IDC Japanが2011年11月に発表した『国内クラウドサービス市場予測』では、2011年の国内クラウドサービス市場は前年比45.9%増の662億円規模となり、急速に拡大を続ける結果2015年の同市場規模は、2010年比5.6倍の2,550億円になると予測されています。このクラウド化の進展は、ITサービスマネジメントやシステム運用の領域にも大きな変革を促すことになると考えられます。
クラウドの現状
IT業界に限らず、高い関心を継続的に集めるクラウドですが、広く関心を集めるキーワードにもかかわらず、その国内普及率は、米国と比較してまだ「検討中」の比率が高いのが現状です。クラウド利用が米国ほど普及していないのは何故か?日本の利用者側の理由を推考してみます。
■セキュリティ、データの保全に関する懸念
インターネット上のサービスあることから、誰がどこに、どのようにデータを管理しているのかわからない、または明かされないことに懸念を持たれる場合があります。データセンター内のセキュリティは暗号化等で維持されているとしても、インターネット上での伝送時の安全への懸念を持たれる場合があります。
■自社固有の機能、他社との差別化が実現されない不満
クラウドサービスは、基本的に、汎用的で共通のサービスを利用することが前提であり、その前提において自社独自のシステムを保有することに比べて、低コストでのシステム構築と利用を可能にしています。しかしながら、日本国内においては、パッケージプロダクトの利用率が米国や欧州に比べて圧倒的に低いことが示すように、自社独自の機能を独自のシステムで実現し、それにより他者との差別化、優位性を求める場合が、業界により多くあります。クラウドサービスに対しても同様の不満、不足感が指摘される場合があります。
■共通サービスをベースにする成功事例待ち
上記のように、汎用的なサービス、プロダクトの機能と本来的に要求される独自の機能との差異について、正確なFit&Gapを行わずにパッケージプロダクトの導入を決め、多くのカストマイズを加えたことにより性能低下やバージョンアップの不能など失敗経験を持つ企業が多くありました。汎用的なサービスと独自のビジネスロジックとの整合を新しいテクノロジー下で実現する先進ユーザになることへの不安が大きく、他社の導入事例を待って見極めたい傾向があります。
クラウド化に伴うサービスの変化を予測する
前項の様な日本独特ともいえる傾向を鑑み、クラウドにかかる導入事例や各社の提供サービス内容を調査し、今後の進展方向を予測します。
■クラウド化による、サービスの変化
株式会社ノークリサーチ社の「2010年版SaaS/クラウド市場の実態と中期予測レポート」によると、2012年度以降はPaaSが大きく伸びると予想されています。これは、PaaSを活用した新規開発が増加するものではなく、既存の業務システムからの移行できる仕組みが整うことによる増加と予測されています。この段階になると、PasSとIaaSの区別も曖昧となり、両者が徐々に融合していくとも考えられます。
並行して情報システムのクラウド移行が加速するでしょう。提供サービスの大きな変化も起こります。現在の固定機器への提供によるサービスからモバイルやスマートフォン等、多種多様な機器によりサービスが提供できるようになります。
■クラウド化における解決すべき課題を予測する
反面、BYOD(私物デバイス活用)の拡大に伴う、機密情報の閲覧等による情報漏洩等を防ぐためにも、IT組織は今まで以上にITサービスに対して統制を行う必要があります。クラウドサービスと社内システムの連携などITの連携を通して、経営戦略に迅速に対応するため、IT統制・ITサービス提供・IT戦略も、今後のIT組織の重要な要素となります。また、企業情報(データ)の取扱い(法的対応)の強化も重要です。例えば「情報」は多くの場合、「データ」としてITによって管理されています。クラウドを利用した場合は、そのデータの所在(場所)が不明確となります。場合によってはクラウドサービスのプロバイダが国外・それも複数の海外データセンターを活用していることも考えられるため、データの所在が明確でありません。
この際に問題となるのが、その企業データがデータセンター所在国の法律の適用対象となることであり、所在国でデータの閲覧ができてしまうことです。これは、データの機密性を重要視する企業においては、クラウド活用の足かせとなり、早急に解決が求められます。クラウドの採用にあたっては、データの所在をしっかり確認した上で契約する必要があると言えます。
