ITと内需産業振興

第3回 内需産業復活とIT戦略

概要

内需産業(中小企業・消費・福祉・農業・環境・観光など)はITへの取組みが遅れており、テコ入れが必要と思います。

目次
内需産業復活とIT戦略

菅内閣の発足で騒がしかった国内政情もようやく落ち着きを取り戻した。新政権の下で登場したのは「内需産業復活」への青写真である。この連載に合わせたような話であり、いささか驚いている。さらに、政府の「IT戦略本部」が「30施策工程表」を発表したこともあり、「内需産業復活とIT戦略」という今回のテーマを実現する舞台装置は、期せずしてできあがった感がする。

 

内需産業復活とIT戦略

私が考える内需産業とは、本連載の第1回で取り上げた、「医療・福祉」、「教育・人材」、「雇用・労務」、「行政サービス」などである。実はこれら4分野のIT利用率が、日本で最も低いグループである。もし、この分野においてIT化が進んでいれば、生産性が上がって多くの人々が、そのメリットにあずかったに違いない。具体的にはサービス供給者には利益を、サービス受益者には便益がそれぞれ得られたはずである。

最近の日本社会では、「経済成長が人間の幸福につながらない」という議論が繰り返されている。その理由を突き詰めると、「フロー」の経済成長率は上がっても、日々の暮らしにそれを実感する機会が少ないからだという。それでは、IT活用によって内需産業の活性化を図り、経済成長のメリットを実感できれば、人々の不満も解消するに違いない。その意味でも、内需産業復活が不可欠になっている。

「医療・福祉」、「教育・人材」、「雇用・労務」、「行政サービス」などは、「IT戦略工程表」のなかで、どのように組み込まれているか。以下は、私見をまじえての解説だ。

「医療・福祉」では、「どこでもMY病院」と「高齢者等に対する在宅医療・介護・見守り支援等の推進」が目立つ。「どこでもMY病院」(2013年度からの実現)では、個人の診療履歴をデータベース化し、全国どこでも同じ治療が受けられるようにする。これによって、医療水準の飛躍的な向上が期待される。健保制度による医療報酬は、医療行為の巧拙とは関係なく全国一律である。この「悪弊」が診療履歴のデータベース化によって改まる。患者にとって、実際に治療を受ける医師の選択が可能になるからだ。要するに、「良貨」が「悪貨」を「駆逐」する効果が考えられる。

「高齢者等に対する在宅医療・介護・見守り支援等の推進」では、「独居老人等見守りサービス」(2013年度から実現)と「自殺・うつ病対策」(2014年度から実現)が主なものだ。これらの問題は高齢社会において深刻化している。ただ、発展途上国でも中国をはじめ、多くの国が日本の後を追っているので、日本での対策が成功すれば、システムとして「輸出」が可能になる。将来は「内需産業」という枠に収まらなくなるはずだ。

「教育・人材」では、学校教育の情報化がメインである。デジタル教科書・教材の普及促進、情報端末・デジタル機器の整備充実が課題(2015年度から実現)になっている。目下、人気急上昇中のiPadの登場はデジタル教科書の採用に拍車をかけると予想されている。iPadさえ学校へ持っていけば、例えば、小学校1年から6年までの全教科がiPadに収められているから、分からない教科は簡単に過去に戻って復習が可能。さらに音や色など教材には豊富なメニューが揃っている。学校教育での情報化成果は、多方面に利用されよう。社会人の再教育にも転用可能である。

「雇用・労務」では、「地域の活性化」と「在宅型テレワーカー」が取り上げられている。「地域中小企業の戦略的IT投資促進」は、地域ITベンダの供給力強化や地域ITベンダ間のネットワーク構築、中小ITユーザーの戦略的IT投資を促進する。計画によると、2010年度の中小ITユーザー割合は19.7%。これを20年度には倍増させる。

「ITを活用した農山漁村地域の活性化」(2020年度までに実現目標)では、「6次産業」化を促進する。これには法制化が必要になる。ちなみに、6次産業とは、1次産業(生産)×2次産業(加工)×3次産業(販売)=総合産業(6次産業)を目指すという意味だ。この6次産業では地域が一体化しなければ効果が上がらず、1次、2次、3次のどこの段階でも「ゼロ」になると、6次産業は成立しないので「総合産業」といわれる理由だ。

「在宅型テレワーカー」(2015年までに700万人目標)は、IT活用による雇用促進の典型例であろう。年度途中の14年には身近な生活圏での整備をすませ、子育てとの両立を可能にする。せっかくの技術やノウハウを持ちながら離職するという子育てに伴う経済的な負担が、これによって解決する可能性が出てきた。出生率回復への切り札にもなる、注目すべき対策である。

「行政サービス」はこれまで掛け声だけかかっても、全く効果の上がらない分野であった。新政権ではこれを抜本的に「反省」しており、「電子政府」推進の目玉は「国民ID制度」でる。これまで、社会保障や税制に関する議論で「共通番号制度」が繰り返されてきた。問題点は「個人情報の漏洩」であるが、国民が自己の情報を確認できる仕組みの整備や、第三者機関の設置などによって、2013年度までに導入したい考えである。この「国民ID制度」が導入されると何が起こるか。マイナス面の「個人情報の漏洩」問題には万全を期さねばならぬが、プラス面はいくつかある。年金納入状態を常時チェックできるほか、「脱税」防止に威力を発揮するはずだ。「不公平社会」を防ぐには避けて通れない制度である。

以上に見てきたようなIT化が実現すれば、日本はどのような姿になるのか。最大のメリットは、「少子高齢化」による労働力不足緩和効果である。働く若者(15~24歳)は、09年までの10年間で、200万人も減っている。少子化のほか高学歴化がこれに拍車をかけている。一方では、育児を理由に離職している女性も数多い。いわば「遊休化」している労働力を「在宅テレワーカー」として復帰してもらうことが、日本経済にとって不可欠である。しかも、IT活用が前提になるので生産性が上昇する。最近注目されている「全要素生産性」(資本や労働の投入以上の生産性向上)なる言葉は、IT活用なくして実現しないのである。

生産性向上は「豊かさ」の原点である。冒頭に取り上げた「経済成長が人間の幸福につながらない」という議論は、地域社会への「参加意識」が希薄になっていることも理由である。それには、通勤時間が長く不本意ながら地域との関係が薄いとか、社会的に孤立しているなどの理由が指摘できよう。これらは工夫次第で解決可能である。北欧がその典型例である。女性の7割以上が仕事を持ち、しかも積極的に社会参加している。それを可能にさせる社会的条件が整備されているからだ。日本も遅ればせながらIT活用を軸にして、「効率的な労働」を実現する時期であろう。

次の表は、業種別の情報活用能力である。

業種別の情報活用能力の高低分布(単位:%)

【資料】『情報通信白書』(平成21年版)

これを見ての感想は、「中」が各業種とも6割前後もあることだ。「中」は努力次第で「高」に移行できる可能性を持っているから、日本の企業もあと一歩で「効率的経営」に脱皮できる。これは当然に、日本全体に波及していく期待が持てる。今回の政府の「IT戦略工程表」によれば、20年度までに70兆円の新市場が生まれるという。この波及効果に「全要素生産性」の向上を計算に入れれば、さらに金額は膨らんでくる。日本経済は新たな「夜明け」前に立っている。IT活用に期待がかかるのだ。

次回は、 「中小企業とIT戦略」の予定である。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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