概要
前回のコラム「システム運用設計」というテーマに引き続き、今回からは「運用設計を考える」というテーマで再度、連載をいたします。今回は、皆さんからのご意見やご質問なども受けながら、トヨタ生産方式の考え方も織り込んで、運用設計について考えていきます。
皆様こんにちは。伊藤でございます。第1回から間が空いてしまったことをお詫びいたします。
さて「運用設計を考える」第2回目は、障害対応について考えて見ます。
それは「仕事」ですか、「作業」ですか?
2012年8月から1年間、私は本サイトで 「システム運用設計」で必要なこと というテーマでお話してまいりました。その際の主要なテーマは、「障害対応は、システム運用の本来の業務ではない」ということでした。今回は、システム運用を、通常の「ものづくり」の業務と比べることで、そのあたりのご理解を深めていただきたいと思います。
さて、いきなり「仕事」と「作業」という言葉を出しました。これについてはいろいろなご意見があると思われますが、ここでは、価値を生み出すものを「仕事」、そうでないものを「作業」と定義してお話いたします。少々乱暴ですが、製造業で価値を生み出す。ということは、製品の製造工程が先に進むことだと考えてもいいでしょう。
例えば、「製品に色を塗る」ということは工程が一つ先に進むことになります。これは価値を生み出していますので、「仕事」となります。ところが、「色を塗るための刷毛を持ってくる」ということは、製品自体に何の変化ももたらしていませんので、価値を生み出していない考えます。従って、これは「作業」となります。
したがって、製造工程の生産性を高めるためには、「仕事」の比率をいかにして高めるかが重要で、そのため「作業」の時間を減らす工夫を行います。もちろん「仕事」の質を高める 例えば、一度に塗れる量を増やすことも生産性を高めますがこのような方法は、一般的に専門技術からのアプローチが必要になります。一方、「仕事」と「作業」を区別し、「作業」を減らす方法を考えることは、現地現物で行える方法で、実際に工程を担当する人たちにもわかりやすい方式です。
「色を塗るための刷毛を持ってくる」例でいえば、現状が、刷毛の棚が一ヶ所に集中しており、毎回10歩あるかないといけない 状況ならば、色塗り工程のすぐ脇に刷毛を置いておき、歩く時間をなくすことで、「作業」時間を大幅に減らすことができます。
システム運用に話をもどしましょう。
「障害対応」は「仕事」でしょうか「作業」でしょうか。システム運用を製造工程にそのまま当てはめるには、いささか無理があるかもしれませんが、「付加価値」という視点で見てみると、「障害対応」は、システム運用に「価値」をもたらせているとはいい難いと思います。
つまり、「障害対応」は、業務の状態を通常に復帰させることであり、新たに価値を生み出しでいるわけではない。ということです。
それは「正常な事態」ですか、「異常な事態」ですか?
それでは、別の観点から「障害対応」を考えて見ましょう。
2012年のコラムでも申し上げていますが、私がシステム運用のマネージャーになって始めて運用現場で目にした光景は、障害回復で走り回っている担当者の姿でした。それは、まるで「障害対応こそ我々の仕事」という雰囲気でした。日夜たがわず、大変苦労をして全社のシステムを運用管理している彼らがいるからこそ、当社は仕事が回っているんだ。ということを実感いたしました。
このことは、大なり小なりどちらの会社や組織でも同様ではないでしょうか。昨今は、電子メールや社内情報共有システムなどが、電気や水道と同様、会社業務のインフラになっており、これらが機能しないと苦情や問い合わせが殺到いたします。
さて、この状態(障害回復で走り回っている状態)は、「正常」でしょうか「異常」でしょうか?
a: システム運用の立場で見ていると極めて当たり前の状態なので「正常」
b: 障害が発生して、利用者は仕事ができず困っているから「異常」
やはり、ここは企業や組織のレベルで判断すべきでしょうね。企業としては、障害が発生して「異常」な事態になっているわけですから、「障害対応」は「異常な事態」と考えるべきだというのが私の意見です。
「正常な事態」ならば、なにもアクションを起こす必要はないのですが、「異常な事態」なら、何らかのアクションが必要です。
ここで気をつけなければならないのは、「障害回復のために走り回っている」運営担当者の気持ちです。常に障害対応を行っているために、「障害回復 命」になってしまっていないでしょうか。もちろん、サービスを再開するため、すばやく障害復旧を行うこと自体を否定するつもりは毛頭ございません。走り回っている方々のご苦労に頭が下がります。
私は、「障害回復それ自体は、実は価値を生み出しておらず、現状復旧しているだけ」ということを理解していただきたいのです。
当然、みなさんは、「障害回復」だけで終わらせず、再発防止に向けての改善活動を行っていらっしゃると思いますが、システム運用を請け負っている場合など、得てして「障害回復」までで終わっているのではないでしょうか。ある場所で、このようなお話をさせていただいたとき、システム運用を専門にされている会社の社長さんが、「私どもシステム運用会社は、価値の無い事を行っているように聞こえる」とご質問されました。
冷たい奴だと思われるかもしれませんが、「日常運用」と「障害回復」だけをやっているならば、他社と差別化できず、コストダウンのスパイラルに巻き込まれてしまうのではないでしょうか。
従いまして、このご質問には、「障害回復を行う過程で、システムの弱点や改善点を見つけ出し、お客さんに提案することで、他社との差別化ができるのではないでしょうか」とお答えいたしました。
このように、「障害回復」は「異常な事態」とみることで、次のステップに進むことができるのです。
システム運用の本業とは
私は、自社のシステム運用部署に対して、「作業」ではなく付加価値のある「仕事」をして欲しいと考え、以下の二つを本業にするように活動してまいりました。
一、システム障害を減らす
二、システム仕様決定時に、運用の知見からシステム障害の芽をつぶす
いずれも、システム運用部署独自で活動できる内容ではなく、エンドユーザーの入力ミスからシステム自体の不具合、業務運営との関係などが関係してくるため様々な部署が絡んでまいりますので、これまでのように運用の部屋に閉じこもっているわけには参りません。
上記活動の具体的内容につきましては、以前のコラムで詳しく申し上げていますので割愛させていただきますが、活動の結果、システム運用者の意識も変って参りました。それまでは、受身の意識のようなもののなかで仕事をしていましたが、障害を見る目が変わり、改善提案が行われるようになって、積極性が出てまいりました。これは、担当者一人ひとりが、自分たちの仕事の意味を考えるようになったためだと考えています。
これは、システム運用を仕事にしている企業でも同じではないでしょうか。
システム運用の現場は、システムに関わる様々な情報が飛び交い、システムの問題や課題がよくわかる場所です。そのメリットを活かして付加価値創造を行うことこそ、本業にすべきだと思います。
次回予告
次回は、「システム設計の中での、運用設計の重要性」の予定です。
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筆者紹介
伊藤 裕 (いとう ゆたか)
トヨタ車体株式会社 情報システム部 ITマネジメント室 参事補
自動車製造業でのシステム管理、運用部門の管理者をはじめ、IT予算管理、J-SOX、セキュリティ対策対応など、企業の情報システムにおける様々な経験をもつ。
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