ITと内需産業振興

第2回 日本経済復活とIT利活用策

概要

内需産業(中小企業・消費・福祉・農業・環境・観光など)はITへの取組みが遅れており、テコ入れが必要と思います。

目次
日本経済復活とIT利活用策

2010年3月期決算は、コスト削減効果と新興国の需要増によって、経常利益が前期比25%もの増益になった。今期も4割もの増益予想になったようである。ようやく愁眉を開いた形であるが、日本経済を本格的な回復コースに乗せるには、先ず企業の「意識変革」が不可欠になっている。換言すれば、「経営パラダイム」の転換であるが、これは太平洋戦争に負けて以来の二度目の「経営パラダイム」転換である。


日本経済復活とIT利活用策

敗戦後一度目の「経営パラダイム」転換は、財閥解体と旧経営陣の一斉退陣による、産業組織と経営スタッフの若返りであった。この効果によって、日本経済は高度成長を実現した。もう一つ、高度成長の主役として大きな役割を演じたのが、日本軍解体と海外からの引揚げ者等によって、労働力人口(15~65歳)比率が急増したことである。だが、これら二つの効果はすでに消え失せている。それにもかかわらず、従来の「経営パラダイム」に固執してきた結果、「失われた20年」に落ち込んだ。

「失われた20年」をもたらした最大要因は、1990年にピークだった全人口に占める「労働力人口比率」が、その後下降しつづけているという重大事実である。それに対する積極的な対応を怠ってきた。つまり、1990年をもって労働力人口の全人口に占める比率が最高という「人口ボーナス期」が終わって、その後は「人口オーナス期」に入り、逆回転している状況にはまりこんできた。

「人口ボーナス期」を家庭に喩えれば、働き手の数が多くて扶養家族が少ない状態をさす。これだと一家の家計は楽に決まっており、貯金もできたしマイホームも容易に、買えたはずである。ところが、1991年以降、働き手の数が減って、扶養家族が増えたので、家計は途端に苦しくなってきた。貯金も減るし住宅ローンの負担がずっしり重く肩に掛かっている状態だ。この場合、家計はどう対応するかである。生活のレベルを落とさずに対応するには無駄を省き、これまでの「外食」を「内食」に切り替えるなどの工夫をするはずである。

「人口オーナス期」での新しい「経営パラダイム」は、労働力不足の時代を迎えているから、徹底的なIT活用でしか生きる道がなくなっている。つまり労働力不足を補い、かつ高生産性を上げるには、経営システムを根本から切り替えて、IT活用を図らねばならない。それが今の日本では中途半端に終わっているのである。ここで、日本の実質GDP成長率に対する情報通信産業の寄与を見ると、次のようになっている。

実質GDP成長率に対する情報通信産業の寄与(単位:%)

【出所】『平成21年版 情報通信白書』

この表の意味するところは、情報通信産業が経済成長の担い手である事実を示している。ただ、情報通信産業が日本経済を牽引しても、他産業がこれを十分に活用しないことには、経済成長への寄与もおのずから限度を生じる。もはや日本経済が、情報通信産業を抜きにして存在できない現実を示している。

ここでITの活用が、生産性をどれだけ牽引するかについて、若干の説明をしておきたい。それは、ITの活用が「全要素生産性」を引き上げるという点である。これまで、「労働」と「資本」の投入に見合って「生産性」を引き上げるものと考えられてきた。だが、そういった「物的な投入」以上に生産性が上昇する事実が確認されるようになっている。この「物的な投入増加」では説明不可能な生産性の上昇が、「全要素生産性」として認識されている。この「全要素生産性」こそ、ITの活用によって仕事のやり方を見直して、無駄を省き、新たな付加価値を生み出したものなのだ。

この点が「旧経営パラダイム」では理解不能なのである。「旧経営パラダイム」では、ITの活用は視野に入っていなかった。だが、現実の労働力不足に直面し、かつ賃金上昇過程にはいると、より少ない労働力でより高い生産を上げなければ、経営は成り立たない。ここに、ITがその「矛盾点」を解決してくれるのである。IT活用こそ企業にとっても重要だし、日本経済にとっても重大な課題になってくる。

これまでの日本経済が「旧経営パラダイム」に支配されてきたから、いくらIT活用の重要性を説明しても、極論すれば「馬耳東風」であった。だが、「新しい経営パラダイム」に転換すると、すべての経営環境が一新されるので、IT活用も理解されやすい状態になって来る。具体的には、「人的資本」や「社会関係資本」が経済成長率に影響を与える要因として、関心が集まっているのだ。

「人的資本」とは、何を指しているのかというと、情報通信を活用した教育効果の向上や遠隔教育の普及によって、教育成果(学校教育や生涯学習の効果)を上げること。また、インターネット等の利用による知識・情報の共有をも指している。「社会関係資本」とは、地域社会の連帯強化による社会の信頼や安定が増すこと。こうして社会全体の透明性が高まり非効率な経済活動が排除されるのである。

ここで『情報通信白書』(平成21年版)によると、世界各国の「人的資本」としては、「インターネット人口加入率」と「人口当たり科学技術文献数」を用いている。これらと経済成長率との相関関係を見ると0.88ときわめて高い。同じく世界各国の「社会関係資本」としては、「インターネット人口加入率」と「ガバナンス度」(政府の効率、規制の質、法令順守、汚職監視など合計6項目からなる指数)を用い、これらと経済成長率の相関関係も0.80と高い(相関係数が1に近いほど密接な関係があると判断する)。「人的資本」と「社会関係資本」の充実している国ほど、経済成長率が高くなるという結果が得られているわけである。

要するに「IT効果」を引き上げるには、「人的資本」や「社会関係資本」の充実を図り、社会全体がよりよい社会を目指して学習し連帯する。さらに透明性を高めるようになれば、自ずとIT効果が一層高まるのである。そうなった場合、最もその強みを発揮するのは、「開かれた社会」であることは間違いない。その点で、日本はどうであろうか。

前回の本欄で、日本が集団主義であることの限界を指摘した。それは集団主義が「以心伝心」の社会であり、「暗黙知の社会」であることである。はっきりと個人が意思表示しなくても、何となく分かり合える社会である。IT活用社会とは、「暗黙知の社会」でなく「形式知の社会」である点を再認識する必要があろう。その点で、欧米の「市民社会」ははるかに有利である。彼らは「形式知の社会」であり、個人は明確に自己の考えを明らかにして、他との違いを前提にした連帯を形成している。その点で、ITは欧米の市民社会に最適なシステムとも言える。

日本にはIT活用が不向きだと言って、切り捨てて済む問題ではない。そこに悩みがあるのだ。この弱点を克服するには、ルーティンワークをまず、ITで処理する習慣を確立することであろう。社員が細々とした仕事を処理しているのは、非効率この上ない。IT活用でそれら雑務を処理できるはずである。そうすれば従来とは違い、少ない人員での業務処理が可能である。そのためのシステムづくりが、先ず必要になる。こうして「仕事の流れを変える」ことが、IT活用の第一歩である。ビジネスの「イノベーション」がIT化なのである。

次回は、 「内需産業復活とIT戦略」である。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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