日本の人口構成はこれから急速に高齢化する。一方で、大きなビジネスチャンスであるのも確かだ。人口全体が減少する中で高齢者だけ増えてゆく。この「苦境」を打開する手段は、ITをおいて他にないからである。これにいち早く気づき手を打つところが、「勝者」の名乗りを上げられる。大がかりな設備も必要なく、使い勝手の良いITソフトを組めば、勝算は十分にある。その実例を、最後に指摘したい。
地域産業復活とIT戦略(2)
日本の総人口がこれからどう推移(中位予測)するか。先ずこれを確認しておきたい。1億2000万人を割り込むのは平成37年(2025)である。15年後である。1億1000万人を割るのは平成48年(2036)。今から、26年後だ。1億人を割るのが平成58年(2046)である。現在から36年後である。人口予測ほど確実なものはないから、36年後に、日本の総人口1億人の大台を割ることは不可避である。
36年後に、現在よりもざっと2700万人も減る。この国内市場を相手にして、日本企業がすべて生き延びることは極めて困難である。現在の円高は「天佑」かも知れない。円高を背景にして、発展途上国へ進出することは好条件であるからだ。「円高は日本企業を海外へ追い出す」という見方もある。それは短絡的であって、ベストタイムの円高だったという評価になるであろう。
問題は、内需産業である。主要ユーザーが国内にある以上、減り続けるマーケットでいかに需要を喚起するかである。2015年、団塊の世代がすべて65歳以上になる。退職金総額は、約54兆円が見込まれるという。この上に、年金とこの世代が蓄積した資産や貯蓄が加わる。他人の懐をあれこれ詮索するのは気が引けるものの、ここに、一大「資産団塊」が出現する。これをテコとして、今後、日本の家計消費に占める高齢者消費は、40%台にまで膨らんで行く。高齢者が日本の家計消費を牽引する役割を果たすことになるのだ。
高齢者は、「医療・介護・高齢者生活支援サービスを消費する」という考え方が強くなるはずである。これが日本経済のなかに「産業」として大きな位置を占めなければならない。これらが産業として形成されれば、当然に雇用創出効果も見込めるのだ。「医療・介護・高齢者生活支援サービス」は、日本全体を支える産業群の一つに成長する可能性を持つであろう。
高齢者を「65~74歳」と「75歳以上」(後期高齢者)の二グループに分けると、平成29年以降は、「後期高齢者」グループの比率が高まる見通しだ。「健常者」の比率はぐっと下がってくるので、それに対応した政策が求められる。財政的な問題はさておき、いかにITを活用した「医療・介護・高齢者生活支援サービス」を充実させるか。最大の課題になろう。ここでIT機器やITソフトでの実績を上げれば、グローバル経済化のなかで、システム自体が輸出可能というチャンスも出てくる。
高齢者市場に対する上場企業の評価度を見ると、きわめて高いことが分かる。100%は、医療・福祉等専門サービス業である。これは当然としても、次に高いのは金融・保険業で80%強。以下、サービス業(運輸・電力・レジャー等)は70%弱。食品・小売業、建設・不動産業はともに50%強。情報・通信業・出版業がちょうど40%。製造業(メーカー)は40%弱である。「内需産業」はすべて高齢者市場をターゲットに、マーケット戦略を展開せざるを得ない。こういう姿が浮かび上がってくる。
高齢者市場への依存度が高くなると、これをいかに取り込んでくるかが勝負である。年々、足腰の弱まる人々を相手にするには、IT活用は不可欠である。そのITソフトをどのように組むか。使い勝手の良い簡単操作のソフトが必要になってくる訳だ。最近では、「高齢者専用の携帯」が売られている。機能を絞り込み、見やすいように大きな文字、さらに「万歩計」もセットしている。これは一つの例だが、高齢者市場へのアプローチには、気配りが求められている。
高度情報化社会といわれているように、20~64歳の「労働力」の中軸層がいかに生産性を上げて行くか。これも日本経済にとっては重要な対策である。現在、日本の総人口に占める比率は60%台をわずかに切った状態だが、これから年々下がって行く。この層の「教育・就労」にITを活用して生産性を上げる努力が不可欠になっている。
