能がテレワークのボトルネックに、なんて話もあります。

これらは、クラウドとは直接関係無い基盤系の話なのですが、徐々にクラウド導入していた時期に起こると、普通の人はゲートウェイ処理なんて意識しませんから、「クラウド導入でレスポンスが遅くなった」と勘違いしがちです。

Microsoft356、Google Meet、zoom、Chatwork、Trello、Box、クラウドサイン、etcと順次導入しているなら、どこかでDNS設定を変えてローカルブレイクアウトすれば解決する問題です。しかしコンプラ専門部署がある会社だと、「セキュリティポリシーやPマーク、ISMSを理由にコンプラ部署が良い顔せずに身動きが取れない」等の笑えない話もあるようです。費用の問題ではなく、権限・責任の問題が絡むゆえに変化を嫌うので、オーナー社長ではない大きな組織ほど厄介です。

(3)クラウドが解るエンジニアがいない

IT人材不足が叫ばれて10年にはなりますが、状況は改善するどころか悪化する見込みです。下記の図の通り、IT人材供給のピークは2019年でした。少子化が人材需要に供給が追いつかない根本原因にあるので、そう簡単には解決しません。特にクラウドエンジニアは新しい職種ゆえに慢性的に人手不足状態で、売り手市場が続いています。


出典:経済産業省「ITベンチャー等によるイノベーション促進のための人材育成・確保モデル事業」参考資料(IT人材育成の状況等について)

強い需要超過ならばクラウドエンジニアの賃金は高騰しそうなものですが、経済学的な価格決定メカニズムが働かないのが現状です。昔からの根深い問題で、下記のような売り手市場ではあるものの、人が集まらない悪循環が原因です。

日本のIT業界特有の商習慣で、客先常駐も含めた人月単価の仕組みと、多重下請け構造での中抜き問題の2点があり、クライアントがベンダーに払う保守管理料は(安くなることはあっても)よほどでないと上がる構造にはなっていません。また要員計画の1人月の計算には、面談とか研修とか本業以外の諸々の時間は含まれていないことが普通ですから、自動的に時間外労働が前提になりがちです。

ですから、システム部門の内製化については賛否両論あるものの、新卒採用がしやすい大企業を中心に一定のニーズや動きが継続しています。またオンラインストレージや各種SaaSサービスが選び放題の時代ですから、カスタマイズでシステムを人に合わせるより、人がシステムに合わせ使い込むのが普通になるかもしれません。当然ながら社員のITリテラシー底上げが必要なのですが、企業によっては高齢化問題がネックで上手くいきません。

円安ゆえオフショア開発にも限度があり、エンジニア不足は解決されないまま推移する問題なのかもしれません。

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筆者紹介

高階 修(たかしな おさむ)
1967年生まれ

大学卒業後、1995年に株式会社ジャックスに入社。バブル崩壊~金融再編の激動期を、上場ノンバンクの経理財務本部にて勤務する。投資家、経営コンサル、債権管理回収会社(サービサー)の運営を経て、2022年8月に経営コンサルティング会社「松濤bizパートナーズ合同会社」を設立、代表に就任。
数多くの企業の破綻再生事例を背景に、経営のヒントと実務ノウハウを伝授する。システムなどバックオフィス部門の経営や、営業などのプロフィット部門からの孤立化(サイロ化)を修正することを含め、財務諸表や事業計画を再構築し、生産性の向上を図る。
趣味は砥石を使って包丁を研ぐこと。過熱水蒸気調理は面倒なので使わない派。
著書に「小さな会社の経営企画」
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松濤bizパートナーズ合同会社 
 https://partners.shoutou.me/

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