ITと内需産業振興

第4回 中小企業とIT戦略

概要

内需産業(中小企業・消費・福祉・農業・環境・観光など)はITへの取組みが遅れており、テコ入れが必要と思います。

目次
中小企業とIT戦略

日本経済に占める中小企業の割合は、過小評価されるべきでない。経済成長(付加価値)の50~60%にも及んでいるからだ。日本経済の底上げを図るには、先ず中小企業のIT戦略を確たるものにすることが必須である。今後減り続ける労働力のカバ-には、IT戦略によるイノベーション推進が大前提になる。


中小企業とIT戦略

1960年から2007年までの付加価値額に占める中小企業の比率は、上記のように5割強を占めている。次に、中小企業の付加価値の伸び率を、資本投入・労働投入・TFP(イノベーション)という三部門に分けると1980年代以降、肝心要のTFP(イノベーション)の寄与度が小さくなっている。これは由々しき事態である。

(表1)中小企業の付加価値の伸び率と資本・労働・TFPの寄与度(単位:%)

(資料)『中小企業白書』(2009年版)

先ほどは、日本経済の付加価値額全体に占める中小企業の割合(5割強)をみた。今度は中小企業付加価値の伸び率における三部門の寄与度を取り上げる。(表1)によると、中小企業の付加価値伸び率が、日本経済全体への貢献割合で低下した。1970年代には63.6%もの貢献割合が、2000年代には40.3%まで低下している。その主因は、1990年代のTFP(イノベーション)がマイナス1.3%まで落ち込んだこと。2000年代はIT戦略によって回復したが、退勢挽回を完全には果たしていないこと、などにある。この事実はぜひとも記憶に止めていただきたい。IT戦略をしっかり立てて、作業手順や販売戦略を合理化すれば、資本投入や労働投入の減少分があっても、その穴を埋めてくれる。この事実が、(表1)にはっきりと読み取れるのだ。

アメリカでは、TFPの重要性がしっかりと認識されている。その点で日本企業は、今一歩であり遅れが指摘されてきた。アメリカの経済学者の研究によれば、日本経済がTFPにおける対策をしっかり取れば、潜在成長率は4%台を確保可能としている。イノベーションがいかに重要であるかを物語っているのでもある。

日本経済がバブル崩壊後20年間、「苦吟」してきた理由はどこにあったか。今年の『財政経済白書』(旧『経済白書』)では、「需要不足」にその原因を求めている。この見方は正しいであろうか。私は、「イノベーション不足」こそ、長期経済停滞の原因と見るのだ。新たなイノベーションが需要を造り出すのである。需要は決して外から与えられるものでない。形の上で見ると、需要があって生産は生まれる。しかし、イノベーションが始発点になって、経済全体を引っ張るのである。原因と結果を見誤ると、真の対策を間違えるのだ。

膨大な国債発行が日本経済を救っただろうか。年間GDPの2倍近い国債を発行しても、日本経済は長期停滞の底に沈んできた。それは、日本企業自体に自ら立ち上がろうとする「力=イノベーション」が足りなかった結果だ。「高福祉・高負担」のモデルとされるスウエーデン経済の実態は、企業の淘汰に対して厳しい態度で臨んでいる。衰退産業・企業を救済しないのである。これでは、企業がすべて浮沈を賭けた「合理化=イノベーション」に取り組まざるを得ない。日本では、その努力や取組みが甘かった。過去の成功体験を引きずって、それを清算して前進する気構えが足りなかったと言うほかない。

IT活用による販売戦略では、電子商取引が大きな役割を果たしている。これも立派なイノベーションだが、電子商取引を行う企業では直接輸出を行う傾向にある。電子商取引が地理的な距離の制約を超えた取引を可能にさせるから、輸出に向かうのは当然である。電子商取引のメリットは「取引コスト削減」にあるが、従業員規模の小さい企業ほど「新たな顧客を開拓しやすい」のである。国境の壁を軽く超えさせるメリットが、電子商取引で実現するのである。

今年の『通商白書』では、これまで国内市場に止まっていた業種や中小企業の海外展開の重要性を強調している。国内市場のみの企業と海外展開している企業では、後者の利益率が高いと指摘している。それは国内市場に海外市場が加わり、市場全体が拡大するメリットが出ている結果だ。海外市場の開拓も「イノベーション」である。国内に止まっているだけでは、成算なしである。

「BOP市場」という言葉が最近、しきりと取り上げられている。「ボトム・オブ・ピラミッド」の頭文字をとって「BOP」と略称するが、この市場はなんと世界全体で40億人もいるとされている。40億人である。これは中小企業にとってはまたとない市場である。ここに焦点を合わせた商品設計や販売戦略を立てれば、当面はともかく、将来に果実を期待できる。韓国企業は、この戦略が見事に当たったのである。先進国市場は日本企業に抑えられている。そこで発展途上国に進出せざるを得なかった。これが、「リーマンショック」後の発展途上国経済の急成長によって、見事に開花したのだ。遅ればせながら、日本の中小企業も「BOP市場」に進出する足がかりを掴む時期である。

電子商取引は海外への販路拡大の重要な手段である。そこで電子商取引の有無が、売上高営業利益率の高さにどれだけ影響しているか。データを見ておきたい。

(表2)電子商取引の有無と売上高営業利益率の関係(単位:%)

(資料)『中小企業白書』(2009年版)

(表2)のデータは、電子商取引導入による商圏拡大が売上高利益率に反映されている。中小企業全体(計)で見ると、「電子商取引あり」が0.82%、「電子商取引なし」が▲0.10%である。IT活用の販売戦略がこれだけの差を生むのである。

ここで中国ビジネス・コンサルタント45年の「生の声」を紹介しておきたい。この大ベテランの彼に、中小企業が「中国でビジネスをしたい」と言って相談に訪れる。だが、具体的な進出計画を持たないままでやってくる例が殆どだ。このベテラン・コンサルタントは、先ず「何をしたいのか」という茫洋とした話の整理から入り、具体像を固める作業を余儀なくされている。「BOP」市場取引は将来有望であり、電子商取引が商圏拡大のカギを握るのは確かだ。ただ、足下を固めないムード的な海外戦略では、成功がおぼつかないのである。

次回は、「地域産業復活とIT戦略(1)」である。

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筆者紹介

勝又壽良(かつまた ひさよし)

1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。

著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)

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