■今後、システム運用部門のあるべき姿
これらの変化に対応するために、現在のIT部門の主な業務、オペレーション作業や、障害対応といったシステムオペレーションに関する『作業』からの脱却が急務と予測されます。今後、コア・コンピタンスではない自社で保有するシステムについては、クラウドなどの外部サービスの利用に移行することで、構築スピードや運用、維持管理コストを削減するなどの対応が必要になってくると考えられます。また、コア・コンピタンスではない、
かつ、どうしても手作業の残るシステムオペレーションはアウトソーシングの利用が加速すると思われます。
これまでのような『作業』を中心とした運用管理から、ITサービスマネジメントを中心とする知識集約的な「マネジメント業務」にシフトすることが必然となります。
クラウド時代の企業のIT戦略とサービス視点
無論、クラウド利用による企業のメリットも多く、クラウドはこれからの企業のIT戦略を立案する上で、なくてはならない要素になると言えます。
- 品質面
クラウド事業者が提供するサービスの可用性や品質が向上し、今やオンプレミスに匹敵する、あるいは凌駕するほどになってきているため、低コストで高品質なITサービスを利用することができる。
BCP対策における、リスクの分散・最少化に貢献することが可能。
- コスト面
利用分に応じた従量課金によってコストを最適化できる。
初期投資がほとんど必要ないうえ、資産を持たない経営が可能になる。
- スピード
構築に時間がかからないため、経営戦略に応じた柔軟なITサービス利用が可能になる。
必要な時に必要なリソースを確保できる(スケーラビリティ)
クラウドのメリットを活用し、企業のビジネス拡大を実現するために、クラウドの導入はますます加速していくと考えられます。ITシステム運用は、これまでのオンプレミスに加え、クラウドを活用するために、「サービス視点」による運営がますます期待されることとなります。その期待にこたえるためには、これまでのように、IT資産をインフラ指向で管理するだけではなく、サービス視点で整備し、ITをサービスの視点で管理していく必要があるといえます。
クラウドの活用による企業価値の創出
クラウド活用の本質は、これまでのオンプレミスを中心とした環境に加え、クラウドのメリットを十分に把握し、適材適所で活用することによって、ITを企業価値の創出のための道具とすることです。
■ITサービスによる企業価値の創出のための仕組みが必要
安易に自社のシステムにクラウドを導入できるわけではありません。様々な新技術への対応や、運用方式を再構築して行く必要性があります。既存のシステムや、パブリッククラウドとして使用している外部のITサービス利用も含めた統合管理を行わなければ、利用者が期待するITサービスを提供することができません。
ITサービスを見える化し、標準プロセスを構築してITリソースを体系立てて維持、管理するための専門組織(SMO)の設置が有効と考えられます。
■利用者とITサービス提供者のコミュニケーションの向上による企業価値の創出
ITサービスの利用者と提供者をつなぐツールとして、ITをサービス視点で捉え、利用者にもわかる言葉で表現するサービスカタログを作成することをお勧めします。
利用者にとっては、「サービスカタログに記載されたITサービス」が、オンプレミスで稼働していようと、クラウドであろうと関係ありません。利用したいITサービスが利用したい時に、適切な品質で提供されることが重要です。サービスカタログを通して、利用者とIT部門のコミュニケーションを深め、企業価値の創出のためにどのようなITサービスが必要かを確認し、構築していく必要があります。
また、IT部門としてクラウドのメリットを享受するためには、どのような技術を用いてITサービスを提供するかを都度考えるのではなく、ITサービスに必要な技術要素を選択するため、利用できる技術要素や、ITサービスを正確に把握するために、技術サービスカタログを構築することが必要です。
サービスカタログを整備することによって、利用者が求めているITサービスに必要なIT資産やリソースが明確となります。これらのITサービス提供をSMOによって運営することにより、ITサービスマネジメントを実現し、継続的にビジネスに貢献、企業価値を創出していくことが可能になるのです。
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