概要
この連載企画は、日本のグリーンITが世界最先端を走っている事実を紹介するものだ。グリーンITと言っても二種類ある。“グリーンofIT”と“グリーンbyIT”である。前者がIT機器自体の二酸化炭素排出の削減を目指すもの。後者はIT機器利用による二酸化炭素排出の削減である。この連載では後者の“グリーン by IT”を取り上げる。
福島第1原子力発電所の放射能漏れ事故は、ついにチェルノブイリ事故並みの「レベル7」に引上げられた。ただ、外部に漏れた放射能性物質は、チェルノブイリ事故の1割程度である。内外では、「レベル7」が独り歩きしている。今回の事故処理に当たって、日本はもちろんアメリカやフランスの専門家も取り組んでいるので、冷静に事態の推移を見守りたい。日本政府は、この6月末までに震災地の復興計画を策定する方針である。その際、地域復興政策の「目玉」になるのが、この連載で取り上げている「スマート・コミュニティ」(環境配慮型都市)になろう。以下、その理由を示したい。
グリーンITで世界標準を目指す
東日本大震災では、地震・津波に加えて放射性物質障害という「三重苦」に苛まされている。これを解決するには、「復旧」という元に戻すだけでは不十分である。世界最先端の設備とシステムをつくり今後は海外へ輸出する意味で、「一挙両得」を目指すべきである。それには「スマート・コミュニティ」が最も相応しいのである。震災地域の復興と同時に、日本経済の将来を託する「二重の目的」が実現するからだ。
関東大震災(1923年)では、「都市の不燃化」が復興の目玉になった。その一つが、「鉄筋コンクリート」建物(アパート)である。もう一つは、都市計画であり道路幅を拡張して欧米並みの都市づくりを目指した。後藤新平が内務相兼「帝都復興院」総裁に就任したが、その後の財政逼迫を理由に当初の壮大な都市計画は大幅に縮小された。「鉄筋コンクリート」建物のほかに、唯一実現したものが東京都心の「昭和通り」だけである。
東日本大震災では、こうした「食い逃げ」が許されるはずもない。これを「奇貨」として「スマート・コミュニティ」の実績を積み、国際標準づくりへの足がかりにすることだ。そうなれば、日本経済は「前途洋々」である。国際標準が「日本規格」で統一できれば、前回の連載でも指摘したように、これから世界で展開する「低炭素社会」へのリ-ダーシップを日本が確実に握れるのである。
「低炭素社会」は「脱化石燃料」が支えるので、太陽光など再生可能型エネルギーをいかに既存エネルギー体系のなかに組み込むかがポイントになる。つまり、火力・原子力発電などの「集中型発電」と、需要地で分散配置して発電を行う再生可能型エネルギーの「分散型発電」を、最新のIT技術を駆使し効率的に管理する「スマート・グリッド」(次世代送電網)の活用が柱になる。大津波がもたらした原発事故の汚名は、「スマート・グリッド」活用による低炭素社会実現へのパイオニアで十分にそそげるはずである。「禍を転じて福となす」とは、まさしくこれを言うのである。
「スマート・グリッド」や「スマート・コミュニティ」は、社会インフラを一変させる大規模なプロジェクトであり、巨額な資金を必要とする。東日本大震災では広範囲な災害に見舞われた以上、復興はゼロベースから始まる。考えようによっては、禍が転じて新システム導入上での障害物をすべて取り払われたに等しいのである。世界最先端の「スマート・コミュニティ」を建設するのにまたとない機会がきている。これを見逃すようだったら、もはや日本の未来は暗澹たるものだ。
「スマート・グリッド」や「スマート・コミュニティ」において、日本規格が国際標準に採用されるとなれば、日本産業界にとって一大朗報である。「スマート・コミュニティ」に関連する業界は、重電機、電力、ガス、自動車、住宅、ITなどに及んでいる。日本は個別の業種において抜群のコスト・パフォーマンスを示しても、システムとなると競争力を欠く、と指摘されてきた。実は、システムとして売る方が採算は格別に良くなるのが普通である。それは、「単品」よりも「セット」になれば、そこにノウハウが詰め込まれて高付加価値を生むからである。
日本の自動車とデジタルカメラが世界で高いシェアを誇っているのは 、内部構造が相互依存性で非常に強い「擦り合わせ領域」となり、完全なブラック・ボックスになっているからである。海外のライバルメーカーが、模倣したくてもブラック・ボックスゆえに模倣が不可能である。「スマート・コミュニティ」でも理屈は同じである。異業種が「串刺し」で結びつくことによって、高い競争力を生みだすのだ。そのまたとない舞台が、東日本大震災という「不幸」をバネにして国内に現れた。これは、「頑張れニッポン」に相応しいテーマなのである。
鳩山首相(当時)が09年12月訪印の際、日本政府はインド内の鉄道事業に対する4500億円の資金援助と引き換えに、インド政府が計画しているスマート・グリッド整備事業について優先的に受注交渉できる権利を得た。インド政府では、鉄道を敷設するデリーとムンバイ間の4都市において、スマート・グリッドのほか、上下水処理や公共運輸システムなど、都市インフラの統括的な整備に取りかかる。2011年にスマート・グリッドの実証試験を開始して、その結果を踏まえて事業化する予定である。中国でも11年から実証試験のプログラムを始める。北京市の共青城でエネルギー、水、リサイクル、交通システムなどを含めた共同プロジェクトを立ち上げるのだ。さらに、中国全土への展開も視野に入っている。
これら二ヶ国でのスマート・グリッドとスマート・コミュニティへの実証実験や事業化を通して、日本は国際標準化へ大きく前進する。日本規格が世界規格へ格上げされれば、部品メーカーを含めて大きなメリットを享受できるのだ。国際標準に向けて、「第一弾」と期待される動きが4月初旬に始まった。「スマート・グリッド」に関して、トヨタ自動車とマイクロソフトの間で提携が実現したのである。提携内容は、家庭や企業などで電力を融通しあったり、再生可能型エネルギーを有効活用したりするスマート・グリッド分野での基盤技術を共同開発する。このスマート・グリッドで重要な役割を果たすのは住宅である。トヨタはグループ内に住宅メーカー二社を抱えており、住宅での自然エネルギー発電を家庭内で蓄電すれば、それをプラグイン・ハイブリッド車(PHV)の電源に使用できるのである。ここでは、住宅自体が「小さな発電所」機能を果たすという、かつてない光景が展開するのだ。さらに地域で大規模になってくると社会インフラとして育ち、「スマート・コミュニティ」へと発展する。
住宅が小さな発電所になるという「スマート・ハウス」機能の開発には、多くの住宅メーカーが取り組んでいる。積水ハウス、大和ハウス、住友林業、積水化学、トヨタホーム、旭化成ホームなどだ。例えば住友林業は東芝と、積水化学工業はNECとそれぞれ組んで、太陽光発電(太陽電池)や家庭内での電力消費を制御・管理する「ホーム・エネルギー・マネジメントシステム」(HEMS)の開発を進めている。トヨタ自動車とマイクロソフトの提携は、関連業界への刺激も大きく、「スマート・コミュニティ」への取組みを一層、加速化させよう。東日本大震災は、時代を大きく動かす「キー・ストーン」(かなめ石)になるはずだ。
次回は最終回で、「グリーンITが21世紀産業の主流になる」を予定。
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筆者紹介
1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。
著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)
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