組織横断で取り組むIT資産運用プロセス構築 ~クラウド・仮想化環境の全体最適化、ガバナンスの獲得~

第19回:「うつ病」回避のために正しく「No」と言おう!

概要

デジタル トランスフォーメーションへの期待が高まるなか、大手企業の IT部門への期待はますます高まっています。その期待に応えるためには今まで以上に IT環境のガバナンス、コントロール、セキュリティ対策などの成熟度が求められます。 ますます複雑化する ITインフラに対して、どうすれば成熟度を高めることができるのか? 欧米の大手組織では、その鍵は「全ての IT資産のコントロールである」として取り組みが進んでいます。 本シリーズでは、「IT資産運用プロセス」という組織全体で取り組むべき業務プロセスの設計やガバナンスの獲得により、「IT環境の全体最適化」を最終ゴールとして解説していきます。

目次
運用管理部門だけで管理できない、IT資産管理、ライセンス契約管理、クラウド契約管理の現実
「管理するためには測定できなければならない」
管理するインベントリ情報は「何を管理するべきかという管理メトリックを契約の使用許諾条件から、環境に依存する解釈を理解した上で抽出しなければならない」

COVID-19 は、世界経済に大きな影響を及ぼし、数年規模で私たちの仕事にも悪影響を残すでしょう。過去「川下」としての運用管理は、特に火消し作業に追われ疲弊してきました。具体的なIT戦略に基づく運用管理戦略や、明確な目標を与えられずに、問題が発生する度に対応が迫られる。それはあたかも道しるべのない広大な砂漠を全力で走り続けるかのような環境でした。そのような環境では疲弊するのは当たり前で、「うつ」になるのも必然とも言えるかもしれません。

しかし、デジタルビジネスの時代の大波は収まるどころか拍車がかかるでしょうし、世界経済の悪化によりベンダーの競争は激化し、ライセンス監査結果を利用した有無を言わせない高圧的営業戦略の増加により、ユーザーにとってもますます厳しい局面がやってくるに違いありません。特に「川下」の運用管理者には「どうにか帳尻を合わせろ」という理不尽なリクエストも増えることが容易に想像できます。(本来エコシステム環境は、再利用モデルであり、川上・川下ではなく還流で、運用がセンターポジションなのですが・・・その話はまたの機会にします)

「IT資産管理ぐらいはできるだろう」とか、
「ライセンスぐらいは管理できる」とか、
「ライセンス契約やクラウド契約は読めば分かるだろう」など、
実際に自分では経験のない経営者は、あたかも誰かに責任さえ与えれば実現可能かのように口にするかもしれません。経営者にとっても経済の悪化は様々な想定外の課題を乗り越えなければならず、「これぐらいのことは誰かに押し付けてでもやらせなければ」という心を鬼にしてでもという状況かもしれません。それでも、不可能なことを引き受けてしまえば、自分たちが苦しくなり病んでしまうことになるので、「できないことは、できない」と正しく押し返すことも大切です。

今回は、ライセンスやクラウドなどの契約をIT資産と考えた時に、これからのエコシステムにおいて増えるであろう複雑化するIT契約で、どのように「No」と言うのかについて解説したいと思います。


運用管理部門だけで管理できない、IT資産管理、ライセンス契約管理、クラウド契約管理の現実

複雑化するIT環境におけるIT資産は、サブスクリプションのクラウド契約がクライアント環境やサーバー、データセンター環境で増加しています。ライセンス契約の使用許諾条件も仮想環境の複雑化により、管理は使用許諾条件の解釈も含み、専門性が要求されるようになりました。
そもそも「管理」するということはどういうことでしょう?

「管理するためには測定できなければならない」

例えば、自分の健康状態を管理する場合に、血液検査の結果から様々な検査項目の値を健康とされる「しきい値」と比較して健康状態を管理します。IT運用管理も同様、様々なITテクノロジーの状態を「しきい値」により管理してきました。テクノロジーをベースとしたIT環境の管理は運用管理ツールの「しきい値」をテンプレート化したツールを導入して管理することで実現してきました。ところが、IT資産やライセンス契約などではそれができないのはなぜでしょう?

