概要
この連載企画は、日本のグリーンITが世界最先端を走っている事実を紹介するものだ。グリーンITと言っても二種類ある。“グリーンofIT”と“グリーンbyIT”である。前者がIT機器自体の二酸化炭素排出の削減を目指すもの。後者はIT機器利用による二酸化炭素排出の削減である。この連載では後者の“グリーン by IT”を取り上げる。
3月11日を境に、日本中が「節電」意識へと大きく舵を切った。「計画停電」という名の下で豊かな社会は突如、「エネルギー危機」を肌で実感したのである。この連載テーマは、「独走する日本のグリーンIT」である。皮肉にも東日本大震災が、「日本のグリーンIT」を世界で「独走させる」社会的基盤をつくりあげたと言える。世界的に原子力発電について見直し気運が強まっている。同時に安全運転への取組みも一段と力は入っているが、世界の大勢は「スマート・グリッド」(次世代送電網)への関心を深めている。日本には、「禍転じて福となす」という諺どおり、危機をチャンスとする「社会的イノベーション」が求められているのだ。
グリーンITが21世紀産業の主流になる
いま私は、「社会的イノベーション」という言葉を使った。あの有名な経営学者の故P・F・ドラッカーが、著書の中で頻繁に用いたものである。「社会の問題を事業上の機会に転換するための最大の機会は、新技術、新製品、新サービスでなく、社会問題の解決、すなわち社会的イノベーションである。事実、成功を収めた企業の秘密は、そのような社会的イノベーションにあった」(『マネジメント』)。ドラッカーと言えば、目下、ベストセラーになっている『もし高校野球の女子マネジャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』で、多くの方々にその名前が知れ渡っている世界的な経営学者である。
その「社会的イノベーション」についてドラッカーは、「イノベーションを殺すにうってつけの過ちとして、変化に対して用心しすぎ、守りに回って過去のことから離れられないこと」(『非営利組織の原理と実践経営』)と指摘している。この言葉は、現在の日本にピッタリ当てはまっていると思う。約850年ぶりと言われる大地震と大津波に襲われ、さらに原子力発電所からの放射性物質の被害が加わった「三重苦」にある。この「危機」に対処して、「変化に対して用心しすぎ、守りに回って過去のことから離れられない」では、なんとも情けない話であろう。敢然として過去から離れて、「グリーンIT」活用による新しい国づくりを始めなければならない。これは改めて言うまでもないことだ。
「グリーンIT」とは、最新のIT技術を駆使し効率的に管理する「スマート・グリッド」の活用と、これをベースにした「スマート・コミュニティ」(環境配慮型都市)の建設が一対の存在である。もちろん、ものごとには順序があるから、まず「スマート・グリッド」で地域の電力需給のバランスを実現させる。これだけでもまだ世界には例がなく、その先鞭を切る実験場所が東日本大震災による被災地である。具体的な震災復興計画にはそれが一部分でも盛り込まれるであろう。スマート・グリッドによる電力需給の調整では、自然エネルギーが重視される方向である。その自然エネルギーについて、早速、環境省が次のような試算結果を4月21日に発表している。
それによると、風力発電を普及できる余地が最も大きく低い稼働率を考慮しても、最大で原発40基分の発電量が見込めるというのだ。風の強い東北地方では、原発3~11基分が風力発電でまかなえる計算だそうである。今回の試算は、理論上可能な最大導入量から、土地利用や技術上の制約を差し引き、事業としての採算性確保を条件に加えている。つまり、現実に風力発電が事業に乗る前提での試算だというのである。この試算については賛否両論があるだろうし検証も必要である。ただ、「風の強い東北地方では、原発3~11基分が風力発電でまかなえ」とは、ちょっと気になるデータである。
環境省は震災復興にあたり、風力発電を含めた自然エネルギーの導入を提案していく方針だ。試算によると、固定価格買い取り制度など震災前に政府が決めていた普及策を前提に、風力なら日本全体で約2400万~1億4000万キロワット分を導入できるという。風が吹いているときだけ発電するため、稼働率を24%と仮定した。それでも出力100万キロワットで、稼働率85%と仮定した場合の原発約7~40基分に相当するというのだ。