(表1)「教育・就労」における国民の利益(試算)
【資料】『平成22年版 情報通信白書』(総務省 2010年)
上記資料は、サービス効果が中位の場合(効果25%)を示した。サービス効果上位の場合(効果50%)は、利用者や事業者にもたらす便益である経済価値が2倍になる。逆に、サービス効果下位(効果10%)では、中位の40%に引き下げられる。サービス効果中位は、「標準型」と見ておけばよいであろう。以下にその想定される便益を説明しよう。番号の①、②、③は(表1)の番号に相応する。
①想定される利用者の便益では二つある。小・中学校の教師における授業準備、成績処理、外部対応などの校務負担が軽減される。校務負担の軽減量(時間)に対して、教師の労働生産性(時給換算)を乗じることで経済価値を算出する。
②利用者の想定される便益は二つある。若年層(15~24歳)の有業者における最終学歴が向上(大学・大学院卒の学歴保有者が増加)する。最終学歴と給与との関係から、現状と本サービス適用後の賃金総額を比較し、差分を経済価値とする。
③利用者の想定される便益では、完全失業者が減少する(就業者が増加する)ことで、新たに生み出される労働力を経済価値とする。提供者の便益では、完全失業者の減少に伴い、失業手当額の減少分を経済価値とする。
要約すると、「教育・就労」における国民の利益(試算)では、圧倒的に利用者側に便益が属する。高度情報化社会とは、「専門知識」の陳腐化が極めて早い社会でもある。大学で学んだ知識は5年以内に使い物にならなくなる、と言われるほどだ。職人さんのように、徒弟として習得した知識が一生変わらないという世界ではない。この事実を認識すれば、「サラリーマン」が学生時代の知識で生涯を安穏として過ごせる訳がない。否が応でも、卒業後のIT活用の「勉強」は不可欠である。気楽に電車内でスポーツ紙を読んでいても、それは息抜きの一環。本当の姿でないはずだ。
「教育・就労」を目指す地域の先進的取組みを紹介したい。
東京都世田谷区の「地域ICT利活用によるライフステージ別地域活動ネットワークシステムの構築」である。効果は、第一に、「地域教育情報基盤」により、教職員が容易かつ頻繁に学校サイトを更新して、学校情報が地域に公開される。第二に、「生涯現役ポイントシステム」では、約400人が登録している。うち、9割以上の人がボランティア行事に参加している。システム構成は、データベース、パソコン、カードリーダー、交通系ICカードなど。交通系ICカードを利用しているのは、ボランティア活動参加者に「ポイント」というインセンティブを与えている結果だ。
京都府京丹後市では、「地域ビジネスSNSを活用した地域情報交流モデル構築事業」を展開している。事業概要は、産業の活性化と雇用創出、定住や交流の促進を目的とした地域ビジネスの構築である。効果は、公認コミュニティによる「観光相談」や「移住相談」で、利用者が活発に書き込みを行っている点だ。約500人のサイト参加者があり、参加意識が高まっている。システム構成はパソコンなど。このように、地道ながら地域での取組みが始まっている。今後の高齢社会での地域活性化ひな形になりそうだ。
本連載は、今回をもって終了する。
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筆者紹介
1961年 横浜市立大学商学部卒。同年、東洋経済新報社編集局入社。『週刊東洋経済』編集長、取締役編集局長をへて、1991年 東洋経済新報社主幹にて同社を退社。同年、東海大学教養学部教授、教養学部長をへて現在にいたる。当サイトには、「ITと経営(環境変化)」を6回、「ITの経営学」を6回、「CIOへの招待席」を8回、「成功するITマネジメント」を6回、「ITで儲ける企業、ITで儲からない企業」を8回にわたり掲載。
著書(単独執筆のみ)
『日本経済バブルの逆襲』(1992)、『「含み益立国」日本の終焉』(1993)、『日本企業の破壊的創造』(1994)、『戦後50年の日本経済』(1995)、『大企業体制の興亡』(1996)、『メインバンク制の歴史的生成過程と戦後日本の企業成長』(2003)
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