それは、管理対象となる資産の管理メトリックがテクノロジーではなく「ユーザー組織に依存するビジネス情報」だからです。
ソフトウェアライセンスを取得する際の購買情報や、使用許諾条件を識別するためのエディションやライセンス消費を定義するモデル、あるいは組織ごとに定義される対象ユーザー組織のスコープや使用地域など、これらはユーザー組織ごとに異なるため、簡単に「しきい値」としてテンプレート化することが困難なのです。

さらに困難にしている要因の一つが、これらの情報の発生は運用部門ではなく、調達部門であったり、開発部門のプロジェクトチームであったりして、運用部門では管理していない情報であることが多いからです。

管理するインベントリ情報は「何を管理するべきかという管理メトリックを契約の使用許諾条件から、環境に依存する解釈を理解した上で抽出しなければならない」

運用部門では、管理対象としての管理メトリックが、使用許諾条件として組織の運用環境において定義され、管理対象として要求されて初めて管理が開始できるのであって、「とりあえず管理しろ」では、「何を管理対象として管理するかが分からない」という状態になってしまうのです。

つまり、管理対象としてベースにするべきライセンス契約/クラウド契約の使用許諾条件を理解し、管理メトリックとして定義する川上における契約コントローラーが不在の状態では、運用管理部門で管理を実施することは不可能だと言えるのです。

このようになぜ、運用部門では管理が不可能なのかを正しく説明し、できないことはできない、と正しくNo と言えるように準備しましょう。経営者の中には「そんなことは百も承知だ。だからと言って新たに体制を構築することは難しいから、無理を承知でやれと言っているんだ」という確信犯もいるので十分にご注意を。そんな場合は、経営者の教育としてSLAM講習のショートバージョンを実施することをお勧めします。

一般社団法人日本ベンダーマネジメント協会では、Oracleベンダーマネージャを含むメガベンダーのベンダーマネージャ育成などを支援しています。4月から「Oracleベンダーマネージャ研究会」も活動を開始します。この機会に日本ベンダーマネジメント協会の活動をチェックしてみてください。

ベンダーマネージャの社内育成とアウトソーシング
グローバル市場では、特定のベンダーに特化したベンダーマネージャのアウトソーシングサービスやコンサルテーションなどが多数存在しています。特にOracle社の契約は複雑で、専門的知識が要求されますので、この分野の専門コンサルティング会社の増加が顕著です。しかし、サービスの品質はまちまちですので注意も必要です。

これらの課題を経営層に対して理解を促し、現場の取り組みを支援する組織としてベンダーマネジメントの啓蒙から教育、ベンダーマネージャ同士の横の繋がりをもって、より良いベンダーとの関係性を構築するためのパートナー戦略や、契約交渉力を身に着けるために「一般社団法人 日本ベンダーマネジメント協会」(https://www.vmaj.or.jp)が発足されました。
日本ベンダーマネジメント協会では「Oracleライセンスたな卸しサービス」などもグローバル市場のOracle専門コンサルティング会社との連携サービスなどをご紹介しています。自社のOracleライセンス契約の状態に不安がある方は、日本ベンダーマネジメント協会に問い合わせることをお勧めします。

日本ベンダーマネジメント協会では、ベンダーマネージャ育成や、新時代に求められるVMOの定義を可能とする「ソフトウェアライセンス契約管理講習:SLAM(Software License Agreement Management)」(https://www.vmaj.or.jp/archives/member)(Oracleライセンス契約管理オプションあり)を、 VMOやSLO管理ツールの運用アウトソーシングのためのRFP策定の定義の教育などを講習としても提供していますので、ご利用ください。

連載一覧

コメント

筆者紹介

武内 烈(たけうち たけし)
1964年生まれ。
一般社団法人
日本ベンダーマネジメント協会
代表理事
ITIL Expert、IAITAM認定講師

IT業界では主に外資系ソフトウェアメーカにおいて約25年間の経験を持つ。
技術的な専門分野は、ネットワークオペレーティングシステム、ハードウェアダイアグノスティック システム、ITマネジメントと幅広い。大手外資系IT企業ではプロダクトマーケティングスペシャリストとして、ITマネジメントの分野で、エンタープライズJavaサーバー(WebLogic、WebSphere)、SAP、Oracle、ESB(Enterprise Service Bus)などからWeb Serviceテクノロジーまでの管理製品を手掛ける。
IT 資産ライフサイクル管理プロセス実装のためのAMDB・CMDB 製品開発プロジェクト、データセンターのCMDB およびワークフローの実装プロジェクト、IT資産管理(クライアント環境) MSP のサービスプロセスの開発・実装プロジェクト(CMS/サービスデスクを含む)、ライセンス管理のためのSAMプロセスおよび自動化テクノロジー (CMS/サービスデスク)の設計・実装プロジェクトなど多数のプロジェクト経験を持つ。
IT資産管理のポリシー、プロセスを、どのように自動化テクノロジーに結び、ITサービス管理戦略やロードマップとの整合性を取りながらIT資産管理プログラムを実行性の高いものにしていくのかのコンサルティングを得意とし、大手組織におけるIT資産管理プロセスとサービス管理プロセスの統合プロセス設計、自動化設計、実装プロジェクト、IT資産管理プログラムの運用教育の実績多数。

 

【ホームページ】
一般社団法人
日本ベンダーマネジメント協会
www.vmaj.or.jp/
【情報】
Twitter( @VMA_Japan)


バックナンバー