上記の風力発電が操業した場合、相手は「風頼み」であるからすべて計算通りになるとは限らない。そこで切り札として「スマート・グリッド」が不可欠となる。地域における電力の過不足を調整しなければならないからだ。ともかく、自然エネルギーの本格的な活用という事態は、日本で初めての経験である。この背後において、現在は封印されている「電力自由化」「発電・送配電の分離」問題が、「社会的イノベーション」の遂行という立場から真剣に議論されるであろう。
私はこれまでの連載において、世界は「第二次産業革命」に遭遇していると指摘してきた。エネルギー体系は、「脱化石燃料」を命題にして「自然エネルギー」が主軸になる時代への転換期である。不幸にも、東日本大震災はその歴史的転換の舞台を提供していると認識すべきであろう。この「第二次産業革命」は製造業の「物づくり能力」と表裏一体になっている。製造業が弱体化した国では、「第二次産業革命」の果実を最初に得ることは不可能である。日本は「物づくり能力」が健在であり、一段と磨きがかかっている。日本をおいて他に、「第二次産業革命」の主役になれる国は存在しない。私はかつて経済記者としての見聞と最近の動向から、そのように見ているのである。次に、個別産業界の「グリーンIT」への取組みを紹介したい(『スマートグリッド解体新書』を一部参照)。
「スマート・グリッド」の重要な技術は、情報制御や蓄電池を手がける企業が持っている。いわゆる「総合重電」の日立製作所や東芝がその最右翼にいる。これらメーカは、電力会社と二人三脚で世界一安定している日本の送配電網を築いてきたことで知られている。同じ「総合重電」の三菱電機が独自で「スマート・グリッド」の実証試験に取り組んでいる。三菱電機は電力関連機器、通信関連機器、家電までスマート・グリッド向けに必要な技術の大半が自社内にあると言われている。
「スマート・メーター」向けの需要を狙うのは、半導体メーカである。「スマート・メーター」は、電力インフラの三大部門(発電・送電・配電)のうち、個別の需要先に電気を配る「配電」部分に組み込まれる。ここでは「パワー半導体」が性能を左右するものとして重視されている。家電、自動車、鉄道車両、産業機器などにも内蔵され、電気の流れをきめ細かく調整する電力制御に使われている。日立製作所、三菱電機、富士電機ホールディングスなどの総合重電が力を持っている。
超電導ケーブルは、「スマート・ハウス」や「スマート・コミュニティ」が普及すれば、効率的送配電のエースとして期待されている。古河電工、住友電工、昭和電線ホールディングスなど大手電線メーカの名前が並ぶ。
「スマート・グリッド」時代では、家庭内の電気機器にもセンサーが内蔵されることによって、スマート・グリッドのネットワークと連動する。テレビ、冷蔵庫、エアコン、給湯器、自動車、太陽電池などを通信ネットワークでつなぎ、双方向通信が可能になる。こうして、電力インフラを土台にした「スマート・グリッド・ネットワーク」が完成する。この分野はIT企業の独壇場である。米国のマイクロソフトやグーグルが積極的であり、日本メーカはこれからの進出が期待されている。
自然エネルギー(再生可能エネルギー)では、「総合重機」の三菱重工が風力、太陽光に取り組んでいる。風力発電では、北米の需要拡大に合わせて米国に風力発電の基幹部品工場建設に着手するほど。英国政府の補助金を受けて、洋上風力発電機器の研究開発と実証実験に乗り出している。日本風力開発は風力発電所に蓄電池を併設して、送電量を需要に応じて制御する世界初の試みも行なっている。「総合重機」のIHIもリチュームイオン電池市場に参入している。
季節や時間帯により変動する電力需要に合わせて送電する「スマート・グリッド」には、発電所や家庭に蓄電池が欠かせない条件である。この分野は、日本の「お家芸」ともいえる蓄電池メーカがしのぎを削って競争を展開している。「変わり種」では、トヨタが自社のPHV(プラグ・イン・ハイブリッド)車の発売(12年)に合わせて、傘下のハウス・メーカ2社に家庭内の配電工事を委託している。本格的な電気自動車(EV)時代の到来(2015年以降)を見越した戦略でもあるが、自動車に家庭蓄電池の代替機能を担わせる計画だ。以上のように個別産業では着々と「グリーンIT」の世界戦略を明確にしている。
本連載は、今回をもって終了する。
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筆者紹介
1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。
著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)
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