わが国の人口構成では、働き手である「生産年齢人口」(15~64歳)比率が1990年をピークに徐々に低下している。この事実は意外と知られていない。「なぜ経済成長率が低下しているのか」。漠然とこう考えながらも、これまでその答えを探しあぐねてきた。今日は、はっきりとその原因の一つが、人口構成(人口動態)の変化にある点を再確認したい。
もう一つは「円高」の進行と共に、内需産業の振興が不可欠である点も重要である。「円高」によって、「輸出産業」の製造部門が海外移転した後の穴埋めを、内需産業に期待されるからである。これら二つの要因が日本経済の前途に立ちはだかっている。この解決にはIT化戦略によってのみ可能という事実を、最初に申し上げておきたい。
地域産業復活とIT戦略(1)
地域産業は「内需産業」でもある。具体的に私は、「医療・福祉」、「教育・人材」、「雇用・労務」、「行政サービス」などを取り上げてきた。これら分野は、IT利活用が最も後れている。本シリーズ3回目で、政府の「IT戦略工程表」を利用しながら、その解決方法を説明してきた。詳細は、それを見ていただくとして、なぜ、これら内需産業のIT化が進まなかったか、その理由を今一度、見ておく必要があろう。
それは、「内需産業」によって日本経済が牽引されるという認識をまったく持たなかったことにある。「重厚長大」産業が日本経済の主流であり、「内需産業」はいわば傍流として扱われてきた。「重厚長大」産業の生産性の「おこぼれ」を頂くという存在でしかなかった。「重厚長大」産業が発展途上国に追い上げられている現状では、「内需産業」に従来の甘えが許されなくなってきた。こうした環境の激変があることを認識する必要がある。
例えば、「電子カルテ」化である。患者が医師の診断を受けたさいに支払う診察報酬は、「電子カルテ」化されていれば、1回の記入で関連の諸事務はすべて完了する。ところがこれを意識的に回避して、改めて診療報酬の請求をさせるという回りくどい方法を取ってきた。その間の無駄な人件費や「診療報酬水増し」という、いかがわしい行為をも誘発してきたのである。それが結果として、社会保障費を膨らませてきた。ITを介在させる「電子カルテ」で、これら冗費を一掃できるのである。
上記の事例が極端としても「内需産業」では、IT化で個人や自治体・関係機関等の「つながり」を強化することによって、地域を活性化させるという大きな役割を果たす。およそこれまで「生産性」概念のつけいる余地もなかった分野において、ITの活用が相互の「つながり」を強化し、「データ」をリアルタイムで「収集・解析・可視化」させるのだ。ここでは当然、「データ」が加工されて「情報」へと転換するから分析され、「生産性」を高める役割を果たすのである。「データ」のみではなんらの付加価値も生まないが、「情報」に加工されると、自ずと付加価値を生むのである。これがIT化の最大のメリットである。
今回は、「医療・健康」における国民の利益を取り上げる。次回は、「教育・就労」における国民的な利益を議論したい。これによって、利用者の国民もサービス提供の事業者もともに、便益のもたらす大きな経済価値を享受できるのだ。IT化が少子高齢化社会の日本において、不可欠の手段となっているのである。
(表1)「医療・健康」における国民の利益(試算)
【資料】『平成22年版 情報通信白書』(総務省 2010年)
上記資料は、サービス効果が中位の場合(効果25%)を示した。サービス効果上位の場合(効果50%)は、利用者や事業者にもたらす便益である経済価値が2倍になる。逆に、サービス効果下位(効果10%)では、中位の40%に引き下げられる。
①健康状態に合わせた最適健康管理サービスで想定される便益は、利用者便益と事業者便益に分けられる。利用者便益では、生活習慣病の予防による医療費(国民負担)の削減分が経済価値となる。事業者便益では、医療費(行政負担)の削減分が経済価値となる。
②病状に合わせた最適医療サービスでの想定便益は、利用者便益が重複受診の減少による受診時間と、医療費(国民負担)の削減分を経済価値とする。事業者便益では、重複受診の減少による医療費(行政負担)の削減分を経済価値とする。ここで重要な前提は、国民総背番号制と電子カルテの実施である。これらの実現なしで「重複受診の減少」は、あり得ないのである。IT化社会では、国民総背番号制が不可欠のものとなる。
③診療の事前予約サービスで想定される便益は、利用者便益がはっきりしている。俗に「2時間待ちの10分診察」という時間の無駄を回避できるからだ。具体的には、二つの内容を持つ。診察の待合時間の減少によって、受診者の無駄(時間)が改善されること。さらに、待合時間の減少量(時間)に対して、平均的な労働生産性(時間給換算)を乗じて経済価値を算出できる。ここでは、事業者便益を計算していない。理由は、本サービス提供が行政側か民間医療機関かという違いがあること。また、事業者の目的が診察の効率化、医療事務の負担軽減であり、定量的に捉えることが困難であるからだ。こうした理由で経済価値は算出していない。
以上の説明は、日本全体の経済効果であって身近な感じのしない欠点がある。これを補うべく、自治体においてすでに取り組まれているケースを紹介したい。これは、「地域ICT利活用モデル構築事業実施地域 における調査 」(総務省、2009年3月)からの引用である。
一つは、岩手県遠野市が行っている「遠野型すこやかネットワークによる保健福祉情報活用モデル」である。ライフステージ(新生児や成人)に合わせた健康・福祉情報をインターネット経由で提供して、各自の健康管理に資するという内容である。成人では摂取カロリーがインターネットで即時、把握できるようにしている。上記の(表1)では、①に該当する。システム構成は、データベース、携帯電話・パソコンなどである。これだけでも住民の健康管理は可能である。
もう一つは、福島県南相馬市が実施している「南相馬市ICT活用介護システムモデル」である。事業内容は、Webカメラによる「在宅介護見守りシステム」及び、介護事業者向けの施設予約システムの「共通利用プラットフォームシステムの構築」である。「在宅介護見守りシステム」はWebカメラを通して、要介護者の様子が常時確認できるので介護者の家族にとって短時間の外出が可能になった。付きっきりの介護から解放されるので、安心度は90%にもなっている。在宅介護の問題は、介護者の24時間付きっきりという「緊張感」を強いられる点にある。最近、報道される数々の在宅介護にまつわる「事件」は、この「緊張感」がもたらすものだ。これが少しでも緩和できるならば、ITの効用というべきであろう。システム構成は、Webカメラ、画像解析システム、携帯電話・パソコンなどである。
二つの地域に見られるIT活用のシステムは、決して複雑なものではない。いたってシンプルである。これゆえに、利用できる範囲がぐっと広がるであろう。小難しいIT活用を考えないで、ともかく一歩を踏み出す。それが最も必要と思う。
次回は最終回。「地域産業復活とIT戦略(2)」である。
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筆者紹介
1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。
著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)
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